表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界徒然行脚 『Isekai Walking~nothing else to do~』  作者: 雨男
ネクロマンサーと城塞都市カーレ
788/1073

領主からの依頼 11


幸太郎たちとフランクたちの連絡係はキャサリン支部長に



頼むことにした。事情を知っていて、かつ、様々な権限も持っている。



捕らえた『見張り』もキャサリン支部長なら『盗賊』と偽って



ギルドで預かってくれるだろう。防壁の門の出入りも、



フランクとキャサリン支部長の許可があれば比較的自由になるはずだ。



そう、夜間であっても。



そして途中経過や結果報告も、キャサリン支部長からの手紙という形ならば、



辺境伯の警護たちもノーチェックで通してしまう。



情報が『裏切者』に漏れる心配が無い。





この24時間が勝負。急がねばならない。しかし、幸太郎たちが



屋敷を辞去する前に、フランクは幸太郎たちを伴い、再びエメラルド嬢の



寝室を訪問した。フランク、シャオレイの願いだ。





幸太郎が、もう一度エメラルド嬢に『陽光の癒し』をかける。



金色の光は、再びエメラルド嬢を若く美しい姿へと戻した。





「ん・・・。あら、私、また眠っていたのね? 


どうしてこんなに眠いのかしら? お昼ご飯冷めちゃった?」





フランクとシャオレイは穏やかな笑顔でエメラルド嬢に誓った。





「お嬢様。もうしばらくの辛抱でございます。お嬢様のご病気は、


必ずや、このフランクとシャオレイが治してみせます」





「もう治療のメドはつきました。あとは私たちに


お任せください。お嬢様は安心してお休みになって下さいませ。


次に目が覚めた時には快癒しているでしょう」





「そう・・・。ありがとう。じゃあ、私もう少し眠って・・・」





そこまでだった。エメラルド嬢の体がビクンと跳ねると、



またも老婆のような姿に変わり、意識を失った。



そして青ざめた顔で汗を流し始める。やせ細った痛ましい姿だ。





フランクの握りしめた拳がブルブルと震えている。



男なら、その拳に込められた怒りと無念は自分のことのように実感できる。



これがわからない男などいるものか。





「お嬢様は・・・もう気付いていらっしゃるのね。


ご自分に何が起きているのか・・・。その上で、あえて明るく・・・


わざと気づいていないふりをして・・・」





シャオレイの声は涙に濡れていた。





しかし、フランクとシャオレイは自分の怒りを体の内に封じ込めた。



相手に怯えず、自分の荒ぶる心を押して、耐え忍ぶ。



空手で言う『押忍』の精神だ。





この光景を後方から黙って見ていた幸太郎は、小さくつぶやいた。





『・・・許さん・・・』





幸太郎の後ろにいたモコとエンリイは背筋が凍るような感覚を味わった。



モコは思い出していた。これは、あの時の感覚。



深く、水の枯れた真っ暗な井戸の底を覗き込むような冷たい恐怖。





『ご主人様を本気で怒らせてしまった』・・・。



モコは『黒幕』や『裏切り者』の命運が、



今、この瞬間に尽きたことを確信した。








幸太郎は部屋を出る時、一枚の絵に気が付いた。





「ん!?・・・もしかして、この絵は・・・」





「そうだ。この絵はクリストフの絵だよ。


奥様が屋敷のあちこちに飾っておられる。上手いとは思うが・・・。


なぜか・・・私の心には何も響かないのだ」





「そう・・・ですね。私も上手だとは思いますが・・・」





幸太郎は別に芸術というものについて、詳しいわけではない。



しかし、画家として『売れる』ことはないだろうと思った。





芸術というものに関して、幸太郎のサイコぶりを表すエピソードがある。





大学生だったある時、幸太郎は友人たちと旅行に行った。その時、旅館の主人から



『特別優待券』というチケットをもらう。それは旅館の近くで開催している



陶磁器のコンクールだか、フェスティバルだかの無料入場券になっていた。





幸太郎と友人は、旅館の主人の勧めに従い、行ってみることにした。



会場には鮮やかな色合いの茶碗や、フグのような面白い形の急須など、



様々な陶器が並んでいた。そして、幸太郎は『金賞』という札がついた



陶器の前で足を止める。その作品は三葉虫の出来損ないというか、



ワラジムシの出来損ないというか・・・奇妙な形をしていた。



そして、よせばいいのに、幸太郎はそれをボロクソにこき下ろし始めたのだ。





「ひどいな。これで『金賞』か? 俺には作品から漂う悪臭しか


感じられんな。もちろん、この『三葉虫もどき』には高価な釉薬や、


高度な技術がふんだんに盛り込まれているんだろう。


だが、この『三葉虫もどき』がいったい何の役に立つというんだ? 


