領主からの依頼 37
ベリンガムは、そのまま持ち込んだ紙とペンで手紙を書き始めた。
幸太郎の話から要点を抜粋し、フランクへ伝えるためだ。
この手紙をフランクとシャオレイは待ち焦がれている。
キャサリン支部長は幸太郎から下水道のカギを返してもらい、
さらに見張りの持っていたカギも受け取る。
「どこにあったカギかしらね・・・。まあ、ウチで預かっておくわ。
そして、これが・・・」
幸太郎が渡した『指輪』・・・。とりあえず誰かが装着できないように
縄を指輪に通して結んである。
「はい。『蒼魂の指輪』というそうです。クリストフはこれを使って
エメラルド様を苦しめていました。・・・呪いの指輪です」
「見た目は特に変わったところは無いのにね。
ともかく、ありがとう。これも封筒に入れてフランクさんに送っておくわ」
キャサリン支部長は指輪をベリンガムに渡した。
「ところで幸太郎ちゃんたち、今夜の宿は決まってるの?」
「あ・・・そう言えば、カーレに来てから、そのまま事件に関わって
走り回っていたので・・・。近くに宿屋はありますか?」
「それならウチの経営してる宿屋を使うと良いわ。
斜め向かいの建物がそうよ」
キャサリン支部長は執務机に行き、紙に何かを書くと、
サインと押印をする。
「はい。これ持って宿屋のカウンターに見せて。
無料で宿泊できるから。それと、ギルドと繋がってる食堂で
今夜と明日の朝ごはんも食べれるわ。
もちろん、これを見せれば無料でね」
「ありがとうございます。ここはお言葉に甘えさせていただきます」
「そんな大したことじゃないから、気にしなくていいわよ」
幸太郎たちはお礼を言って、支部長の部屋を退出した。
とりあえず、ギルドと繋がっている食堂で、パンとスープ、
それと豚肉のバター焼きを食べた。エンリイはバクバク食べるので、
パンとスープを大量に持ってきてもらう。
食堂には他の冒険者もまだチラホラいて、エンリイの食べっぷりに
奇異の目を向けていた。まあ、そんなことで怯むエンリイではないが。
それに幸太郎はモコとエンリイの『美味しそうに食べる顔』が好きだ。
当然だが、パンとスープの追加分は幸太郎が代金を支払っている。
タダと聞いて、そこまで厚かましく食べるのは無粋というものだ。
幸太郎はサイコ野郎だが、『一応』、日本で社会人として
生活していたわけである。
「良い香りだな、この紅茶。えーと・・・とりあえず、
今日の所は任務完了・・・かな?」
「そうですね・・・。カーレに来て、いきなり大事件でしたね」
「まあ、これで一安心だよね。
もうボクたちの出る幕はないでしょ」もぐもぐ
幸太郎たちは、キャサリン支部長の言う通り、斜め向かいの
冒険者ギルドが運営している宿屋へ。
カウンターの男にキャサリン支部長からの手紙を見せると、
『上級』の部屋へ案内された。
ここは冒険者用の宿屋なので『下級』と『上級』の2種類の部屋がある。
『下級』は、ものすごく狭い部屋。
部屋の中は幅2メートルちょっとの通路を挟んで2段ベッドが
2つ両側に並んでいる。
バックパッカーの旅行者が使う安い宿に似ていた。
用途と目的が似ているからだろう。
ベッドも・・・『棺桶』と揶揄される木の箱に藁が敷き詰められており、
その上にシーツがかけられている。掛け布団も無い。
その代わり安い。一週間で銀貨7枚だ。ダークエルフの宿が
1日銀貨2枚だった事と比べれば破格の値段。
・・・と言っていいのか、は、わからない。何しろ狭いのだ。
荷物を置くところも無い。別途、料金を払えば、
藁やシーツは交換してくれるが。
「まあ、新人とE級が主に使う所だよ。ここにすら入れない
貧乏な駆け出し冒険者は野宿するしかないもん。
ボクは使ったこと無いよ。だって、この『下級』は
男も女も関係なしで、『相部屋』なんだ。
もちろん、お金を払えば、一部屋独占できるけど」
「ええ? 見知らぬ他人と同じ部屋? しかも、男女同室???
危なくて、俺は眠れないかも・・・」
幸太郎は、この世界は本当にいい意味でも悪い意味でも
男女平等だと、改めて思い知った。何しろ、元の地球と違って、
この世界は武器を携帯している人が多い。それは魔法があるせいだ。
元の地球のバックパッカーが使う安い宿とは、危険のレベルが段違い。
「駆け出し冒険者なんて、そんなもんだよ。
文句があるなら稼げってことでしょ」
「あ・・・あたしは、ちょっと抵抗あるかも・・・」
「野宿やダンジョンなら、誰でも同じところで寝るでしょ?
それと同じだよ、モコ」
「そうか・・・確かに。野宿に比べれば雨露がしのげる分マシって事か。
なんか『食い詰め者は冒険者になりたがる』って意味が
少しわかった気がするよ・・・」
そんな会話をしているうちに、3階にある部屋へ通された。
「おお、広い・・・。ちゃんとした普通の宿屋って感じだな。
ベッドが4つあるってことはパーティーで使用することを
想定している部屋ってわけか・・・」
ここで幸太郎は、あることに気づいた。
「・・・あれ? 俺の部屋は?」
案内してきた男はきっぱり言った。
「キャサリン支部長からの手紙では『1部屋』と書いてあります。
どうぞ、ごゆっくり」
「えええ???」
モコとエンリイは幸太郎の背中を押す。
「ダンジョンや野宿と同じですよ。
同じ場所で寝てたじゃないですか、ご主人様」
「そーそー。同じ同じ。そもそも、こんな時間に急に
部屋がとれただけでも上出来じゃないの?」
「む、むむむ・・・」
女性に免疫の無い幸太郎は、同じ部屋ということに抵抗がある。
もう1つ部屋をとろうかと考えもしたが、それはそれで
キャサリン支部長からの厚意に対して『不足』があったと
言ってるみたいに思えた。
(うーん・・・食事の追加とは意味合いが違うから・・・。
角が立つようなことは、まずいよなぁ・・・)
幸太郎は諦めた。確かにダンジョンや野宿では同じ場所で寝ていたのだ。
『明日は2つ部屋をとろう』・・・。そう決めた幸太郎だった。
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