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異世界徒然行脚 『Isekai Walking~nothing else to do~』  作者: 雨男
ネクロマンサーと城塞都市カーレ 2
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様子を見よう ラスト


 騎士は『騎士爵』という貴族だ。裏切者など一族全てに



責が及んでも文句など言えない。むしろ当然。



爵位には責任がつきまとう。24時間。365日。



そして、『一生』の間、一瞬たりとも無くならない。



もし、『おれ、騎士やーめた』などと言おうものなら、



その瞬間一族全てが敵だ。『生きているだけで家族全てを



危険にさらす』存在であることが確定したのだから。



『生きていること』自体が罪となる。冗談のつもりだったとしても、



必ず家族の誰かに殺される。親か、兄弟か、息子か、娘か・・・



その誰かに。言い訳など絶対に誰も聞き入れない。



もし冗談なら、『言っていい事と悪い事の区別がつかない最悪のバカ』



ということだから。そいつが『生きていること』そのものが



一族にとって都合が悪い。





ニコラの仲間になった騎士たちは、本人にそんなつもりは無くとも、



『ボンボン育ち』だったのだ。世間知らずで、甘やかされた男たち。





幸太郎の担当していた顧客に、創業者の孫が社長に



就任した会社があった。3代目だ。



だが、幸太郎は『この会社はもう長くないかもな』と思った。



ある日、幸太郎はその3代目社長が、社員に向かって



こんな言葉を言っていたのを聞いたからだ。





『社員同士、もっと厳しく成果を競争しなくてはならない!


