領主からの依頼 35
とりあえず幸太郎はモコとエンリイを並んで立たせた。
「ほらもう・・・髪にも蜘蛛の巣が付いてる・・・」
幸太郎はモコから順番に『洗浄』の魔法をかける。
髪、顔、首、胸、腰・・・靴のつま先に至るまで、
何度も『洗浄』を発動させて汚れを落としていった。
幸太郎は『下水道なんて、やっぱり女の子の入るところじゃ・・・』
などとブツブツ言ってたが、逆にモコとエンリイは
『入って良かった』と思っていた。
((・・・な、なんか・・・すごく気持ちいい・・・))
幸太郎が自分の体を丁寧にキレイにしてくれる。
2人は胸の奥が温かくなるような、不思議な恍惚感を感じていた。
ただし、幸太郎は『洗浄』を使ってる間、ずっとへの字口。
幸太郎は『マジックボックス』から、大八車みたいな荷車を
取り出す。これは冒険者ギルドから借りてきた物だ。
「さ。まだ仕事が残ってる。キャサリン支部長も首を長くして
待ってるだろう。カーレに帰還しよう」
ゾンビを召喚して、見張りやクリストフを荷車へ積み込む。
クリストフだけは頭に麻袋をかぶせた。カーレの門をくぐる時に、
番兵たちに顔見知りがいて、質問されると厄介だ。
何しろクリストフは、ここ数日『突然見かけなく』なっていたはずだから。
ただ、画家であり、商人ギルドの日雇い労働をしていたのだから、
不審に思っている人は、ほぼいないだろう。
一応、表向きは『手配中の盗賊と思しき人影を見た』というタレコミがあり、
幸太郎たちが急遽捕縛へ向かったということになっている。
もちろん嘘だが、キャサリン支部長と辺境伯の執事フランクが
バックについているのだ。その辺の『設定』はなんとでもなる。
どんな強引な作り話でも、いとも簡単に『本当』に変わるだろう。
街道に出るまではゾンビに力を貸してもらった。やはり怪力だ。
舗装されてないデコボコの林道で、5人も載ってる荷車を
スイスイと押してくれる。
街道に出てからは、幸太郎、モコ、エンリイで頑張って押す。
ハンドルを幸太郎。後ろからモコとエンリイが押す形。
ゴーストやゾンビを『インビジブル』で隠して使う方法も考えたが、
3人で充分運べるのでやめておいた。
万一バレて、余計な誤解を招くようだと困る。
危険は潰しておいた方がいい。
ガタゴトと荷車を押して、カーレの南門に近づく。
すると防壁の上にゴツく、たくましい人影が見えた。
金髪ツインテール。間違いない。
「幸太郎ちゃん、モコちゃん、エンリイちゃん、ご苦労様。
『盗賊』は無事、捕縛できたようね?」
言わずと知れた、キャサリン支部長である。
「はい。不意を突くことで、なんとか全員捕まえました」
「ちょっと待ってて。今、下に行って門を開けるわ」
この世界の夜は暗い。基本的に町の門は、夜になると何があっても
開くことは無い。その例外を作り出せる人物の内の1人が
『冒険者ギルド長』だ。
普通、このような場合、大勢の冒険者などで門の内側を固め、
不測の事態に備える。・・・の、だが、キャサリン支部長は1人だけ。
実はキャサリン支部長は元・B級冒険者。
彼、もとい、彼女? と戦いたい人間などいない。
幸太郎は、のちに2つの事件で、それを知ることになる。
門が少し開き、防壁上の番兵が周囲を警戒する。
が、何も起きない。
当たり前だが、モコの『ソナー』がずっと辺りをスキャンし続けている。
門の前でキャンプしている旅人たち以外に、他には誰もいない。
旅人や行商人は、自分たちは入れない事に少し不満そうだったが、
番兵の機嫌を損ねてもいいことは無い、引き下がった。
「ふーん・・・5人ね。もう少しいるかと思ったけど・・・。
まあ、詳しい事はギルドへ戻ってから聞くわ」
キャサリン支部長が荷車のハンドルを持ち、
今度は幸太郎たちが後ろから押す。
冒険者ギルドの裏庭へ入り、鉄格子のついた牢屋のような所へ
5人を放り込む。これで一安心。
しかし、急いでフランクへ連絡をしなくてはならない。
幸太郎たちはギルド2階の支部長室へ入り、
キャサリン支部長と記録室長のベリンガムに出来事を一通り説明した。
キャサリン支部長は一切メモを取らない。ベリンガムがいるからだ。
この男の恐るべき記憶力は、この世界ではとてつもない価値がある。
「そう・・・『鴉』って男と中継基地の男が死んだのね。
その上、そこまで徹底してピシェール男爵まで
たどり着かないようにしてるなんて。
・・・敵もなかなかやるじゃない。
それで、思ったよりちょっと小規模なのね・・・。
でも・・・その女、ほんとに『女神リーブラ』って言ったの?」
幸太郎は『イビル・アイズ』の事も、『女神リーブラ』の事も
話している。もちろん、自分の事情は伏せて隠した。
本音を言えば、幸太郎はリーブラのことは話したくはない。
しかし、下手な嘘をつくと、何かあった時に
今度は自分が疑われかねない。話の辻褄も合わなくなってしまうだろう。
「はい・・・。その『鴉』という男と、何か契約を結び、
『イビル・アイズ』を与えたそうです。そして、契約に基づき、
この男たち2人を回収すると言って、空へ消えてゆきました」
幸太郎はリーブラから攻撃を受けたことは言わなかった。
『イビル・アイズ』はモコとエンリイが相手の足元だけを見ながら、
苦労して倒したことになっている。決め手はモコの小太刀と
いうことにした。まあ、テキトーである。
負傷は全て幸太郎が治したと言えば、どんな戦いだったかは、
もうわからない。
キャサリン支部長とベリンガムが顔を見合わせる。
そしてキャサリン支部長が話しはじめた。
「・・・幸太郎ちゃん・・・。このことは誰にも話しては駄目よ?
実は『女神リーブラ』と『大神オーガス』は・・・
神ではないって説が、確かにあるの。
発端はマジックアカデミー。彼らは『魔法マニア』というか、
魔法オタクというか・・・。
とにかく魔法の研究ばかりに情熱を注いでいるわ。
それ以外には大して興味を持たない人々ばっかりね。
彼らの中で、ある時、教会の『奇跡』に興味を持った人がいたのよ。
『どう見ても、改造された魔法としか思えない』って・・・。
途中の研究は長いから省くけど、とにかく、その人は
『教会の使う奇跡は、巧妙に隠されているが全て魔法を改造したもの』
だとつきとめた。そして、実際に『奇跡』を
再現することにまで成功したわ」
「す、すごいですね・・・」
幸太郎は思わず感嘆の声を漏らした。
幸太郎はアステラから聞いていただけだが、魔法の研究から
『奇跡は魔法を改造したもの』ということに
たどり着いたのだ。幸太郎はマジックアカデミーを見くびっていた事を
反省した。
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