番外編 塩 6
「幸太郎君! 今よ! 押し返して!」
「幸太郎! まずはコントロールを! そう!
押し返しなさい!!」
光が闇を押し返す。正直なところ、アステラとムラサキの目には、
それでもなお『果たしてどこまで押し返せるか?』と
不安に映る。
しかし、幸太郎の粘り勝ち。耐えきった。そう、ナイトメアの
命が尽きかけて、ついに魔力が生み出せなくなったのだ。
光が一気に闇を吹き払う。そしてナイトメアは絶命した。
ナイトメアが死んだ瞬間。音もなく死神がナイトメアの背後に現れた。
『死』を届けに来ただけではない。
人間相手になら『死』を届けただけで帰ってしまう。
だが、悪魔相手には違う姿を見せるのだ。
『地上に留まれない事が決定』した場合、
今までの『ツケ』を取り立てに来る。逃げ切ることは絶対に不可能。
『死』は56億7000万の宇宙の、どこにでも存在するからだ。
死神を倒す方法などありはしない。
どんな攻撃をしても、平気な顔で再度現れる。
死から逃れられる生物など存在しないのだ。死神は『死』という、
『物質界』と『霊界』の境界のシステムを管理する神。
もし56億7000万の宇宙を一瞬で消滅させることが
出来るなら、死神は現れなくなる『かも』しれない。
ただし、現れなくなるだけで、死神には『死』も『消滅』も無意味。
必ず『どこかに、いる』。すぐ近くに。
死神はナイトメアの首を片手で掴むと、魂だけを引っこ抜いた。
ナイトメアは暴れたが死神はまるで意に介さない。
死神が幸太郎たちに見えない『冥界門』を開くと、
ナイトメアの魂はその中に吸い込まれてゆき・・・消えた。
そして、来た時と同じく、死神は音もなく姿を消す。
幸太郎たちは最後まで死神には気づいていなかった。
『霊感』を使用しても、死神は見えない。見えるようになるためには
もっともっと、天使に近いレベルまで『霊感』を鍛える必要がある。
ここで閻魔は映像を消した。『以上ですじゃ』と優しく言った。
ムラサキは大きく息をつき、俯き加減に両手の甲で、
ぐしぐしと涙をぬぐった後・・・
『ギロリ』
とナイトメアを睨んだ。ナイトメアが恐怖に震えだす。
「よくも・・・おのれ・・・よくもっ!・・・」
ムラサキはナイトメアの方へ向き直ると、眉を吊り上げた。
その瞬間、ムラサキの全身から落雷の轟音と共に、
紫電が幾条もほとばしる。しかも、紫電はまるで生き物のように
ムラサキの周囲を乱舞した。
紫の『落雷』を手足のように自在に操る。これがムラサキの力の1つだ。
「閻魔様・・・この悪魔の始末・・・是非、この私に・・・」
ムラサキの周囲を飛び交う、何本もの『落雷』・・・。
全身に紫電を纏うムラサキは、まるで雷神のよう。
その凄まじさに左鬼、右鬼が慌ててナイトメアの側を離れる。
ナイトメアは恐怖に震え、額から汗がしたたり落ちた。
しかし、それに待ったをかける者がいた。アステラだ。
「悪いわね、ムラサキ。そいつは譲れない」
「ア、アステラ様・・・」
ムラサキが驚いて振り返る。アステラの顔には特に表情は浮かんでいない。
しかし、ムラサキにはよくわかる。
(アステラ様・・・怒ってる・・・本気で・・・)
アステラは閻魔に質問した。
「閻魔様。この者の処分はどうなりますか?」
閻魔は優しい笑顔で応じた。
「うむ。この悪魔に喰われた魂も、先程全てサルベージしました。
完全には元には戻らん者もおるでしょうが、悪魔に喰われる前までの
記憶を注入し、可能な限り復元いたします。
じゃからもう遠慮はいりませんのう。
この悪魔は人間としての名を失い。もはや誰1人として、
この者の死を惜しむ者はおりませぬ。もちろん、この者の冥福を
祈る者も、来世の幸せを願う者もおりません。
犯した罪も多すぎるし、重すぎまする。
よって・・・『塩』ですじゃ」
閻魔の話を聞いていたナイトメアが真っ青になった。
「ごめんね、ムラサキ。あとで何か奢るわ。鬼たちと一緒に
閻魔様の後ろへ避難してなさい」
アステラはムラサキの肩に手を置き、一言謝った。
そして、一瞬でナイトメアのところへ『出現』すると、
片手でナイトメアの首を掴み、軽々と水平に吊り上げた。
「・・・聞いた? あんたは『塩』よ」
ナイトメアは青ざめた顔で、滝のような汗を流し始めた。
「あ、あの・・・これは・・・そ、その・・・ご、誤解が・・・」
必死に言い訳を考えるナイトメア。しかし、何も思いつかない。
まあ、閻魔がいるので、どんな嘘も無意味なのだが。
ナイトメアはアステラの手を振りほどこうとした。
だが、びくともしない。
太陽神と悪魔ではパワーが違いすぎる。ナイトメアは焦った。
(な、なんとかして振りほどいて、逃げなくては!
危険極まりないがイチかバチか地獄の底へ潜って・・・。
『塩』だけは! 絶対に『塩』だけは・・・!)
ナイトメアはアステラに向かって、渾身の『恐怖の放射』を撃ち込んだ。
至近距離にいるアステラは、それをモロにくらった。直撃だ。
しかし、アステラは眉一つ動かさない。そして、心底呆れた顔で言った。
「ハァ・・・? なにそれ? バッカじゃないの?」
アステラは何かのバリアーで防いだわけではない。
何かの力で相殺したわけでもない。ただ、単純に
『直撃したけど効かない』
だけだ。アステラにはナイトメアごときの力など
『取るに足りない』程度でしかない。
アステラは何万回も転生を繰り返し、もちろん記憶は残っていないが、
苦労と修行の末に天使、そして神になっている。
歯を食いしばり、滝のような汗を流した日。
悔しくて、悲しくて、涙が止まらず眠れなかった夜。
傷つき、流した涙の分だけ魂は強く美しくなっていく。
ちょっと人間より強い力を手に入れたからといって、イキり散らし、
弱い者いじめをしてニタニタ笑うような悪魔とは、
文字通り『格が違う』のだ。
苦しみ、悲しみ、汗を流し、涙を流し・・・
くぐった修羅場の数がナイトメアとは比べ物にならない。
ナイトメアは歯がガチガチと鳴りだした。
自分の渾身の『恐怖の放射』を直撃させたのに、全く効かなかった。
ナイトメアはその事実の前に、絶望の表情を浮かべた。
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