鳩師の護衛 9
軽食も終わり、落ち着いた雰囲気となったところで、
キャボットが『ぼちぼち帰ろうか』と言い出した。
そう、本来は『鳩師の護衛』で、ビエイ・ファームに来たのだ。
アカジンが『帰りは馬車でカーレまで送る』と言ってくれた。
幸太郎がキャボットに頼んで、隣の牧場に寄る。
牛乳、バター、チーズの乳製品の補給だ。ついでに
モコの大好きな干し肉も仕入れていく。
豚肉のソーセージも大量に売ってもらった。産地直送。
お金は気前よく支払う。
幸太郎が『マジックボックス』にドカドカと乳製品を
放り込むのを見たアーデルハイドが『うらやましい』とつぶやく。
チーズはまだしも、新鮮な牛乳は日持ちしないからだ。
アーデルハイドは乳製品が好きらしい。
「また、一緒のチームになった時は、好きなだけご馳走するよ」
幸太郎は胸を叩いて請け合う。『どうせアブク銭だから』と
幸太郎は思っていた。
アカジンの馬車まで戻ると、アカジンとミーバイが深刻な顔で
話し込んでいた。
「どうしたんですか? 何か心配事でも?」
幸太郎が声をかけると、ミーバイが眉を寄せて答えた。
「その・・・、実は、今さら思ったんですが、さっきの狼の群れって
あまりにも異常だったな・・・って」
「普通、狼の群れは、それぞれ縄張りを持ってるはずってことでしょうか?」
「さすが幸太郎さん、よくご存知で。先ほどの狼たちは
明らかに複数の群れが合同で襲ってきていました。中には
アーマーウルフまでいましたからね。弱い狼の群れは、
強い狼の群れを恐れるのが普通です。縄張りを奪われちまいますから」
幸太郎にも、アカジンとミーバイの言いたいことがわかった。
「・・・もしかして、あれだけ大量の狼が襲ってきたのは、
単に『丸太の柵が修理中で穴があったから』ではなく、
他に原因があるってことですか・・・?」
アカジンとミーバイは頷いた。
「これはアカジンと意見が一致しました。これは・・・ついに、
この地域にも魔物が戻ってきたってことでしょう」
『!!』
幸太郎だけでなく、モコ、エンリイ、アーデルハイド、キャボットも
目を見開いて驚いた。ミーバイが説明を続ける。
「コルトの『自滅戦争』のせいで、このカーレとユタの付近は長年、
両国の大軍勢がうろつきました。そのせいで、すっかり魔物が
姿を消していたのですが・・・。
おそらく、ゴブリン、コボルド、オーク、トロール、オーガーなどが
この地域に侵入してきたと見て、間違いないかと」
アカジンが後を繋ぐ。
「魔物が姿を消したこの地域は、
野犬、狼、熊、イノシシ、鹿、ウサギなど、動物の天下となりました。
カーレからユタまでは、他の地域よりも
圧倒的に野犬や狼が多いのです。しかし、先程の大群は異常です。
これはおそらく、縄張りの中に『強力な外敵』が入り込んだ
結果だと思います」
「そうか・・・縄張りに魔物が入り込み、獲物が奪われ始めた結果、
ビエイ・ファームを自分たちの新しい縄張りにしようと
襲ってきたわけですね」
幸太郎も状況が飲み込めた。そして、ミーバイがさらに
恐ろしい推測を提示した。
「その通りでさ。そしてあれ程の狼の大群、おまけに中には
アーマーウルフまで。この辺りに侵入してきた『強力な外敵』は
かなりの数、そして上位種も含まれているのではないでしょうか」
エンリイもその推測に賛成した。
「ボクも・・・そうだと思う。アーマーウルフって、かなり強いんだよ。
鎧をまとったような外見、その鎧も表面が滑るし。
何より、ダンジョン内と違って、集団で敵に襲い掛かるからね。
ゴブリンやオーク程度なら逆に獲物にすると思う。
でも、さっきの大群にアーマーウルフが混じってた・・・。
これはゴブリンやオークでも上位種がいて、
下位種を統率していると見ていいね」
「そんなに強いの?」
モコがエンリイに聞いてみた。
「ゴブリンそのものは弱いよ。冒険者じゃなくても1対1なら
まず負けないね。でも1対3までいくと冒険者でも危ない。
ただ、普段ゴブリンは最大でも6体くらいでウロウロしてるんだけど・・・。
時々『ホブゴブリン』とか『ゴブリンウォリアー』、
『ゴブリンメイジ』なんかが生まれると、急に軍団ができるんだ。
凶暴性も残虐性も一気に増す。なぜか知恵も増して、1匹1匹が
恐ろしく厄介な敵に変わる。ゴブリンが『巣穴』を構えると、
E級以下は手出しできない程凶悪になるよ。
対応を間違うと、村や小さな町くらいなら全滅しかねない。
