鳩師の護衛 8
騎士団の即応部隊が到着した時には、狼は全て逃げた後だった。
しかし、地面に転がっている狼の死体の数を見れば、
かなり危険な状況だったのは一目瞭然。
即応部隊は1名をカーレへの伝令に出すと、残りのメンバーは
7名の冒険者たちと共に警戒の任についた。念のためだ。
1名だけを伝令にするのは危険に見えるかもしれないが、
心配はいらない。即応部隊は全員背中に赤い旗指物をつけている。
それは『もうすぐ本隊がくるぞ』という警告でもあるのだ。
そんな騎士を襲うバカはいない。
幸太郎たちが即応部隊に状況を説明し、その場を離れようとすると、
7人の冒険者たちから多くの感謝の言葉が贈られた。
そしてその後、やっぱりというか『サイコソード』について
猛烈に質問された。
(やっぱりそうなるよなぁ・・・。そりゃ、こんな武器が
あれば誰でも1つ欲しくなるのは当然か)
幸太郎は内心そんなことを思いつつ、『アルカ大森林南部の
バザーで見つけた』『1本しかなかった』『これはマジックアイテムで、
1回使うと魔力の再チャージに大量の魔石が必要になる』
『実は赤字もいいとこで、まるで採算が合わない』
・・・と説明しておいた。
7人の冒険者たちも、『まるで採算が合わない』という部分で
肩を落とし、興味を失った。
ダンジョン最下層の一番奥の部屋に入ってた、とは絶対に言えない。
幸太郎たちはミーバイの勧めで、ギブルスの馬牧場の宿舎に立ち寄り
牛乳をご馳走になっている。片が付いたということで、
鳩師のキャボットも一緒だ。
軽くあぶったパンに、柔らかいチーズをのせたもの。
そして肉と野菜を炒めたものが付け合わせに出てきた。
戦いの後は塩気が欲しくなるものだ。
「んん~~~、おいっしー!」
アーデルハイドが大喜びしている。
「そいつは隣の牛牧場からもらってきた搾りたての牛乳を、
井戸の水で冷やしてあるんだ。砂糖やハチミツを入れてもウマイぞ」
ミーバイも笑顔である。いや、全員笑顔だ。
この場にいる人間で、『本当の意味』での危機がわかっていないのは
アーデルハイドとキャボットだけ。しかし、ファームの大ピンチを
脱したことには変わりない。
まずはひとしきり鳩師への賛辞、感謝。続いてエンリイたち
救援部隊への感謝。そして、現場で命をかけた幸太郎たちへ
賛辞が飛び交った。幸太郎は特にアーデルハイドに感謝した。
「アーデルハイドは凄いパワーだったよ。狼を2,3匹まとめて
吹っ飛ばしてたし、腕に噛みつかれても、力任せに振り回して
いたよね。驚いた。アーデルハイドが中央を死守してくれたから、
なんとか持ちこたえることができたんだ。ありがとう」
アーデルハイドが逃げ出すような腰抜けだったら、
とても防衛ラインは維持できなかったはずである。
「え、えへへ。じ、実は、私、『ハーフドワーフ』、なの」
「「え? そうだったの?」」
幸太郎よりも、モコとエンリイの方が驚いている。
この世界のドワーフは大方160センチ前後。身長は大きくないが、
全て頑強で腕が太い。また異様に酒に強かったりする。
アーデルハイドは身長183センチくらい。だから
例えハーフでも、ドワーフと言うには背が高すぎるのだ。
ただ、その筋肉量は確かにドワーフっぽい。
ちなみに幸太郎がこの世界に来て、人族以外を見た時に、
物凄く『がっかり』したのがドワーフだ。正確には
『ドワーフの女性』を見た時に、ひどくがっかりした。
幸太郎は、元の地球の本で『ドワーフは女性でも、ヒゲがもじゃもじゃ』
と書いてあるのを読んだことがある。確か指輪物語だったか。
幸太郎は初めてユタの町をモコと歩いている時、ドワーフの女性が
いないので、モコに聞いてみた。すると、モコは
『その店と、そっちの店、あそこに歩いているのがドワーフの女性です』と
指さした。しかし、幸太郎の目には、ただの人族と大して変わらない。
『ドワーフの女性ってヒゲモジャだよね?』とモコに聞いたところ、
モコは大爆笑した。『ひげもじゃの女性なんているわけないです』と。
結局、この世界のドワーフは地球の文献と違ったのだ。
ひげもじゃの女性が見れると思っていた幸太郎は落胆した。
