領主からの依頼 46
幸太郎とエンリイは、モコの合図の声が聞こえた。
2人とも、モコの攻撃に合わせる。
モコがガルシアの横へ、一気に間合いを詰めた。そして、その場でスピン。
小さく、鋭く、力を凝縮し、ねじり込むように。
ガルシアはエンリイと凄まじい打ち合いをしつつも、モコの行動に
対応してきた。左手で腰のナイフを抜いた。もちろん、このナイフにも
毒が塗られている。ガルシアがそのナイフをモコへ向けようとした時、
幸太郎がそれを阻止した。
『パンッ!!』
幸太郎が大きな拍手を打ったのだ。
(必殺『遠距離・猫だまし』ッ!!)
相撲の奥義の1つ『猫だまし』の遠距離版だ。相撲は相手の目の前で
行うため効果倍増だが、遠距離でも相手の不意を突けば
ほんの一瞬ではあるが効果はある。しかも、すでにガルシアは
『情報過多』の状態にあった。
宙に浮いたままの謎の光球。エンリイの不思議な間合い。
味方は自分と男爵を残して秒殺。いまだノロノロ飛んでる
意味不明なスプーン。急接近してきた獣人の娘。
・・・そして、今、大きな破裂音。
男の脳はシングルタスク。女性の脳はマルチタスク。
男の脳は基本的に1度に1つのことしか処理できないのだ。
これは『オカマ』や『ホモ』でも絶対に変更できない。
生まれついたものであり、いくら『心は女』と言ったところで、
死ぬまで1ミリたりとも変わらない。
どうしても変更したいなら、脳を取り換えるしかないだろう。
ガルシアは一瞬、ビクッと震え、幸太郎へ視線を移した。
移してしまったのだ。
(チッ!)
ガルシアはすぐに我に返り、ナイフをモコへ突き刺そうとした。
しかし、もうすでに遅い。モコが肩越しに叫んだ。
「がうっ!!」
モコの持つ、白狼族スキル『ウルフ・クライ』だ!
このスキルは大きく息を吸い込む『溜め』が必要だが、
先に大きく息を吸い込んで準備しておけば、
息を止めてる間は発動を遅延できる。もちろんバスキーの指導である。
強者は即座にこの『ウルフ・クライ』の効果を打ち消しにかかる。
万能、無敵のスキルではないのだ。
当然ガルシアも打ち消しにかかったが、今さらもう、どうにもならない。
モコは万全の態勢に入ってしまっているからだ。
こうなっては、モコの『必殺技』を止めることは不可能。
モコは溜めた力を、一気に爆発させた。
「『パイルバンカー』ッ!!!!!!」
モコの後ろ回し蹴りがガルシアの左わき腹へ『突き刺さった』。
ボキボキッボキボキベキボキ・・・
骨が何本折れたのかわからないが、ガルシアの胴体から
滅茶苦茶な音が聞こえ、玄関ホールにこだました。
ゴートヘッドの『後ろ蹴り』を粉砕する、モコの『後ろ回し蹴り』の威力。
それは二週間の修行を経て、まさに『必殺』の威力へと昇華した。
もはや、これを食らって無事な人間はいないだろう。
命名はもちろん幸太郎。装甲騎兵ボトムズに登場する『ベルゼルガ』の
武装から名を借りた。本来『漢の武器』と謳われる武装だが、
モコの後ろ回し蹴りの凄まじい威力を目にした幸太郎が
『もう、これ以外思いつかない』と決定。
そして、モコも幸太郎に名付けてもらったことで、
『特別』な技と確信。その結果、名前が付いただけで、
さらにもう一段階、別次元の威力へと跳ね上がったのだ。
ガルシアは胴体が奇妙な有り得ない角度で折れ曲がり、
そのまま玄関の扉をぶっ壊して、外へ吹っ飛んでいった。
モコがゆっくりと息を吐き、吹き飛んだガルシアへ注意を払いつつ
静かに言った。
「・・・『ちぇすと』です・・・」
幸太郎は初めて実戦投入された『パイルバンカー』の威力に
戦慄を覚えた。
(注文通り・・・さすが。しかし、ありゃあ背骨が折れてるな・・・)
幸太郎は最後の『締め』をするために、壊れた玄関の外まで歩く。
(するまでもないが、念のため『鑑定』・・・)
口から大量の血を流し、奇妙な角度で折れ曲がる胴体。
もちろん、もうピクリとも動かない。やはりガルシアのHPはゼロだった。
幸太郎は腕を組み、イキリ散らした態度と口調で言った。
「フン、他愛もない。これでグリーン辺境伯のお命を
狙うつもりだったのか? 何の冗談だ? 弱すぎて相手にもならん。
一丁前なのは口先だけとは、一体普段どんな修行をしていたのやら。
ピシェール男爵は余程人材不足だったと見える。
たった10秒程度で終わりとはな。がっかりだよ、雑魚め」
これは外にいるピシェール男爵の護衛たちへ向けての言葉である。
果たしてピシェール男爵の騎士の内、何人が暗殺計画を
知らされていたのかは、わからない。だから幸太郎は一応、
この場にいる全員へ『抵抗しても無駄だ』と遠回しに伝えたのだ。
そして、幸太郎の目論見通り、門の近くにいたピシェール男爵の
護衛たちは青ざめて動けなくなっていた。それを見た幸太郎は、
そのままクルリと背を向け、屋敷内へ戻る。
『あえて何もせず、無防備な背中を見せる』ことによって、
『お前たちなど何人いようと警戒する意味さえ無い』と態度で示したのだ。
ピシェール男爵の護衛たちは、もう戦えないだろう。
屋敷内へ戻ると、ピシェール男爵が青ざめて震えていた。
それは仕方ない。執事を含めて、護衛は十数秒で全滅。
殺人専用にわざわざ連れてきたガルシアも、幸太郎たちに
一太刀すら浴びせること無く死亡。用意した猛毒の秘薬も
無駄に終わった。誰も、かすり傷1つ無いのだから。
「ぐ、ぐくく・・・」
幸太郎と目が合ったピシェール男爵は変なうめき声と共に
へたり込み、俯いた。
幸太郎は、1つ溜息をつくと、グリーン辺境伯へ向かって、
申し訳なさそうに謝った。
「大変申し訳ありません。玄関の扉を壊してしまいました。
弁償したしますので、どうかご容赦を・・・」
頭を下げる幸太郎へ向かって、驚きの表情で固まっていた
エメラルド嬢が思い出したように拍手を送った。
その拍手を聞いたグリーン辺境伯も、驚きから我に返り、
笑いながら言った。
「なぁに、玄関の扉くらい構わんよ。それくらい安いものだ。
実に見事な戦いだった。大儀である」
それを聞いた幸太郎は、右手を胸に当て、深々と頭を下げる。
モコとエンリイもそれを真似した。
「お目汚し、失礼いたしました・・・」
恭しくお辞儀する幸太郎たちへ向かって、
グリーン辺境伯はじめ、ピシェール男爵以外の全員が
幸太郎たちに惜しみない拍手を送った。
(C)雨男 2024/02/29 ALL RIGHTS RESERVED




