思い知らされる
ここまで『ゴーストブーツ』が速いのは知らなかった。
なにしろ、この新技の最大の利点は速度ではないのだ。
この『ゴーストブーツ』は、姿勢を安定させることにしか
自分の体力を使わない。地面を滑る様に移動できる・・・
ゴーストが消えるまでの約20分連続で!
つまりゴーストを20分ごとに交代させればMPが無くなるまで
ずっと走り続けることができるのだ。
そして、この世界では正確な計測は不可能だが、
時速換算なら30キロメートルくらいは出ているはず。
(いける! 速いぞ、これ! これなら・・・)
しかし、現実は非情だ。
ついっとモコが幸太郎の前に出た。フツーに前に出た。
そしてバック走こそ止めたが、幸太郎の周りをぐるぐると回りながら
・・・フツーにしゃべりだしたのだ!
「ご主人様・・・。ご主人様が心配する気持ち・・・わかります。
理解できます・・・。ここから先はダンジョンとは全く違う、
別の戦いになります。相手は人間・・・。バルド王国が
探していると・・・お考えなのですね? ご主人様の使命が・・・」
(いやいやいやいや!!
なして、フツーにしゃべってるんですかぁぁぁ!?
少なくとも、これ100メートル12秒台は
出てるんですけどおぉぉぉお?!!?)
そして、エンリイも幸太郎に追いつき、並走した。足、なっげえ!!
エンリイはさすがにカニ走りは止めて、普通に走っている。
ちゃんと真面目な顔で走り出した。しゃべる余裕は無いらしい。
信じられないが、幸太郎はまったく2人を振り切れなかった。
しっかりついてくる。
だが、それでも2分ほど走ると、エンリイが遅れだした。
さすがに、このスピードを維持し続けるのは無理ということだ。
幸太郎は『ホッ』とした。一応限界はあるのだ。
しかし、現実は非情だ。
「伸びろっ!」
幸太郎の後ろで声がした。そして、エンリイが
魔猿族の種族特性である驚異的な跳躍力で空中に浮くと、
棍を地面に当てロケットブースターとして使用。
幸太郎の斜め上を一瞬で追い越していった。
エンリイは空中で棍を短く戻し、遥か前方にふわりと着地して、
幸太郎の方へ振り返る。
「・・・」
幸太郎はあんぐりと口を開け、声が出ない。
そして、小さく溜息をつくと、幸太郎は減速し、停止した。
街道のかたわらに、ちょうどいい岩があったので腰掛ける。
モコとエンリイも停止して、幸太郎の周りに集まった。
幸太郎は目を閉じ、息を整えながら思った。
『どうにもならねえ』・・・と。
幸太郎は思い知らされたのだ。
『モコとエンリイを振り切ることは物理的に不可能』
だと・・・。身体能力に差がありすぎる。
(2人の身体能力が高いのはわかっていたが・・・まさか、
これほどとは・・・。エンリイは多分、100メートルを10秒台、
しかも、それをかなりの時間維持できる・・・。
モコに至っては・・・し・・・信じられないが・・・
いや、間違いなく、リュックを背負った状態でも
ウサイン・ボルトより速い・・・。
今も、まったく息が切れていない・・・。
『獣人』・・・まるで狼や馬のように長時間トップスピードを
維持できるんだ・・・。
このスピードで走ってケロリとしている・・・)
どう考えても振り切る方法は無い。
それこそ2人を殺すというなら話は別だが、
それでは何のためにパーティーを解散してモコを泣かせて
しまったのかわからない。本末転倒だ。
幸太郎の負け。まさに完敗。
幸太郎は振り切るのを諦めた。このままカーレまで走り続けても
モコとエンリイを振り切るのは絶対無理だ。
それに、幸太郎にも走り続けるわけにはいかない理由があるのだ。
1つ目の理由は、ここがカーレへの街道であるということ。
現在、誰にも会っていないが、走り続けた場合、行商人などと
出くわす可能性がある。ゴーストを見られるのは困る。
『黒フードのネクロマンサー』と勘違いされては・・・
いや、本人なんだけど、ともかく『ヒーラー』として
やっていくつもりなのだから、ゴーストを見られないに
越したことは無い。仮に『インビジブル』でゴーストを透明にしても、
今度は幸太郎が空中に浮かんで滑っているように見えてしまう。
目立つ。
『それは何の魔法だ?』と聞かれても説明できない。
2つ目の理由は・・・非常に個人的な話だ。幸太郎の周りを
ぐるぐると回りながら走るモコ・・・。
幸太郎は・・・どうしても・・・。
モコの揺れる胸に目が行ってしまう・・・。
もはや破壊力は凶器といっていい。
モコにばれないうちに、走るのは止めた・・・ということだ。
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