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異世界徒然行脚 『Isekai Walking~nothing else to do~』  作者: 雨男
ネクロマンサーと城塞都市カーレ 2
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様子を見よう 12


 ニコラはたまり場にしている宿屋で、連絡を待っていた。



しかし、昼過ぎになっても何の連絡も入らない。





「遅い・・・何してるんだ・・・。


まさか、僕に内緒で幸太郎たちを拷問して


遊んでるんじゃないだろうな・・・」





ニコラが苛立ち始めたころ、普通の市民の1人が宿屋へやってきて、



宿屋の主人に耳打ちした。主人の顔が引きつり、青ざめる。



その市民は逃げるように出て行った。宿屋の主人は仕方ないので、



額に大汗をかきながら、引きつるような笑顔を浮かべ・・・



ニコラに報告をする。





「ニ・・・ニコラ様、今入った報告によりますと、


こっ、こここ、幸太郎たちがギブルスの新しい店、『うどん屋』に


現れて食事を始めたそうです・・・へ、へへへ・・・」





ニコラは怒りの表情を浮かべると、宿の主人を殴りつけた。





「いったい何が面白いんだっ! 言ってみろ! ああ?」





「もっ、申し訳ございません! お許しを、お許しを・・・」





「ちっ」





ニコラは倒れた宿屋の主人を蹴っ飛ばすと、


パーティーメンバーを連れて、うどん屋へ向かった。








「来ました」





モコが小さく報告をする。モコの恐るべき聴力は、



ニコラが店に入る前から、その接近を捉えている。





「りょーかい。さすがモコ。では打ち合わせ通りにね」





ニコラが店の入り口に姿を見せた。いつもの女性に人気のある



微笑みを浮かべている。



内心、はらわたが煮えくり返っているはずだが、



精いっぱいの強がりなのだろう。





「あ、おじさーん」





ニコラがニコニコと笑いながら、幸太郎のテーブルまでやってきた。





「ん? やあ、これはニコラさん。ニコラさんも


新しいメニューを試しに?」





「いやあ、ちょっと店の前を通ったら、おじさんが見えたからさ」





「わざわざ会いに来てくれたのですか? それはどうもご丁寧に。


ニコラさんも『うどん』どうですか? よろしければ


ご馳走いたしますよ?」





幸太郎も爽やかな笑みでニコラに返答する。ニコラの笑みが



わずかに引きつる。今や、年上の幸太郎が年下のニコラに対し



丁寧な敬語で話す事の方が、『ボウヤ』と呼ばれるよりも



100倍イラついた。





「ううん、寄っただけだから。そう言えば、おじさん今日は


釣りに行ってたんじゃないの?」





「ああ、それがですねぇ・・・。今日はロクに『釣れない』ので、


諦めて帰ってきたんですよ。『雑魚』が『たった8匹』しか


釣れませんでした。しかも、それっきり音沙汰無しで・・・。


退屈で退屈で、うっかり危うく死んでしまうところでしたよ。


あははは」





「そーなんだー。ところでさ、僕の友達のヨラシフとミョルドーたちも


今日は釣りに行ってるはずなんだけど・・・。


どこかで会わなかった? おじさんと同じピートス川って


言ってたから」





「え・・・? ヨラシフとミョルドーって、どなたですか?」





ニコラの微笑みは変わらないが、額に青筋がたった。



ニコラは幸太郎の動揺を誘ったつもりだった。



今朝、自分が戦い、殺したであろう相手の名前を出すことで、



怒りなり罪悪感なりを引き出そうとしたのだ。





しかし、幸太郎はサイコパスだ。しれっと、とぼける。





「僕の友達の冒険者だよ。会ってない?」





「いやあ、今日は全然誰とも会っていませんよ?


釣りも『雑魚』が8匹だけでしたからね。ええ、『ザコ』が。


釣り糸を垂らしてもザコばっかりで、ええ、ザコザコザコザコ、


ザコの次もザコ。嫌になってしまったので、早々に引き上げて


きましたから、そのお友達とは『すれ違い』になったのかも


しれませんね」





「・・・。もう一度だけ・・・聞くよ? 本当に会ってない?」





「はい、残念ですが会っておりません。いえ、本当ですよ。


こう見えて、私は正直者なのです。何しろ私は生まれてから


一度も嘘をついたことがありません」





『ピキッ』・・・ニコラの顔が笑顔のまま強張った。





「この目を見て下さい。


これがあなたを騙そうとする男の目に見えますか?」





幸太郎はキラキラと澄んだ瞳で微笑みを浮かべ、ニコラの顔をじっと見つめた。



先程ヨラシフとミョルドーを始末しているのに平然と。



まさにサイコだ。



爽やかに『一度も嘘をついたことはない』と笑顔で嘘をつく。



恐るべきサイコぶり。『サイ&コ』である。





ただし、営業職についている社会人なら、これくらいの



猿芝居は平気でやる。『お茶の子さいさい、おちゃらかフォイ』



くらいの軽さでやってのけるだろう。



それが『営業職』の社会人というものだ。








少しだけ沈黙の時間が流れた。



ニコラは微笑みを崩してはいないが、黙ったまま顔が赤くなってきて、



額に汗が浮き始めている。



何しろ幸太郎は微笑みを浮かべたままで、ヨラシフとミョルドーを



馬鹿にしつつ、ニコラに平然と嘘をついたのだから。



しかもバレッバレの嘘を。





なんとも悪質な挑発だった。そして、さらに悪質な追い打ちが炸裂。



ニコラの顔が赤くなり、額に汗が浮いたのを見たモコとエンリイが、



口元を隠しながら『クスクス』と笑い出したのだ。





ニコラは全力を振り絞って微笑みを維持していた。



もう、見れば誰でもわかる。『必死』だと。





「おや? ニコラさん、額に汗が。ああ、そうですね、


温かい料理のせいか、店内は少し蒸し暑いかもしれません。


僭越ですが、汗をお拭きいたしましょうか?」





もはやニコラには幸太郎の敬語が、どんな罵詈雑言よりも



神経を逆なでする悪口に聞こえている。



まだ耐えてはいるが、我慢の限界が近い。





「邪魔したね・・・」





ニコラは何とか、そう言い残すと幸太郎たちに背を向けた。



もはや微笑みを維持するのが精いっぱいだ。



拠点としている宿屋へ、足早で戻っていく。我慢できるうちに。





「あ、私たちは明日も釣りに行きますから~。


聞こえていますか~? 明日も釣りに行きますからね~」





幸太郎は笑顔でニコラの背中へ声をかける。



ニコラは振り返らなかった。その代わり、わずかに手が震えていた。










(C)雨男 2024/05/27 ALL RIGHTS RESERVED






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