和気あいあいとしているだけではダメだ!』





もちろん、言いたいことはわかる。お互いに競い合って



切磋琢磨しようと言いたいのだろう。



だが、この社長は世間知らずだ。



創業者が存命なら叱り飛ばしているはずだ。





なぜなら、その『和気あいあい』とした社風を獲得するために、



初代と2代目が『どれだけ歯を食いしばって苦労を重ねたか』を



知らないからだ。





案の定、幸太郎の予想通り、1年もしないうちに、その会社は



『社員同士が協力しなくなってきた』。



仲の悪い者同士が一緒に仕事をすると、一番、仕事のスピードは上がる。



一見、確かに効率が良くなったように見える。



しかし、それは『視野が浅い』話なのだ。刹那的と言うべきか。



商売は常に『その後は?』『さらに、その後は?』を



考え続けなくてはならない。



この『社員同士で競う』の後、仕事のスピード自体は確かに良くなった。



だが、失ったものの方が深刻だった。



社員同士の会話が減った。社員同士のケンカも増えた。



『飲みに行こうぜ』という言葉は、もう誰も言わない。



社内イベントを企画しても、参加者が集まらず、開催できない。



そして、とにかく『情報の伝達スピード』と『情報の内容の正確さ』が



壊滅的に悪化したのである。以前と比較するなら、



『細かなニュアンス』が絶望的に伝わらなくなった。





情報に齟齬があれば、前提に差が出来る。前提が狂えば、



結果は・・・もう、言うまでもないだろう。





その3代目社長は就任した時、すでに『和気あいあいとした社風』を



手に入れていた。それが『当たり前』だと思っていたのだ。



それを獲得するために、どれほどの苦労とコストがかかったのかを



知らないのだ。いや、知ってはいたが、



『実感してない』と言った方がいいか。



だから考えなしに『全員で競い合うのだ』などという言葉が飛び出す。





それを獲得するために、自分が汗を流したことが無い。



歯を食いしばり、涙をこらえたことも無い。



どれほどコストがかかったのかも・・・。



それが、どれ程入手困難で、貴重なのか知らない。



『あって当然』・・・そんな『甘え』があった。





幸太郎が他界する前、その会社はすでにギスギスした雰囲気で、



顧客とのトラブルも増えていた。当たり前だ。



『顧客の幸せ』を考えるのではなく、『他の社員と競う』ことが



目的になっていたからだ。



顧客の方に目が向いていないのなら、



顧客への対応がおそろかになるのは至極当然。



自分のミスも他の社員が気付いてフォローできる体制が、



『自分のミスがストレートに顧客へ直撃する』体制に変わってしまった。





ニコラの仲間になった騎士も同じ構造だったのだろう。



生まれつき『騎士爵』であることにあぐらをかき、



親や先祖が『どれほど苦労して騎士爵を得たか。維持してきたか』を



忘れていたのだ。



彼らにとって『騎士爵』は『あって当然』だったのだろう。



それがどれほど有難いことなのか。『維持すること』が



どれほど大変なことなのか。世間知らずと言われても仕方ない。





しかし、もう、どれほど後悔しても手遅れだ。



『昏き盲目の羊』に吸収された者も、縛り首になった者も、



そして全滅した彼らの家族も、誰も生き返ったりしないのだから。



・・・1人たりとも。





後は、あの世で、必死に詫びるよりない。自分の祖先に、



親に、兄弟に、自分の子供たちに。他に出来ることは無いのだから。



恨まれ、憎まれ、罵られても、詫びる以外することはない。



100年かかろうと、200年かかろうと。



自分の行いのツケを清算するより、どうしようもない。



霊界に『死』は無いのだ。








幸太郎は、こうなるだろうと予想はついていた。



つけ加えるならジャンジャックとグレゴリオ、



ギブルスにも予想はついていた。



そして、後日、実際にその通りになったことを知る。



人々の噂を聞けば、やはりグリーン辺境伯の温情を称える声がほとんどだ。





だが、モコとエンリイは幼い子供たちまで自殺したことに



複雑な思いだった。自分たちが関りを持った事件の結末の



1つだから無理もない。





『ご主人様、何か・・・何とかできなかったでしょうか?


何か、私たちに出来ることが・・・』





幸太郎はゆっくりと首を横に振った。





『残念ながら、無理だよ。俺も、こうなるとは予想できなかった。


貴族社会の複雑なルールは、俺たち一般庶民には


縁遠いものだからなぁ。誰のせいでもない。


それに俺たちにできることも無かったよ。


あくまでも彼らは彼らのルールに従ったまでだ。


可哀そうだとは思うけど、俺たちが気に病むことはないさ。


せめて冥福を祈ろう』





エンリイも複雑な面持ちで幸太郎に同意した。





『そうだね・・・。貴族っていうのも、ボクたちが思っている以上に


不自由な社会なのかもしれないね・・・』





幸太郎はモコとエンリイに対して、あえて嘘をついた。



ジャンジャックとグレゴリオ、ギブルスも、あえて黙っていたのだ。



絶対に首を突っ込んでいい話ではないから。



そして、中身がおっさんの幸太郎と違い、モコとエンリイはまだ若い。



ここは大人が気遣う必要がある場面だ。





幸太郎自身は『どれほど苦しくとも、知らないよりは



知ってる方がいい』と思っている。だが、それを他人に



押し付けるつもりは全然無かった。





幸太郎は他人に甘い。まあ、自分にも甘いが。








幸太郎は裏切者の騎士たちの家族が、どんな末路を辿るかを



モコとエンリイに話さなかった。共に驚き、共に悲しむふりをした。








そして、もう1つ。幸太郎が話していない事がある。



それは、『昏き盲目の羊』から異臭が漂い出し、



『冥界門』を閉じる時に聞いた声だ。





幸太郎には何が何だかわからない事なので、黙っていることにした。



幸太郎は知る由もないが、あれの真相は幸太郎が



『冥界門』を開いている状態で、すぐそばに死神が出現し、



死神も『冥界門』を開いたことによる『共振現象』だった。





あの時『冥界門』から聞こえた声。それは今でも幸太郎の



脳裏に焼き付いている。『冥界門』からはこんな声が聞こえた。





『ニコラぁぁぁぁっ!!!』





『貴様がッ!!』





『こっちへ来るのを!!』





『全員で待っていたぞォォォォォォォッ!!!!!!』





それは死者たちの雄たけび。100人以上はいた。



恨みと、憎しみと、怒りの混じった、寒気のする叫び。



こんな『声』が『冥界門』から聞こえたのは初めてだった。



幸太郎は背筋が凍るような恐怖を覚えた。



まるで自分が『冥界門』に吸い込まれるような感覚。





幸太郎は直感的にモコとエンリイには話さない方がいいと判断した。



どの道、何が起きたのか説明もできない。








死神の『冥界門』に吸い込まれたニコラがどうなったのか?



それは自らが冥界へ赴き、確かめるよりないだろう。










(C)雨男 2024/07/13 ALL RIGHTS RESERVED






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