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異世界徒然行脚 『Isekai Walking~nothing else to do~』  作者: 雨男
ネクロマンサーと城塞都市カーレ
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領主からの依頼 ラスト


 簡単な挨拶を済ませると、早速、グリーン辺境伯が



今回の依頼の報酬の件を切り出してきた。





「此度の活躍、まことに見事であった。心より感謝する。


よって、その方らに仕事の報酬として、


それぞれに1人金貨1000枚をとらせる」





「ありがとうございます」





キャサリン支部長以下、全員が立ち上がり、お礼を言って頭をさげた。





「そなたたちの活躍が無ければ、辺境伯家・・・いや、


ジャンバ王国自体にも大変な混乱が起きていたであろう。


王国の危機を救ったと言っても過言ではないかもしれぬ。


もし、他に何か欲しいものがあれば、遠慮なく申し出てほしい。


・・・ん? まあ、座り給え。畏まらなくてよい」





キャサリン支部長はもう一度お礼を述べ、



他に欲しいものは無いと答えた。





「これで当分、黒字間違いないですから」





こんなジョークで場の雰囲気を和ませた。





「でも、幸太郎ちゃんたちは他に欲しいものがあるって


言ってたわよね?」





続いてキャサリン支部長は幸太郎たちへ水を向ける。





「ほほう。それは何かね? 遠慮は要らんぞ、言ってみたまえ」





グリーン辺境伯も笑顔で応えた。『荒野の聖者』が



何を欲しがるのか、に興味津々のようだ。



幸太郎はちょっと申し訳なさそうに話し出した。





「ええ、実は・・・。2つ、お願いしたいことがございます。


まず、お金ですが、私とモコ、エンリイは金貨1000枚も


要りません。金貨はそれぞれ10枚ずつあれば十分です」





「それは、エメラルドの命はその程度の価値しかないという


意味かね・・・?」





グリーン辺境伯は少し不機嫌そうに言った。



幸太郎は穏やかにそれを否定する。





「いいえ、そうではありません。3000枚から30枚を差し引いた、


残り2970枚と引き換えに、エメラルド様にお願いしたいことが


ございます」





「わ、私ですか・・・?」





エメラルドはきょとんとして幸太郎を見た。





「はい、恐れながら、エメラルド様にしかできない事です」





「は、はい、それはなんでしょう? 私にできる事だと


いいのですが・・・」





「幸太郎君、言ってみたまえ。娘に何をして欲しいのだ?」





幸太郎は微笑んで言った。





「実は・・・エメラルド様に、ユタの新領主、ファルネーゼ様へ


手紙を書いて欲しいのです。内容は一言


『風邪をひいていましたが、すっかり快癒いたしました』と。


それだけで結構です」





「手紙・・・」





「手紙ですか・・・?」





グリーン辺境伯も、エメラルド嬢も驚き、絶句した。



もちろん驚いた内容が違う。





エメラルド嬢は『そんな簡単な事でいいの?』という驚き。



それが金貨2970枚に匹敵するとは思えない。





グリーン辺境伯は逆だ。腹の中で唸った。





(この幸太郎という男・・・。やはりただ者ではない!!


とんでもない怪物だ!!


明らかに高度な教育を受けている。どこの出身なのだ?


確かにその手紙は金貨2970枚、いや、それ以上の価値がある。


もし、バルド王国側が、今回の事件について何か情報を


得ていたとしても、この手紙で『大した事件にならなかった』と


思うだろう。バルド王国側の主戦・強硬派も材料が無くなり


大人しくなるしかない。


さらに、新たにユタの新領主となったファルネーゼ殿も


『貴重な情報を得た』という手柄ができ、その上


『ジャンバ王国側と太い人脈がある』とアピールできる。


たった1枚の手紙がジャンバ王国、バルド王国双方の利益となり、


ファルネーゼ殿の評価を上げ、辺境伯家の安泰も示せるわけだ。


プライベートな事を言えば、エメラルドとファルネーゼ殿の


友誼も深まり、母親を失ったエメラルドの心の癒しにもなるはず。


・・・たった1枚の手紙でここまで計算できるとは・・・。


『荒野の聖者』・・・恐ろしい男よ。敵でなくて良かったと、


心から思うぞ・・・)








