領主からの依頼 51
冒険者ギルドへ帰ってきた幸太郎たち。
早速2階の支部長室へ招かれた。『密室』を展開すると、
すぐに何があったのか、一部始終をキャサリン支部長に報告する。
「・・・そう、大活躍だったのね。ご苦労様。
しかし、猛毒を塗った剣にかすりもしないなんて、
モコちゃん、エンリイちゃん、強いのね。思った以上だわ。
毒を見抜いた幸太郎ちゃんもお見事よ。
あなたたちが『新人』なんて、実態とかけ離れているわね。
この際、支部長の権限で飛び級でD級へ昇格させてあげるわ」
キャサリン支部長は笑顔でそう言ったが、幸太郎がそれを断った。
「いいえ、キャサリン支部長。私たちは新人からのスタートで
結構です。冒険者として『ど素人』なのは本当ですから。
地道に行こうと思います。お気持ちだけ、有難くいただきます」
幸太郎としては、とにかくあまり目立ちたくないのだ。
いきなり飛び級で昇格となれば、少なからず注目を浴びることに
なるだろう。それでなくとも美女2人を引き連れて
悪目立ちしてるのだから。
それはギルドに登録する時のトラブルで痛感している。
いや、本当に痛かったわけだし。
キャサリン支部長は幸太郎のことを『謙虚ねぇ』と笑った。
だが、同時にこんなことも考えた。
(はっきり言えば、流れ者、食い詰め者の多い『冒険者』に
素人も何もないんだけどねぇ。『ダメな奴』は最初から死ぬまで
『独りよがり』でダメなことが多いし、
『できる奴』は最初からよく考えて動くことが多いもの。
幸太郎ちゃんは・・・何か訳ありってことかしら?
ふふふ、いいわね。『秘密』は男も女も美しくするわ。
応援するわよ? 幸太郎ちゃん・・・)
ただし、冒険者ギルドにも、ちょっと都合はある。
当たり前だが『新人』向けの仕事は低額ばかり。
そして、新人の『指名料』はものすごく安い。
ギルドとしては能力のある者を低いランクのままにしておくと、
地味に損するのである。
幸太郎の要望は聞き入れられ、飛び級はナシになった。
そして『報酬は明日直接手渡す』というグリーン辺境伯の伝言を伝える。
「そう、わかったわ。かなりの高額報酬になるでしょうね。
ふふ、幸太郎ちゃんたちは一気に大金持ちよ?
でも、冒険者やめるなんて言わないでね。あなたたちが
いてくれる方が、ウチとしても助かるから」
「あ、いえ、実は私たちは他に欲しい物があるので
『大金持ち』にはなりません」
「へえ? 高額報酬じゃなくて他に欲しい物ねぇ・・・。
何々? 興味あるわ。教えてよ」
「それは、明日までのお楽しみってことで」
幸太郎はそう言って微笑んだ。
「あら? じらすのねぇ~。罪なオトコ!」
幸太郎は今度は苦笑した。しかし、不意にキャサリン支部長が
少し元気無さそうな顔になった。幸太郎が心配そうに聞いた。
「・・・どうしたのですか? 何か心配事でも?」
「んーん。なんでもない。・・・いえ、ちょっとだけ愚痴を聞いて
くれると嬉しいわ。あなたたちが『他に欲しい物がある』って
言ったから・・・私もちょっと思い当たるものがあったの」
「それは?」
「・・・『水面の鏡』、よ。幸太郎ちゃんも聞いたでしょ?
元の姿は一切合切無くなり、新たな姿に完璧に変身するって。
・・・私もね、もし、自分の命が尽きる寸前になったら・・・
一度でいいから『本物の女』になってみたいのよ。
まあ、見ての通り、私は体はデカくてゴツイし、声も低い。
腕の太さも丸太並み・・・。モコちゃんやエンリイちゃん達からは
ほど遠い姿だわ。心もはっきり言って『男でもないし、
女でもない』ってところ。中途半端よねぇ。
別に今の体が気に入らないってわけじゃないの。
この体だからこそ、生き残ってこれたのは間違いないし、
愛着もある。この体に感謝してるわ。
でも、これで人生最後って時が来たら、今の体に別れを告げてでも、
『本物の女』になってみたい気持ちはあるの。
・・・『水面の鏡』があれば、その願いは叶う・・・。
ふふ、ごめんなさい。なんか柄にもなく湿っぽい事を
言っちゃったわね。聞いてくれてありがとうね。
もう、忘れていいわよ」
キャサリン支部長の顔は、もういつも通りになっている。
幸太郎は、このような時、かける言葉がわからなかった。
だから、代わりに幸太郎は歌を歌う。
『キャンディ・キャンディ』の歌を。
本当はこの歌は幸太郎がカラオケに行った時の『かくし芸』として
憶えた歌だ。しかし、今は心から真剣に歌った。
キャサリン支部長は途中から目を閉じ、黙って聞いていた。
そして、キャサリン支部長の頬を涙が伝う。
「・・・素敵な歌ね・・・。心が洗われるよう・・・。
今、遠い昔に忘れてた、何か大事なことを思い出した気がするわ・・・。
この歌には、美しく、たくましく、温かい乙女の
心意気が込められているのね・・・。
ありがとう、幸太郎ちゃん。お金には代えられない、温かい
報酬だったわ。ああ・・・いい気分ね・・・勇気が湧いてきた」
幸太郎はキャサリン支部長の求めに応じて、この歌を教えた。
キャサリン支部長は歌詞を書き留め、何度も練習する。
後日談だが、これが原因で幸太郎はギルドの職員から
少し恨まれることになる。何しろ、時折2階の支部長室から
地響きのような低音で『キャンディ・キャンディ』が
聞こえてくるようになったからだ。
しかし、キャサリン支部長がこの歌を歌った後は、
必ず上機嫌になっているので、逆に感謝もされている。
オマケにギルドの建物から、ネズミとゴキブリが一匹残らず消えた。
プラスマイナスで、『マイナス0・5』くらいだろうか。
幸太郎は後に語る。
『え・・・? 俺のせい・・・?』
おっさんはすぐに責任から逃げる生き物だ。
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