様子を見よう 26
「私は彼と、そんなに親しいというわけではありません。
私は彼と、たった2回しか会ってないのですから。
初めて会ったのはアルカ大森林です。彼は荷物持ちとして
ダンジョン攻略に同行するって名目で現れました。
彼単独ではなくて、どこから連れてきたのか、
獣人のお供が2人いましたね」
「幸太郎はアルカ大森林のダンジョンに潜った事があるの!?」
「一応、内緒にして欲しいのですが、私とモコ、エンリイの
3人はアルカ大森林のダンジョンのマップを作成する仕事を
請け負っていたのですよ。正確な全体地図ではなく、
『安全地帯』からボス部屋までのルートだけを探す役です。
地図の作成部隊はダークエルフと私たちの2チームあったのです」
「じゃあ、幸太郎も『生きたコカトリス』に遭遇した?」
「いいえ、実は私たちはコカトリスも、コピーのゴーストにも
遭遇していないのですよ。私たちは地下7階までしか
潜っていませんが、私たちが歩いた時は、そんなもの
いませんでした。地図自体に間違いはありませんでしたが、
どうも、その後・・・ダンジョンクイーンによって
『内容』が変更されたようですね。
つくづく異例尽くしのダンジョンだったと思います」
「そう・・・。生きてるコカトリスも、コピーモンスターの
ゴーストも前例が無いから、マジックアカデミーに
手紙を書いたんだけど・・・って、違う違う、今はあのバケモノの
話をしないと、旦那様に怒られちゃう!」
シャオレイも、あの『異例尽くし』のダンジョンには
少し興味を持っていたようだ。
「ごめん、そう、『ナイトメアハンター』の話。
アルカ大森林のダンジョン事件で会ったのが『初めて』で、
今回が『2度目』ってことかしら」
「そうです。いきなり現れて『手伝え』って言うもんですから、
面食らいましたよ。なんていうか、彼は『マイペース』な人でして。
まあ、経緯を順番にお話しましょう」
幸太郎は虚実織りまぜて、デリウスたちとの諍いから説明した。
シャオレイはいくつかメモを取りながら、真剣な表情で
話を聞き続けた。途中、何度か質問しようとしては、
慌てて口を閉じた。『まずは全容を聞きたい』と
幸太郎に先を促す。
話を聞き終わったシャオレイが大きく息をつく。
長いまつげが涙で濡れているのは、途中のニコラたちがやった
拷問のシーンを聞いた時のせいだ。
幸太郎は『マジックボックス』からタオルを取り出し、
シャオレイに黙って渡した。
ここでオシャレなハンカチが出てこないあたり、
幸太郎は女心がわかってない。
「ふー・・・。騎士団や警備隊の中にまで、そんな気味の悪い
グループの仲間がいるなんて知らなかったわ・・・。
『ナイトメアハンター』には感謝しないといけないわね・・・。
以前、開拓地の村が全滅した理由と犯人がやっと判明したもの。
ずっと謎だったのよ。開拓地の村の伝書鳩は、全く手つかずに
なってた。外から襲われたわけじゃなく、彼らが入り込んでいて、
内側から崩していったのね。正式な騎士が味方のふりをして、
先に潜入していれば難しくない・・・」
「私たちも思いもよらない展開になって、驚いてますよ。
デリウスたちは最初、単に『モコとエンリイが欲しい』って
言ってただけでしたからね。『ナイトメアハンター』がいきなり現れて
『支配』の魔法で尋問を始めた時は、一体何のつもりか
全然わかりませんでしたよ。しかし、まさか騎士団や
警備隊の中にまでニコラの仲間がいるとは」
「今、ブランケンハイムさん以下、騎士団では騒ぎになってるわ。
突然病欠などで休みをとった騎士が行方不明。
バケモノの死体の側で上半身だけが干からびた状態で
発見された時は、『ナイトメアハンターに協力してたんだ』なんて
話も一時期でたんだけどね。でも・・・彼らの頭が
3つも4つも転がってるのを見たら、どう考えても、その騎士たちは
『バケモノの一部』だったとしか思えない。幸太郎の説明で、
初めて全容が明らかになったわけだけど・・・。
早く騎士団長のブランケンハイムさんに教えてあげなきゃ」
これはナイトメアハンターの仕業にしてあるが、
モコが『サイコソード』で吸収された騎士たちの頭を
何度か切断した結果だ。
