領主からの依頼 8
シャオレイから『魅了』の魔法について、
簡単な注意点を聞いた幸太郎は、モコ、エンリイ、シャオレイ、フランクと
尋問の内容についてシミュレーションを行った。
「わかったわ。これでいきましょう。フランクさんは
ずっと窓の外を見ていて下さい」
「了解した。確かに、もし仮説が事実だとヘルマンが自白した場合、
私は顔に出るだろう。うしろを向いてることにしよう」
「お願いします。黒幕を引きずり出すためには、フランクさんと
シャオレイさんは『いつも通り』を演じ続けてもらう必要があります。
モコ、エンリイも打ち合わせ通りに頼むよ」
「わかりました」
「了解!」
数分後、フランクがヘルマン医師を事務室へ連れてきた。
「彼がヒーラーの幸太郎君だ。彼にお嬢様の容態について、
詳しい説明を・・・」
フランクがそこまで言った時、ドアの陰に隠れていたシャオレイが
『魅了』をヘルマン医師にかけた。
シャオレイはあらかじめ呪文の詠唱を終え、
『発動遅延』という高等技術で魔法をホールド。
ヘルマン医師を待ち構えていたのだ。これにより、
まるで無詠唱のような魔法の使い方ができる。
すでに発動させた『大風刃』をホールドし続けたバーバ・ヤーガは
神業と言っていい。
『魅了』をかけられたヘルマン医師は、しばらく焦点の定まらない目で、
まばたきを繰り返した。そして、突如笑顔になると、
シャオレイに声をかけてきた。
「やあ、シャオレイ。そこにいたのか。驚かせないでくれたまえ。
今日も美しいね。どうかな? 今夜一緒に食事でも?」
「ありがとうございます、ヘルマンさん。さあ、まずは座って下さい。
お聞きしたいことがあります」
「ほう? 何かな? なんでも聞いてくれたまえよ。
君に聞かれたら、私は自分の想いの全てを話してしまうだろう。
はははは」
幸太郎はその様子を興味深く見ていた。
(へぇ・・・。本当に術者に対して『強い好意』を抱くように
なるんだな・・・。そして、自分が異常な状態にあることには
全く気付いていない。多分、異性が使った方が効果が
高い魔法なんだろうな・・・。なんとも不思議な光景だ・・・)
シャオレイがソファに座ると、向かい側にヘルマン医師が座った。
幸太郎はシャオレイの斜め後ろに立っている。
フランクはもうすでに背を向けて窓から外を眺めていた。
モコとエンリイは幸太郎の隣。2人には2つ大事な役目がある。
シャオレイがヘルマン医師に聞いた。
「それで・・・計画は順調ですか?」
ヘルマン医師の顔がわずかに曇った。
「計画・・・? えーと、君はそれを知っていたんだっけ・・・?」
この返答自体が自白同然だが、『魅了』のせいでヘルマン医師は
そのことに気が付いていない。
「あら、嫌ですわね。私も『協力者』ですのに。お忘れですか?」
「え? いやいや、もちろん憶えているとも。そうだった。
君も協力者だったんだ。すまんすまん」
ここでシャオレイが幸太郎に目配せする。幸太郎が頷き、
モコとエンリイに退室するように言った。
モコとエンリイは軽く会釈して、そのまま部屋を出る。
これは必要な演出であり、2人にしか頼めない役割がある。
モコとエンリイが部屋を出ることで『人払いをした』という
暗示をヘルマン医師に与えたのだ。
つまり、『部屋の中にいるのは、全員仲間である』と。
『魅了』にかかった状態で、さらに心理誘導を重ね掛けしたのだ。
幸太郎は性格が悪い。
そして、モコとエンリイには『誰もこの部屋に入れるな』と頼んである。
計画の絶対条件だ。これが出来ないと話にならない。
幸太郎の思惑通り、ヘルマン医師は幸太郎とフランクを
全く気にしなくなった。
『2人ともシャオレイの仲間だった』という錯覚を起こしている。
「計画は順調だよ。明後日の正午過ぎあたりでお嬢様は亡くなるだろう」
ヘルマン医師は嬉しそうに言った。幸太郎の仮説が正解だったことに
衝撃を受けながらも、シャオレイは平静を装って、質問を続ける。
「そう。それは良かったわ。でも、呪いをかけている人・・・
何て言ったっけ? その人は大丈夫?」
あえて『曖昧』な質問をする。これは幸太郎の入れ知恵だ。
「呪いを・・・。ああ、クリストフかい? あの画家志望は
この敷地の下水道で頑張っているよ。10日間100メートル以内に
居続けるっていうのが『呪いの条件』らしいからね。
我々の『画家になれるよう、全面的に支援する』って嘘を信じてるさ。
馬鹿な男だ。
ああ、『大丈夫』ってのは『始末する手配』の意味の方だったかな?
そっちも心配ない。水と食料を届けてる奴らが、見張りも兼ねているからね。
お嬢様が亡くなり、私が旦那様に毒を飲ませたら、すぐに始末して
指輪も回収することになっている。
シャオレイ、安心していいんだよ。
君は何も心配することはない。私たちに任せてくれたまえ」
ヘルマン医師はニッコニコで恐ろしい事をべらべらしゃべっている。
精神支配系統の魔法の真価。なんと恐ろしい。
(嫌われる魔法というのも納得だな・・・)
幸太郎はぶるっと震えた。
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