まあ、この世界に文句を言っても仕方ない。ここは、そういう世界と
いうだけのこと。
ただし、幸太郎はがっかりしたが、普通の日本人の男なら喜ぶだろう。
何しろドワーフの女性は美人だし、全員そろって『グラマラス』だ。
胸もだいたい豊満で、ヒップもボリュームがある。
やせて華奢なエルフと違い、丸みと厚みがあった。
わかりやすく言うなら『抱きしめたら柔らかそう』ということ。
多分、日本の男なら少なくとも3,4割程度は
『はい! ストライクど真ん中、絶っっっ好球ですっ!!』
と鼻息が荒くなるはずだ。エルフより好みという男も多いだろう。
見分け方としては、エルフと同じく耳を見る。エルフの長い耳に対し、
ドワーフの耳は『人族より少し大きく、耳たぶが少し長い』だ。
だからドワーフの女性で髪を長く伸ばしていると、人族と
見分けがつきにくい。
「わ、私は、お父さんが人族で、お母さんがドワーフ、なんです。
お父さんが背が高くて、わ、私とお姉ちゃんも、お父さんに似て
背が高くて・・・。ド、ドワーフの村では、ちょっと、浮いてる
存在だったんです。そ、それで、お父さんに続いて、お母さんも
死んじゃったときに、お姉ちゃんと2人で、村を出る、決断を、
したんです・・・」
「そうか・・・。さっき、戦いの中で、もう1つ驚いたことが
あったんだけど、謎が解けたよ。アーデルハイドが狼に
腕を噛まれていたんだけど、俺が治そうとした時には、
すでに血が止まっていたんだ。お母さんから『ドワーフ・スキン』を
受け継いでいたんだね」
これもモコに教えてもらったことだ。ドワーフは生まれつき
頑丈に出来ているという。その肌は見た目も、触った感じも、
人族やエルフ、獣人と全然違いは無いのに、傷つきにくく、
傷がふさがるのも圧倒的に早いという。幸太郎はドワーフに
鍛冶屋などの少し危険が伴う生産職が多いというのも納得がいった。
「う、うん。怪我の治りは、早いから、お姉ちゃんと相談して、
冒険者をやろうって、決めたの」
「ご両親のいいところを受け継いだんだね」
幸太郎がそう言うと、アーデルハイドは目に涙を浮かべて喜んだ。
「そ、そう言ってくれると、う、うれしいな。
あ、あんまり、そう見てくれる人って、なかなか、いなくて・・・」
確かにアーデルハイドの言う通りかもしれない。
普通の男よりも圧倒的に背が高く、腕も太く、腕力も男勝り。
というか並みの男では、まるで歯が立たないような腕力だ。
普通、男と女の身体能力の差は歴然としている。
例えば、世界で名をはせるサッカーの『なでしこジャパン』すら、
男が相手なら高校生チーム相手であっても普通に負ける。
フィジカルの差が覆しようがないのだ。
女性のプロボクサーのチャンピオンでも男が相手なら
『ライトフライ』か『ミニマム』級の男にさえ
ノックアウトされる可能性が高い。それほどの差がある。
ただ、この世界では様相が違う。人類に『天敵がいる』せいだろう。
そして、亜人、獣人という生まれつき身体能力が高い種族。
これらの要因の影響で、男と互角に戦える『例外』が発生しているのだ。
もちろん、単純な腕力なら最強はアントレイス。
エンリイはアーデルハイドの喜びように親しみを感じた。
なぜならエンリイ自身が冒険者になってから、
時々『大女』『獣人のメス』と異性、同性問わず
悪口を浴びせられることがあったからだ。
エンリイが幸太郎を大好きな理由の1つもこれ。
幸太郎が・・・と、いうより、日本人は
相手の人種になんか1ミリも興味が無い。相手の身長だって、
『じゃあ、本人が望めばウルトラセブンみたいに
自由に巨大化やミクロ化できんのか?』くらいにしか思わない。
日本人が気にするのは『相手が何を思い、どんな行動をして、
何を喜び、何に怒りを感じるか』だ。
ある意味日本人の男はフェアというより原始的と言える。
『性格が良くて可愛ければ、天使だろうが悪魔だろうが、
私は一向にかまわんッッッ!』
という思考パターンだから。
まあ、男の脳の構造なんて、大体そんなもん。
(C)雨男 2024/08/19 ALL RIGHTS RESERVED