幸太郎は微笑んでエメラルド嬢に尋ねた。





「いかがですか? 金貨2970枚の価値はあると思いますが」





「え? はい。そんな簡単なことでしたら、よろこんで。


でも、本当にそれだけでよろしいのですか?」





エメラルド嬢は手紙の価値はわからなかったらしい。



それを見たグリーン辺境伯は娘に合わせることにした。



娘に恥をかかせないように気を使ったのだ。





「ははは、君は欲のない男だな。そんなことで良ければ


容易いものよ。いいだろう、金貨2970枚の代わりに


エメラルドがファルネーゼ殿へ手紙を書く。引き受けた」





そして、グリーン辺境伯は少し溜息をつきながら、



続けて言った。





「どうやら・・・損な性格をしているようだな。変わった男だよ、


幸太郎君は・・・」





幸太郎は『どうにも直らないようです』と照れながら返した。



『変わった男』・・・確かにそうだろう。



何しろジャンバ王国とバルド王国の政治的均衡や



ファルネーゼの政治的立場など、



放っておいたところで幸太郎は『何も困らない』のだ。



痛くも痒くもない。損得の天秤でいけば、間違いなく



金貨3000枚に傾く。





しかし、幸太郎はそれをやりたがらない。ブラック企業で



働いていた時と同じだ。放っておいて、知らんぷりしていれば



いいものを、自分が損してでも動く。



幸太郎は長時間労働の改善を会社へ訴えていたため、



若手社員からは『1人労働組合長』などという



ヘンテコなあだ名までついていた。



世間では、このような男のことをバカという。





元の地球で友人からこのことを指摘されると、幸太郎は



『俺の前世は貧乏神と親友だったんだよ、きっと』とうそぶいた。



実は幸太郎は貧乏神という神に対して敬意を持っている。



変人というしか無いだろう。








「それで、2つ目の願いは何かね?」





グリーン辺境伯は再び興味津々で聞いてきた。





「はい、あの、実はですね・・・。今回の事件について、


出来るだけ私たちの名前が出ないようにして欲しいのです。


可能であれば、一切名前が上がらないと嬉しいのですが・・・」





幸太郎はカーレ冒険者ギルドで登録しようとした時に、



他の冒険者に絡まれて、ケンカになったことを説明した。





「はっはっはっは、そうか、他の冒険者の嫉妬か!


なるほど、美女2人がパーティーにいるだけで、


その騒ぎではな! わかったわかった、君たちの名前は


可能な限り表に出ないように配慮しよう」





母親の死で落ち込んでいるエメラルド嬢も、これには



少し苦笑している。貴族から見れば、あまりに馬鹿馬鹿しい



コメディーなのだろう。








キャサリン支部長は『金貨1000枚を与える』という



グリーン辺境伯の証文をもらい、幸太郎たちは現金で



金貨30枚を与えられた。





少しの歓談の後、すぐに散会。



特に予定の無い幸太郎たちと違って、キャサリン支部長は忙しい。



そして、一番忙しいのは事件の後始末をしなくてはならない



グリーン辺境伯たちだ。色々伏せられた情報があるとはいえ、



すでに事件のあらましはジャンバ王国の中央政府へ念話で伝えてある。



やはりピシェール男爵の反乱という扱いになった。



また、メッサリーナの葬儀も行う必要がある。



その後は中央政府からの使者の到着を待ち、



リヴィングストン侯爵の軍と共に、ピシェール男爵領へ



『男爵軍の武装解除』と『水面の鏡捜索』を目的に



進軍する必要があるのだ。








こうして『領主からの依頼』、辺境伯家乗っ取り未遂事件は幕を閉じた。



幸太郎たちはグリーン辺境伯からの信頼を得たが、



少々後味の悪い結末だったのは否定できない。



なぜなら、この事件は『これから大勢死ぬ』からだ。



単純な『死人の数』でいうなら、乗っ取りが成功していた方が



圧倒的に死者は少ないだろう。



だからと言って『よし、領地を速やかに明け渡し、我々は



全員自殺しよう』などというアホウはこの世界にはいない。



人にはそれぞれ守りたいものがあるのだ。



そして、そのために戦う。



例え、どんな結末が待っていようとも。



戦うのだ。守りたいもののために。










(C)雨男 2024/03/24 ALL RIGHTS RESERVED






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― 新着の感想 ―
[良い点] 一話が長すぎず短すぎず丁度読みやすい [一言] 手紙の裏の意味を説明されてゾワッとした! 今回も面白かった!
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