番外編 地下牢での会話
これは、時間的には『辺境伯家乗っ取り未遂事件』から、
少し後の話になる。
場所はカーレの地下牢。正確な場所は一般人は知らない。
この地下牢には、現在ピシェール男爵が収監されていた。
その地下牢に、今日はグリーン辺境伯が姿を見せた。
もちろん、ピシェール男爵と話をするためである。
グリーン辺境伯は全ての警備員をさがらせた。人払いだ。
これでこの場所にはグリーン辺境伯とピシェール男爵だけ。
「どうした? グリーン辺境伯。今さら、一体何の用がある?
私の処刑日が決まったのか?」
ピシェール男爵はニヤリと笑う。もちろん虚勢だ。
捕縛されてから、まだそんなに日数は経っていない。
だが、それでもピシェール男爵はかなりやつれていた。
元々ピシェール男爵は小心者。だからこそ、『誰か』に
そそのかされ、こんなセコイ乗っ取り劇を『最良の方法』として選び、実行した。
本当に実力がある人物なら、『乗っ取った後』を心配して、
こんな方法は避けるだろう。
「まだ、そんな段階ではないよ。今日、ここへ来たのは、
まあ・・・私だけ知っていて苦しんでるのが、少し腹が立ったのでな。
卿にも話して、公平に苦しんでもらおうと思っただけさ」
「・・・?」
ピシェール男爵には何の事だかわからない。
もちろん、それで当たり前だ。
今からグリーン辺境伯が話すことを知っている者は、現在2人しかいない。
グリーン辺境伯自身とギブルスだけ。
もっとも、ギブルスはグリーン辺境伯の父親から聞いた話。
グリーン辺境伯自身は『もう、このことを知っているのは自分だけ』と
思っていた。
「ピシェール男爵よ。・・・卿のやったことは、
実はあまりに馬鹿馬鹿しい『無駄働き』だったのだ」
「計画は失敗したのだ。当たり前の話ではないか」
「いいや、そういう意味ではない。実はな、卿が何もしなければ、
辺境伯家は・・・卿のものになっていたのだよ。
何もしなければ・・・」
「何を言っている・・・。意味がわからないな」
「私の父が、あの愚かなコルト王の侵略戦争の最中に
病に倒れたのは憶えているな?」
「当然だ。私とて、あの戦争には参加していたのだぞ」
「ただし、卿は後方支援部隊だったがな。ピシェール男爵軍の
指揮を執り、最前線で戦っていたのは、
卿の父『シャルル・ピシェール男爵』だった。
卿の父には、随分と助けられたものだ」
「・・・」
コンスタン・ピシェール男爵は、あまり思い出したくない話だ。
初めて参加する戦争。ただ、この世界では、正直、戦争は珍しくない。
しかし、この初陣でコンスタン・ピシェールは
『どうしようもない小心者』であることが発覚してしまった。
対岸から小船で押し寄せるバルド王国の大軍。
シャルル・ピシェール男爵の横にいたが、
コンスタンは怖くて仕方なかったのだ。
体の震えが止まらない。奥歯がガチガチと鳴る。
声がかすれて、返事もままならない。額の汗が滝のように流れ、
目に涙が浮かぶ。はっきり言えば、失禁しないだけマシという有様だった。
シャルル・ピシェール男爵は、小心者の息子を不憫に思い、
また、味方の士気が下がるのを防ぐため、早々に後方の補給部隊へ
転属させたのだ。
一方のダグラス・グリーン辺境伯。こちらも初陣だったが、
父親と共に必死で戦い、なんとか戦果を挙げる程度には勇敢だった。
しかし、戦争が始まって5年目。父親が病で床に伏せると、
こちらも緊張で体がガチガチになって、動けなくなった。
軍勢そのものは『グリーン辺境伯軍』『リヴィングストン侯爵軍』
『ピシェール男爵軍』の連合軍。一応、中央政府からの支援部隊もいる。
だが、『辺境伯』の爵位を冠している以上、
総大将はどうしても『ダグラス・グリーン』となっていた。
緊張で体が固まる。戦局が見えない。どのような指示を出せばいいのか、
全然思い浮かばない。ピートス川の南岸で防衛するだけだが、
敵の意図を読み、上陸させないために、部隊の展開・集中・移動は必須。
『どうするべきなのか。どうしたらいいのか?』
ダグラス・グリーン辺境伯は、頭が真っ白になって棒立ちに。
しかし、そのダグラスの元へシャルル・ピシェール男爵が駆け付け、
大声で鼓舞したのだ。
「若き辺境伯よ! 先陣は、このシャルル・ピシェールにお任せあれ!
バルド王国軍、何するものぞ!
私が蹴散らして参りましょう! なぁに、無茶はいたしません。
救援が欲しいときは、素直に伝令を送りますゆえ、
総大将はそこで大きく構えていてくだされ!」
そして、シャルル・ピシェール男爵は戦場を縦横無尽に駆け回り、
戦果を挙げ、味方を鼓舞し、八面六臂の大活躍をした。
その勇ましく、頼もしい活躍にダグラス・グリーンも目が覚め、
腰が据わった。その結果、ジャンバ王国軍の優勢は最後まで
崩れずに終わったのだ。
シャルル・ピシェール男爵は、この戦争での『英雄』と
言うにふさわしい勇姿を見せ、数多くの味方を救った。
その名はバルド王国側にも鳴り響く。
(C)雨男 2024/04/21 ALL RIGHTS RESERVED




