領主からの依頼 55
幸太郎の後ろでモコとエンリイがハイタッチで喜ぶ。
もちろん音がしないように、こっそりと。
幸太郎は、後ろで何かしているような気配がして振り向いた。
しかし、モコとエンリイは一瞬で真剣、かつ深刻な顔に戻っている。
「?」
幸太郎は再びアーバインの方へ向き直る。再びモコとエンリイは
お互いに手を取り合って、こっそり喜んでいた。
知らぬは幸太郎ばかりなり。
アーバインにしても『商売』なのだから、モコとエンリイの
味方をするのは当然である。そもそも誰も苦しまない
取引を逃す商人などいるわけない。
こうして、モコとエンリイの両方に『隷属の首輪』が
装着されることになったのだ。
幸太郎は商館を出た時、何かとんでもない間違いを犯したような
気がした。というか、
(やられた! まんまと乗せられた!)
と気が付いた。しかし、もう後の祭りだ。
ニッコニコのモコとエンリイは、絶対に首輪を外すのを
拒否するだろう。散歩から帰宅するのを拒否する柴犬のごとく、
徹底抗戦するはずだ。
(うう・・・。もう手遅れか。でも、モコとエンリイの
心配には一理ある。いや、絶対に避けなければならないから、
止むを得ない。・・・と、納得するしかないか。はぁ・・・。
美女を2人も奴隷にして連れ歩くなんて、日本人の
評判が地に落ちそうだな・・・)
評判も何も、この世界には日本もアメリカも存在しない。
果てしなく無駄な心配である。
夕方になる前に下水道の後始末をすることにした。
キャサリン支部長から下水道の鍵は借りてある。
幸太郎は昨夜使った、ろ過池のそばの鉄格子を開けた。
「モコとエンリイは、ここで待っているように。
命令です」
「ええ!? そんな! 私たちも行きます!」
「そうだよ、昨日はボクたちも入っていたじゃない!」
「ダメ。下水道はかわいい女の子の入るところじゃ
ありません。命令だよ」
幸太郎は『隷属の首輪』を利用して、モコとエンリイを
外で待たせた。モコとエンリイはふくれていたが、従うしかない。
そして幸太郎は下水道へ入り・・・1分もしないうちに
帰ってきた。
「ごめんなさい。生意気言ってすいませんでした。
私が浅はかでした。どうか力を貸してください」
幸太郎がモコとエンリイに深く頭を下げる。
「ど、どうしたんですか?」
モコとエンリイはおろおろした。意味が解らないからだ。
「いや、それがね・・・。昨日は薄暗くてよくわからなかったんだけど、
『陽光』を出してバリケードをジックリ見てみたんだよ。
そしたら・・・」
それは念入りに固定してあった。どうやってこんなに木材を、と、
感心するほど大量に木が使用してある。
そして、明らかに『撤去することを考慮していない』造りに
なっていたのだ。
「すごい頑丈なんだよ・・・。しかも下水道の壁や床、天井に
釘や、かすがいを使って徹底的に固定してあるんだ。
ゾンビを数体召喚すれば『破壊』はできると思うけど、
下水道の壁や床も巻き添えでかなり破損してしまうだろう。
これは『鴉』の仕業だな、きっと。
クリストフ1人逃がさないためだけに、
なんて入念な仕事ぶり・・・。有能な男だよ、全く」
「あ、ではバリケードは私の『サイコソード』で切断しましょう」
「うん、それをお願いしたい。その後解体するのが
一番下水道を傷めないはずだ。
そして、エンリイにはバリケードのあった場所と、破損状況の
記録を頼みたい。修理する時に必要になるだろう。
俺は文字は読めるけど書けないから」
「オッケー、任せてよ!」
「壊したバリケードの破片は、俺が『マジックボックス』で
回収するよ。そのうち、どこかで燃やそう。
じゃあ、すまないが、力を貸してくれ」
「もちろんです!」
「了解!」
結局、幸太郎たちは3人で下水道へ入ることになった。
この時幸太郎は考え方を変えた。
『これからは、もうできるだけ全員で行動することにしよう。
俺にできないことは多い。素直に力を借りるのは
恥ずかしいことじゃないんだ』
そして、何より、ここは日本ではない。
この世界と比べれば、日本の安全・安心は桁が違う。
今回のバリケード撤去は戦闘の無い仕事だが、
もし何か突発的に戦闘が起きた時、
慌ててモコとエンリイを呼んでも間に合わないかもしれない。
幸太郎はうぬぼれを自戒した。
夕方、キャサリン支部長に下水道の鍵を返す。
破損個所の報告書も一緒に提出。
キャサリン支部長は『いい仕事だわ』と喜んでくれた。
モコとエンリイの『隷属の首輪』については精神支配魔法への
対策と説明し、納得してもらった。かなり、からかわれたが。
この日はエーリッタとユーライカには会えなかった。
夜間の畑の見回りの仕事を受けているそうだ。
弓の名手である2人には容易い事であろう。
冒険者ギルドの斜め向かいの宿へ向かう。
そして、今日は2つ、部屋をとった。1つは幸太郎の部屋。
もう1つはモコとエンリイの部屋だ。
モコとエンリイは涙目で抗議したが、ここは譲らない。
幸太郎の命令で別々の部屋に。
しかし、しょんぼりしている2人を見た幸太郎は少し心が痛む。
そこで、『救済措置』をすることにした。
「おいで、モコ」
幸太郎はモコの頭を胸にぎゅっと抱きしめると、
優しく、もすもすと髪を撫でた。
「じゃあ、いい夢を。眠れるね? モコ」
「はい・・・」
モコはうっとりした顔で尻尾を『もさこら、もさこら』と
振っている。幸太郎はちょっと照れながらも微笑む。
「はい、エンリイもおいで」
長身のエンリイの首に手を回し、モコと同じように
抱きしめる。真っ赤な髪を優しく、もすもすと撫でた。
「エンリイも眠れるね?」
「うん・・・」
エンリイもうっとりした顔で尻尾を『うにゃうにゃ』と振った。
「じゃあ、おやすみ。また明日ね」
幸太郎は久しぶりに1人で寝ることになった。
この部屋は1人で使うには広いが、まあ、お金には困っていないから
贅沢に使う。
幸太郎は1人、ランプの明かりの中ベッドの上で怪しい踊りを踊った。
にゃあギロまきまき
にゃあギロまきまき
それは誰も理解できない、謎の踊り。幸太郎はニヤリと笑うと
1人、つぶやく。
「ふふふ、俺が夜中に1人でこんな怪しい踊りをしているとは、
お天道様でも気がつくめぇ・・・」
幸太郎はサイコに加えて、変態である。
まあ、1人だけになって気が緩んでいるだけ。
ただし、幸太郎は『ある事件』をきっかけに、結局は
モコとエンリイと同じ部屋で寝ることになる。
それは、まだ先の話。
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