遅れてきた男
「さて、ロイコーク一味は、これで全滅。あとは偽装工作を
したら終わりだな」
しかし、その時モコが警告を発した。
「川下、誰か来ます!」
全員で道の川下側を見る。すると、ロイコークの死体のずっと向こうに
男が歩いてくるのが見えた。その男は手を振りながら近づいてくる。
「おお~い、お前さんたち、大丈夫だったか?
いやあ、なんかスゲエ戦いだったなぁ。怪我はないかい?」
その男は人の良さそうな笑顔を浮かべ、ロイコークの死体の近く素通りし、
幸太郎たちに話しかけてきた。
幸太郎は接近してくる男を鑑定した。
『ソフロニオ 38歳 猟師』
そう表示された。特に興味をひく記述はなかった。
「初めまして」
幸太郎はあいさつした。
「それで? 何か私に御用ですか・・・『大神オーガス』さん?」
猟師の男は立ち止まり、驚愕の表情を浮かべた。
そして、ニヤッと笑い、最後には大笑いを始めた。
猟師の男は突然、操り糸が切れたように倒れた。
そして、倒れた男から身なりのいい、端正な顔立ちの若い男が
霊魂のごとく立ち上がる。『憑りついて』いたのだろう。
「いやあ~。君は面白いね、幸太郎君。お見事、お見事」
「あなたに褒められても、ちっとも嬉しくありませんね。
恐怖しか感じませんよ。それで? ずっと戦いを見ていたのでしょう?
自分が能力を与えた者たちが全滅するまで、じっと大人しく
見ていたのに、なぜ、いまごろになって?
繰り返しますが、何の御用ですか?
殺しに来たわけでもないのでしょう? オーガスさん」
「うん、まず、その『オーガス』はやめてくれないかな。
それは人間たちが勝手に名付けたもので、
私の名前ではないんだよ。
・・・私の名前は『ルキエスフェル』・・・。
大昔、私が能力を与えた者たちが、勝手に私を『ご本尊』にして
宗教を作ってしまってね。その時、名前を『オーガス』にされて
しまったのだよ。自分で『女神』を名乗っているリーブラとは
違うんだ。できれば一緒にしないで欲しいなぁ。
私としては、甚だもって不本意なんだ。
まったく、困ったものだよね」
「ご冗談を。ご自分でも、面白がって『オーガス』の名前を
使っているのでしょう? ロイコークたちが言ってましたよ。
気に入っているのではないですか?」
幸太郎は目の前の『オーガス』を鑑定した。しかし。
『鑑定不能』
そう表示された。幸太郎の背筋が凍る。ナイトメアや
ドラゴンタートルなどとは格が違う。
モコとエンリイは驚愕の表情で固まったまま、動けない。
『大神オーガス』が目の前に現れて・・・
幸太郎が、その『オーガス』と普通に話を続けている。
2人とも大混乱で、頭が追いつかない。話を聞くだけで精いっぱいだ。
「ははは、幸太郎君は大きな誤解をしているようだね。
『オーガス』の名前は、お馬鹿さんたちが理解しやすいように、
親切で使っているだけなんだ。
気に入ってるわけじゃないんだよ。
肩書にばかりこだわる人々が大勢いるのは知っているよね?
そのような人々には、私の本名を名乗ったところで一顧だにされない。
ところが、『大神オーガス』を名乗ったとたんに手のひらを反すんだ。
笑えるよねぇ。
ああ、そうそう。もう1つ幸太郎君が誤解している所があるよ。
私がここへ来たのは君に危害を加えるためでも、唆すためでもないんだ、
安心していい。
私は君とトモダチになりたいと思って来たんだよ。
君はとても興味深い。私の乾いた人生に必要だと思ったんだ。
どうかな? 私と友達になってくれないか?」
幸太郎は顔には出さないが、内心焦っていた。
『どうやってモコとエンリイを逃がせばいいのか?』
いや、そもそも『逃げる方法』などあるのか。
悪魔の強さと恐ろしさはダンジョンの『ナイトメア』で
骨身にしみている。いや、そもそも悪魔ルキエスフェルと戦って
勝つ方法など想像もつかない。
ルキエスフェルは自分の強さを鼻にかけてイキり散らすような
馬鹿ではないからだ。隙が無い。
(ルキエスフェルはさっき『お馬鹿さん』と言った。
単に『バカ』と言って、強く見下したりイキったりしない・・・。
それだけで、底知れない強さと、心の余裕がうかがえる)
本当に強い者ほど、自分の強さはひけらかさない。
自分が強いことなど『当然』にすぎないのだ。
誇示する必要など無い。戦えば相手は死ぬのだから。
『無能』なロイコークたちとは真逆。
(しかし、だからといって降伏などしようものなら、
逆にルキエスフェルは一気に俺に興味を無くして
『もういい、殺そう』と考えるかもしれない・・・)
幸太郎は必死に考えるが、打開策は思いつかない。
(そして、おそらく魂を食われる。
なんとしてもそれだけは避けなければ。
この状況を打破する方法は思いつかないが、会話を続けて
時間を稼ぐしかない・・・。しかし、このままだと
『あれ』が来るのは時間の問題だ)
幸太郎は内心の動揺は全く見せずに、平然と会話を続けた。
「友達? 大変光栄に思いますが、丁重にお断りさせていただきます。
死んじゃったけど、『ナイトメア』とかどーですか?
いいコンビになれると思いますが?」
「幸太郎君は意外とキツイ冗談を言うなあ。あんな『名無し』の
なりたて悪魔なんかより、君の方が断然面白くて興味深いよ。
もし、私があの時、すでに君と友達になっていたら、
ナイトメアなんて私がやっつけてあげたのに」
「いえいえ、お気持ちだけで結構です。ルキエスフェルさんに
借りなんか作ったら、あとで大量の請求書がやってきそうで
怖いですよ。それに人に憑依して近づいてくるような方は
信用できません」
「ははは、この男とは契約しているんだよ。
ちゃんと取引してる。当然誰にでも憑依できるわけじゃないんだ。
この男の姿でやってきたのは、いきなり私が姿を見せると、
驚かせてしまうかも、と思ってね。
一応、気を使ったつもりなんだけどなぁ」
『うそつけ!』幸太郎は内心毒づいた。幸太郎が見破らなかったら、
いったいどんな事態になっていたことか。
やはり『ルキエスフェル』も平然と嘘をつく。
それを悪いとも思っていない。
「何度も言いますが、恐怖しか感じませんよ。
とてもあなたの感覚にはついていけません。他を当たって下さい」
「つれないなあ、幸太郎君。友達になりたいだけなのに。
よし、じゃあ、こうしよう・・・」
(ついに来た! まずい、まずい、まずい!
なんとかしなければ、打開策は、打開策は・・・。
くそっ、何も思いつかない!! こうなったら、なんとか
モコとエンリイだけでも・・・。いや、いかん、相手の術中だ!)
幸太郎は内心、激しく動揺した。背中に冷たい汗が流れる。
だが、突如、ルキエスフェルは空を見上げた。
幸太郎は不意打ちを警戒し、ルキエスフェルから視線をそらさない。
しかし、ルキエスフェルは上空を見上げ続けた。
そして、爽やかな笑みを浮かべると、空へ向かって声をかけた。
「おお、お久しぶりですね! お元気でしたか?」
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