薬草採集に行こう
幸太郎たちはジャンジャックとグレゴリオ、ギブルスの馬車を
見送った。そして、いよいよ冒険者として活動を開始することを
モコとエンリイに宣言。
「よーし、始めよう!」
「「おー」」なんか可愛い。
エーリッタとユーライカは、牧場の見回りの依頼を受け、
監督官のD級冒険者と一緒に町の外へ出て行った。
幸太郎たちは、まずは定番の『薬草採集』へ行くことに。
依頼掲示板に貼ってある紙を外し、受付のカウンターへ持っていく。
ちょうどルイーズがいたので、彼女に頼むことにした。
「『薬草採集』ですね。これは採取できた量が少ないと
報酬が減りますから気を付けて下さい。では・・・、
えーと、あ! デイブさん、デボラさん、『新人』の
サポートですけど、お願いできますか?」
食堂で朝食を取っていた男女2人がカウンターの方を見る。
「ん? いいよー」
「りょーかーい」
人の良さそうな2人は、もぐもぐしながら快諾してくれた。
歳は20代後半といった所。30前と言った方がいいか。
男の方は見るからに『戦士』タイプ。女性の方は『ヒーラー』か
『魔導士』か、とにかく後衛型に見える。だが、2人だけで
冒険者をやっている以上、『これしかできない』ということは
無いだろう。それでは生き残れない。『おれ、そんなことできないよ』と
いった所で魔物は聞く耳を持たない。諦めて食われるしかないのだ。
現実はゲームと違って、誰も配慮などという救済措置は
講じてくれない。しょせんゲームは『クリアできるよう』に
最初から設計されてる。
「こちらの『新人』幸太郎さんとモコさんが『薬草採集』の
依頼を受けたいそうです。よろしくお願いしますね」
エンリイはきょとんとした。
「あれ・・・? ボクもいるよ?」
「え? だってエンリイさんはC級ですよね?
そして『幸太郎さんがリーダー』のパーティーに入ると・・・」
「そ、そうだけど・・・?」
「非常に珍しいパターンですが、こういう場合、B級、C級の
パーティーメンバーは依頼に同行できないのです。あくまで『新人』の
冒険者が『冒険者としてやっていけそうか?』を測るために
D級冒険者が監督者として同行するのですから」
「ええーーー!?」
エンリイはこのルールを知らなかった。と、いうか、このルールが
適用されること自体が『稀』もいいとこだからだ。
普通、当たり前だが、パーティーのリーダーは経験が豊富な者、
この場合C級のエンリイがリーダーになるものだ。
その方が任務の成功確率も上がるし、なにより生き残れる
可能性が高い。
ところが、幸太郎たちは『ど素人』の幸太郎がリーダーである。
ギルドとしては幸太郎とモコがE級のギルドカードを
与えていいかどうか、『エンリイ抜き』で判断する必要に迫られる。
日本人なら『リーダーが誰でも、そう変わりはしないだろう』と
考えるはずだが、現実は非情だ。
アホがリーダーなら、せっかくパーティーにC級がいても、
その力を発揮することが難しいだろう。
例えば、リーダーが『腰抜け』だったら?
リーダーは『逃げよう』『もうだめだ』と言うばかりで、
敵がちっとも減らない。事態が好転しない。
依頼人は音速で死ぬだろう。
最悪C級だけが戦って、仲間が逃げることだってあり得る。
そうなれば、C級は敵の真っただ中に1人置き去りだ。
例えC級でも、多勢に無勢では結果は見えてる。
ギルドは貴重なC級冒険者を無意味に失うことになるのだ。
そうなるくらいなら『新人』が100人無駄死にする方が安い。
『人の命は地球より・・・』という言葉もあるが、
冒険者ギルドで、その言葉は通用しない。
キャサリン支部長は、しれっと言うだろう。
『そう。じゃあ、アナタの命がそれだけの価値があることを
示してちょーだい? 楽しみにしてるわ。明日見せてね』
無論、そこで価値を示すことができなければ、その日が
命日と化すだろう。冒険者ギルドは口先だけの人間に
なんの価値も感じないのだから。例え弱くても、自分の実力を
正確に把握し、何が出来るのかをギルドに示さなくては
仕事は回してもらえない。
現実ではいわゆる『無自覚系』の人間は使い道が無い。
仕事を任せられないからだ。
それが嫌なら、最初から自営業など他の職業に就職すべき。
このルールは『新人』がC級冒険者を雇い、『新人』の期間を
スルーしようというのを禁止している措置なのだ。
インチキでE級、D級に上がり、
『任務に失敗しましたぁッ!!』と
元気よく言われてもギルドも困るし、何より依頼人が死ぬ。
『この人なら、この程度の依頼は任せても大丈夫』・・・。
それを明確に示す区分が冒険者ランクだ。
もし、文句があるなら『ダンジョン破壊』でも
『ドラゴン討伐』でもなんでもやって見せればいい。
誰もが認めてくれる。
ただし、ドラゴンはロケットランチャーを1発撃ち込んだくらいでは、
怒り狂うだけで死なないけど。
政治家の麻生太郎は、かつてこう言った。
『政治に関心持たずに生きていける国は良い国です』
この発言が名言なのか失言なのかは、聞いた人の
捉え方次第だろう。ここでは言及しない。
しかし、皮肉なことに、この異世界の冒険者ギルドでは
ほとんどの人間が首肯する。
リーダーがアホなら、あっという間にパーティーが全滅することも、
十分あり得るのだから。『リーダーなんて誰でもいい』というのは
『死ぬ可能性が無い』『やり直しがきく』
平和な世界の住人にしか通じない。
誰だって死にたくないから、かじ取り役は最も重要なポジションとなる。
戦うべきか、退くべきか。どんな事が予想されるか。
どんな対策と用意をしておくべきか。
これを『まーいーや』とか、『いいからさっさと行こうぜ』と、
なめてかかるリーダーのパーティーは、翌日から
姿を見かけなくなる。そして、誰も同情などしてくれない。
冒険者が死ぬのは珍しい話ではないからだ。
冒険者たちはこう言うだろう。
『じゃあ、なんでそんなアホをパーティーに入れたんだ?
なんで、そんなアホをリーダーに選んだんだ?』
異世界は理想郷ではない。
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