例えば、これと、さっきの急須が道端に置いてあったらどうだ? 


急須は誰かが欲しいと言い、使う人がいるだろう。


でも、この『三葉虫もどき』は誰もが『こんなところに


ゴミを捨てるバカがいる』と言って、すぐに破壊、陶器ゴミの日に


ゴミステーションに並ぶことになる。


この作品は作者の『自慢話』が形になってるだけだよ。


『俺はこんなスゴイ技術を持ってるぞ』、


『俺はこんな珍しい薬品や設備があるんだぞ』ってバカ丸出しで


世間にアピールしてるに過ぎない。


もちろん、業界の人たちなら『スッゲー!』って思うんだろうが、


それなら内輪だけでやってろってことだな。


わざわざ馬鹿さ加減を世間に広めて、いったい何をしたいんだ?


・・・って、え? 何?」





友人が幸太郎のシャツを引っ張り、後ろを指さす。幸太郎が振り返ると、



後ろに『審査員』という名札のついた人々が数名いた。



もちろん、全員不機嫌な顔をしている。いや、1人だけ笑っていた。





「悪かったね。その『ゴミ』を金賞に選んだのは私たちだよ」





審査員の1人が青筋を立てて言った。だが、幸太郎はさらに



煽るような事を言った。サイコだ。





「気に入りませんか? では、お聞きしますが、この『三葉虫もどき』が


いったい地球上の誰を幸せにできるというのですか? 


業界のしがらみですか? 一般の入場者で、足を止めてこれを眺める人が


誰もいないのは何故だと思いますか?・・・答えられませんか?


ならば、この『三葉虫もどき』は作者の自慢話が詰め込まれただけの


『ゴミ』ですよ」





審査員たちは血相を変えて眉を吊り上げる。しかし、1人だけ



笑っていた高齢の男が審査員たちを止めた。





「だから言ったじゃないか。この作品は『くさい』だけだとな。


誰かを幸せにしたいという祈りは何処にも入っていない。


ただ、ひたすらに『天狗になった自己満足』だけでできている・・・と。


偉大な先人たちが技を磨き、後世へ伝えたのは一体何のためだと思う?


私は畑違いの人間だが、この三葉虫が『金賞』に値しないことだけは


見ればわかる。そして、君たちは揃いも揃って『お客さん』を


見下し過ぎている。世間知らずで、


『村の中』でしか通じない理屈で賞を与えてしまった」





審査員は全員ばつが悪そうに黙り込んだ。



そして高齢の男は幸太郎を笑いながら叱った。





「君もあんまりズケズケとモノを言わない方がいいぞ。


彼らだって人間だよ。誰だって承認欲求はあるし、傷つくのは嫌なもんさ。


いろんな『しがらみ』に雁字搦めの所もある。


まあ、いい薬になったことは否定しないがね。さ、もう行きたまえ」





幸太郎は友人たちから『お前のせいで寿命が縮んだ』と



ブツブツ言われながら会場を後にした。



幸太郎も、少し反省している。彼らだって人間なんだ、と。





クリストフの絵は『自慢』しか感じられなかった。その絵を見て、



誰かが幸せになる所を想像して描いていない。わかりやすく言うなら、



鏡に映った自分を見て、自分の喜ぶように描いている。



自分に恋するナルキッソスのようなものか。





(これが芸術かどうかは、俺にはわからんが・・・。


お客さんの方を見ていない以上、売れはしないだろう。


商売として成り立たないのなら、『有名』になるのは難しい。


『有名な画家になる』というクリストフの夢は・・・叶わないだろうな)





まあ、夢が叶う、叶わない以前に、クリストフの命はもう長くないのだが。










(C)雨男 2023/12/21 ALL RIGHTS RESERVED






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