頭を切り落としても次々に再生するため、複数の同じ顔が
地面に転がる結果になってしまった。
「私たちも、ニコラの仲間がまだ騎士団に残っているって
話をどうやって伝えようか考えていましたので、
結果的には良かったと言えるかもしれません。
何しろ、誰が裏切者かわからない状態でしたからね。
軽はずみに情報を伝えた結果、やけくそになった裏切者たちが
グリーン辺境伯様やエメラルド様に襲い掛かかる心配が
ありましたので」
「そうね。結果としては良かったと言えるかもしれないわ。
判明してるのはバケモノの頭部の部分はニコラだったってこと。
現場にいた騎士2人は、バケモノに操られていたらしいということ。
あくまで、今は『バケモノ』の話しか出ていない。
まだ裏切者が騎士団に残っているという話は、
私たち以外に誰も知らない。確実に先手が打てるわね」
「お願いいたします。無残に殺された人々の仇を
討ってください」
シャオレイは再び目に涙を浮かべて、強くうなずいた。
「それにしても『支配』の魔法か・・・。
『ナイトメアハンター』は高位の魔導士でもあるのね・・・」
「なんでも、一時期マジックアカデミーに在籍したことが
あるとか言ってました」
「アカデミーに在籍したことがあるとなれば、魔法にも詳しいはず。
ますます侮れない存在ね。剣の達人で、高位の魔導士、
そして、悪魔を滅ぼす謎の光を操るスキル・・・。
まるで作り話の英雄みたい」
幸太郎は一瞬『ギクッ』とした。
(ご名答。そうです、俺とギブルスさんで考えました・・・)
「ねえ、幸太郎、『ナイトメアハンター』って・・・
どんな人だった?」
シャオレイは『ナイトメアハンター』の人となりを聞いている。
「う~ん、普段はこれといって特徴はありませんね。
口数が少なくて、『ぼー』っとしてます。
なんというか、印象の薄い男ですよ」
『ただし・・・』と幸太郎は前置きし、真剣な顔をした。
「敵に回すのはやめた方がいいでしょう。彼は政治的な
立ち位置は持っていませんし、どこか特定の国に
味方するような事もありません。普段は大人しい、温厚な男ですが・・・
剣を抜くと人が変わります」
シャオレイも真剣な顔でうなずいた。
「わかってるわ。基本的に単独で悪魔を狩り続けているくらいだもの。
わざわざ敵に回すのは愚か者のすることね。
そして、バケモノを討ち果たし、
何より騎士団に巣くう狂信者がいることを
教えてくれたのは、感謝してもしきれないくらいよ。
もう、恩人と言っていいわ。
騎士という爵位の責務を放棄するのは、旦那様と国への裏切り。
ピシェール男爵領への進軍前に、わかったのは本当に幸運だった」
そしてシャオレイは、恐ろしい顔で、こう付け加えた。
「お嬢様へ危害が及ぶ前に・・・根絶やしにしてくれる・・・」
シャオレイは幸太郎、モコ、エンリイに、さらにいくつか質問をして、
メモに書き留めた。ニコラとの戦い。彼らのグループのやったこと。
騎士団や警備隊の中の『裏切者』たち。唯一判明している
ニコラの仲間、宿屋の主人。幸太郎たちがやったこと。
そして、最後に『ナイトメアハンター』について、
もう1つだけ質問してきた。
「ねえ、『ナイトメアハンター』はどこへ行ったか・・・わかる?」
「いいえ、残念ながら、わかりません。先ほど申し上げた通り、
あのバケモノからとんでもない異臭が漂ってきて、
『とりあえず2,3日様子を見よう』って言ったあと、
彼はどこかへ消えました。バケモノの死体が発見されてしまったので、
おそらく、もう戻って来ないと思います」
「そう・・・。本当に謎に包まれた存在ね・・・世の中は広いわ」
シャオレイは会議室を出る前に、幸太郎、モコ、エンリイと
固く握手をして、厚く感謝の言葉を述べた。
会議室を出ると、シャオレイはエーリッタとユーライカにも握手をして
『よく頑張ってくれたわ』と厚く感謝をした。
エーリッタとユーライカは『いえ、そんな』と照れながら笑った。
どうも、こういうのは慣れてないらしい。
シャオレイは1階に降りてきたキャサリン支部長にも感謝すると、
冒険者ギルドを後にした。
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