『あの後・・・』 宿屋2
「でもご主人様、『オズワルド』が元々貴族だったら、それらの
問題は解決するのではありませんか?」
「ああ、『オズワルド』が最初から貴族という可能性は無いよ。全然ない。
仮にも貴族という身分を持っていたなら、『辺境伯の令嬢』という
ビッグネームを利用しないなんて手は無いからね。
『オズワルド』が生まれついての貴族なら、
エメラルド様が美しいかどうかという事よりも、その『地位』の方が
100倍魅力的に映ってしまうだろう。もし本当に貴族なら
脅迫して、誘拐同然で『妻』にしても、むしろ損した気分になるよ。
貴族にとって一番利用できる、おいしい部分は
ごっそり捨ててしまうんだもの。
エルロー辺境伯がそうだったろ? 子供のファルネーゼ様を欲望のままに
殺してしまわないように、できるだけ距離を置いていた。
彼はファルネーゼ様が『侯爵家の令嬢』であることにこそ、
価値を感じていたからね」
「あ・・・そいう言えば、そうでしたね。
イネスさんが確かに『奥様と距離をおいていた』と言ってました」
「でも、結局『オズワルド』の正体は
『ピシェール男爵』だったんだよね」
「そうだな。でも、今のところは非常に重要だから
憶えておいてくれ。この後の推測に大きく関わることなんだ。
で、ここまでが『鑑定』する前の、俺の推測だった。
俺は老婆のような姿のエメラルド様を見て、『本当に本人か?』と
『本当にこれで1か月も持つのだろうか?』という疑問を持った。
どう見ても、あんな衰弱した状態で1か月も生存するのは無理がある。
それで『鑑定』してみた。ところが実際に『鑑定』してみたら、
今言ったような考えがご破算になる結果が表示されたんだよ。
『鑑定』にはエメラルド様の命が、あと53時間ほどで潰えるとあった。
さすがに俺も大混乱したよ・・・。
『エメラルド様を妻に欲しい』
『エメラルド様を人質にして、他の要求』
・・・このどちらも成り立たなくなった。
そして『1か月の猶予を与える』という宣言が
相手を油断させるためのフェイクだったことになる。
つまり、目的は完全に『エメラルド様を絶対に殺すこと』
・・・これしかない。
しかも、ただ殺すのではない。
エメラルド様を苦しめて殺そうとしている。
これは明らかに変だ。ただ単に殺すなら、危険を感じさせずに
油断させて、毒を飲ませたり、毒を塗ったナイフなどで
暗殺するほうが『呪いをかける』よりも確実だろう。
呪いはすぐに死なないし、
呪いを解除できる人間がいないとも限らないからね。
呪いをかける人がいるのに、解除できる人がいないなんて
そんな都合のいい事はないだろう。
そもそも、逆にもし自分に呪いがかけられたら、
『しょーがないね』って諦めて死を受け入れるのか?
そんなことはないな。解除方法は絶対何かある。
そして、これは俺が『夜魔の指輪』を入手した
副産物の知識なんだが、『呪い』には重い代償が必要なんだ。
エメラルド様に呪いをかけた人物は
何か命に関わるような『代償』を支払うことになる。
『蒼魂の指輪』の場合は相手に呪いをかけるために、
代償として寿命が10年縮まるそうだ。
しかも『前払い』だってさ。
重い代償を支払っているのに、時間がかかって、
しかも解除される可能性があるなんて、
本当にそんな選択をするだろうか? もし解除されたら
命に関わる代償は『払い損』になっちゃうんだよ?」
「でも、呪いを使えば自分が犯人だとバレる可能性が
低いと思います。ピシェール男爵たちは、その利便性を
期待していたのではありませんか?」
「いいや、モコ、それは違うよ。
俺がロイコークたちを殺した時の事を思い出して欲しい。
人間が誰かを殺そうとするとき、
1番に考えることは『確実に殺す』ことだ。
バレないようにとかは、2番以降の話だ。
俺がロイコークたちを殺した時、俺はロイコークの選択肢を奪った。
彼ら自身は、一切何も強制されてないし、
全て自由意思で決めてると思ってるだろうが、それは違う。
100%確実に殺せるように、俺が操ったんだ。
だから俺がアルカ大森林でロイコークを殺すプランを作った時、
すでに彼らは絶対死ぬことが決まっていた。
確実に殺す、という段取りを組んだからだ。
最後にやった『偽装工作』は『ついで』だよ」
モコとエンリイは幸太郎が最後にやった『偽装工作』は、
到底『ついで』には思えなかった。が、それはさておき、
確かに幸太郎は『絶対に殺す』ことに主眼を置いていたことは
間違いないと理解できる。
ロイコークたちはずっと自分自身の意志で行動していると
思い込んでいたが、実際には死ぬ瞬間まで幸太郎に行動を
操られていたのだ。モコとエンリイは、あの戦いを準備段階から
思い返してみる。だが、何度思い返しても、ロイコークたちが
『他の選択をする可能性が皆無』であることは認めるしかない。
なぜなら、ロイコークたちは『それが一番痛快で気分がいい』という
行動をしていたからだ。『吊り下げられた檻』だけを見ても、
『檻を迂回する』『幸太郎たちの後ろへ回り込む』という
選択肢は絶対に選ばない。そんなことは考えすらしない。
『檻の直前で止まって、正面から幸太郎をあざける』、
これが一番『痛快』だから。
その上で『偉大な能力を使って幸太郎を懲らしめて殺す』・・・
簡単に言えば『どうだ、俺って、すごいだろう』をやりたいのだ。
これが一番『気分がいい』わけである。
モコとエンリイは『自分には到底思いつかない計画』だと舌を巻いた。
正直に言えば、計画を聞いた段階では不安に思っていた。
だが、現実にその通りになったという、確かな証拠がある。
ロイコークたちがアホで考えが読みやすい事を差し引いても、
幸太郎は完全に操って見せたのだ。
もし、100回時間が巻き戻れば、ロイコークたちは
100回とも全く同じ経過をたどって死ぬ。
モコとエンリイは『それは疑いの余地は無い』と断言できた。
「だからエメラルド様を殺すだけなら、毒やナイフの方が確実だ。
まあ、『呪い』はクリストフにやらせて『代償』を知らせないって
えげつない方法をとってたわけだけど、
そのクリストフにしたって替えの効く存在じゃなかった。
彼の『有名な画家になる』って夢がなければ、
貴族の令嬢に呪いをかけて10日間も下水道に籠るなんて無理だよ。
指輪も外すわけにはいかないし、
10日間ずっと半径100メートル以内にいないと
代償の払い損なんて、条件が一般人には厳しすぎる」
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