オークも似たような傾向があるね。
『オークチーフ』や『オークメイジ』が生まれると
軍団を統率して凶暴になる。
アーマーウルフは普通のゴブリンやオークなんかには負けないから、
それ以上が混じってると見るべきだよ」
エンリイは少し詳しく解説した。これは異世界から来た幸太郎に
説明しているのだ。質問したモコのファインプレイ。
「こ、これって、ギルドに報告、する方が、いいよね?」
アーデルハイドが恐る恐る聞いた。アカジンとミーバイが頷く。
「商人ギルドには私から報告を入れておきましょう。
冒険者ギルドには・・・」
「エンリイ、頼むよ」
幸太郎が笑顔でお願いする。
「えー! ボク?」
「だってエンリイはC級冒険者でしょ? それにさっき、
『特別報酬』案件で出動してきたって言ってたじゃない」
モコのツッコミで、エンリイは自分の立場を思い出したようだ。
『そう言えば、そうだった』とぼやく。エンリイには幸太郎と
モコの安否以外は大して興味がなかったらしい。
「グリーン辺境伯には、ウチの親方から報告してもらいますか」
鳩師のキャボットが最後をまとめた。
冒険者ギルドに帰って、依頼達成の報告をする。
そこで幸太郎たちはアーデルハイドと別れた。
冒険者ギルドの建物を幸太郎が出て行ったのを見送った後、
受付のルイーズがアーデルハイドに
『ちょい、ちょい』と手招きしている。
ルイーズとアーデルハイドは会議室へ向かった。
「・・・どうでした? 幸太郎さんとモコさんは」
「そ、その、正直、とても『新人』とは、思えなかった」
「デイブさんとデボラさんも、同じことを言ってましたけど・・・。
戦闘でも、そうでしたか?」
「ええ、戦闘に、参加することに、躊躇しないの。
本来の任務は、鳩師の護衛、なのに・・・。し、しかも、狼が、
60匹はいたのに、全然、全然、ためらわないの。
2人とも、全く、怯えていなくて。
なんか、すごく、『場数を踏んでる』、みたいな感じ・・・」
「それは私も感じました。『赤い通信筒』が出るような戦いだったのに、
ギルドには銅貨1枚たりとも追加要求しませんでしたからね・・・。
死者も出ず、怪我人は全て完治、ビエイ・ファームには一切の被害無し。
もちろん、鳩師の護衛も完遂。
仕事ぶりとしては完璧としか言いようがないものです。
それなのに幸太郎さんたちが涼しい顔で出て行った時には、
こっちの方が頭がおかしくなりそうでしたよ」
「そう、それに、な、なんか『まだ余力がある』って、感じだったの。
モコさんの使った、『サイコソード』以外にも、多分、
『奥の手』があると、思うの。せ、戦闘の時も、的確な、判断で、
みんなの怪我を、あっという間に、治してまわって。
ううん、それよりも、魔法の使える回数が、ものすごくて、
驚いたの。応援が、来るまで、み、みんなを必死に、励まして、
まるで、あっちの方が、冒険者ランクが、高いような、
気がしてた・・・。コウタロウさんが、後ろに、いると、
なんか、すごく、安心感があったの」
ルイーズはアーデルハイドから『監督官』としての
査定状況を聞いている。『新人』はいくつかの依頼をこなし、
その都度『監督官』は忌憚のない意見をギルドへ報告する。
もちろん、幸太郎たちがE級に昇級するかどうかの判断は
ルイーズ1人が行うわけではない。ギルドの複数の職員が、
複数の報告を考慮して行う。使えないヤツをE級にすると、
依頼人と自分たちが困るからだ。
しかし、ルイーズは『幸太郎を早くE級に上げるべきでは?』と
考えざるをえなかった。草刈りなどはともかく、薬草採集と、
今回のイレギュラーな戦闘で報告された内容は、
いずれも恐ろしい程の『高評価』であったのだ。
(アーデルハイドさんも、やっぱり異常なほどの
高評価をしている・・・。ううん、結果がそれを正しいと証明してるわ。
C級冒険者のエンリイさんが幸太郎さんのパーティーに入るって話が、
今なら不自然に思えないくらいね・・・)
ただし、草刈りを入れても、まだ依頼達成は3つ。
グリーン辺境伯の役に立ったらしいことを考慮しても4つ。
さすがに他のギルド職員は『時期尚早』というだろう。
それはルイーズもわかっていた。
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ケーブルテレビのネット接続が良くなくて、遅くなりました。
パソコンのある部屋はエアコンが無いので暑くて死にそうです。




