桃源郷
「モーリー、シンリン、聞いたか・・・?」
「うむ・・・間違いない。これはかつて、
世界樹の言った予言の先ぶれに違いないぞ」
「世界樹は言った。『いつの日か、人が森を愛し、森が人を愛する、
そんな時代がやってくる』・・・と」
「おお・・・予言は・・・予言の日が近づいておるのか。
ああ・・・胸が熱い。涙が熱い・・・。幸太郎殿は、
たった一輪の花のために、その命をかけて戦ったというのか・・・」
幸太郎は引っ込みがつかなくなった。もう戻れない。
(な・・・なんか、とんでもない方向に話が進んでいる・・・)
ジュリア、モーリー、シンリンはお互いにうなずき合うと、
『あれをやろう』と言った。
「幸太郎殿の覚悟と気高さ、しかと見せてもらった」
「我らドライアードも、その心意気に応えたいと思う」
「我らにはこのくらいしか返礼ができぬが・・・受け取ってほしい」
ドライアードたちは正三角形の形に位置取り、
中央へ向かって手をかざす。
『我ら3名のドライアード。空の神、風の神、雨の神、
大地の神にこい願う。
この地に幸いをもたらし給え、人々に幸いをもたらし給え、
あまねく命あるものに祝福を与え給え。
命を寿ぎ、時を寿ぎ、魂を寿ぎ、この地上に天国の影を写し給え。
ふるへゆらゆら。ふるへゆらゆら・・・』
そして、3人のドライアードたちは手を空へかざす。
「「「樹海魔法・・・『桃源郷』!」」」
人々は『奇跡』そのものを目撃することになった。
森が一斉に輝きだした。そして、木々も草も、花をつけるものは、
全て満開の花を咲かせた。
若葉が輝き、風にそよぐ。花びらが舞い、降り注ぐ。
鳥は歌い、虫たちも交響曲を奏でる。
心の中に緑の大地が広がり、爽やかな風が遥か・・・
遥か、遥か、青空の彼方へと吹き抜けていく。
人々のほほを熱い涙が伝った。人々の胸中に同じ感動が広がっていく。
『ああ・・・世界はこんなにも広かったんだ・・・』
その日、アルカ大森林は全ての地域で、一斉に花が咲き乱れるという
現象が起きた。それは得も言われぬ美しさ。
大森林、全てが地上天国のようになった。
たまたま森を訪れていた者。
ガンボア湖の市場のように店を構えていた者。
そして、全ての住人。
全員が奇跡を目撃した。
ギブルスは村の全ての店に『わしのおごりじゃ。酒と食べ物を
出してやってくれ』と頼んだ。そして大宴会が始まった。
幸太郎はついでにアンカーの護衛など、怪我や病気の人々を治して回る。
治療の後、幸太郎頼まれて歌を歌った。
『夢光年』は特に幸太郎も思いを乗せて歌う。
『夢光年』は歌も素晴らしいが、間奏が宇宙一美しい曲だ。
無限に広がる宇宙にある、いかなる文明の音楽にも負けはしないだろう。
幸太郎が何曲か歌っている時、モコ、エンリイ、ファルネーゼが仲良く
話をしていた。何を話しているのかは遠くて聞こえないが、妙に仲がいい。
それを見て、幸太郎は『仲良きことは美しきかな』と安心した。
何しろ、一応幸太郎とモコはファルネーゼの夫を殺した上に、
金庫を破ってお金をドロボーしているのだ。
なお、宴の途中でギブルスにこっそり聞いてみた所、
ギブルスはきょとんとした後、ゲラゲラと笑い出した。
「あー・・・。そうかそうか、お前さんは知らなかったんじゃったな。
実はのう・・・」
ギブルスの説明では、ファルネーゼは辺境伯から銅貨1枚すらも
与えられなかったというのだ。そう、表向きだけでも『妻』なのに。
寝室と食事、メイドだけ。自由に使えるお金は一切ナシ。
寝室のベッド、机、椅子、衣類、アクセサリー、箪笥などは、
全てミューラー侯爵からの支援で送ってもらった物だという。
当然、小遣いも全てミューラー侯爵からの送金。
(どケチと言うより・・・ひどい『夫』もいたもんだ・・・)
幸太郎は愕然とした。
なお、エルロー辺境伯の金庫は、当然あれだけではない。
だからファルネーゼは地下などにあった、残り全ての金庫のお金や、
領地、税金の収入など一切合切、丸ごと手に入ったわけである。
もちろん、夫の悪評も、だが。
当然、失ったものもある。辺境伯の騎士団は事実上解散した。
元々、エルロー辺境伯の悪事を見て見ぬふりをしていたような騎士団だ。
後ろ盾を失い、後ろ指をさされて生きてゆくより、
持てるだけの金を持って逃げた方がいいと判断したようだ。
忠誠心? 何それ?
今は町の警備隊が、騎士団の役割も兼ねている。
町の警備隊は元々コムノー辺境伯の部下だったので
騎士団よりは信用していい。
「じゃから、ファルネーゼ様はお前さんたちを
恨んだりなどしとりゃせんよ。
命の危険も無くなったし、何より自由になったしのう。ひっひっひ」
幸太郎はちょっと複雑だった。殺人に強盗と、
悪い事をしたのは確かなのだから。
大宴会は3時間ちょっとで終わった。
ドライアードたち3人は四つん這いの姿勢でゼーゼー言っている。
さすがに、HP無限、MP無限のドライアードといえど
この魔法を維持するのはこれで限界ということらしい。
幸太郎は村で買ったずん胴鍋に『飲料水』を作る。
ドライアードたちはそれを、どぼん、どぼん、と飲み干す。
10杯飲んだところで盛大なゲップをした。美人が台無しだ。そして。
「うめぇぇぇぇぇぇ・・・」
「うめぇぇぇぇぇぇ・・・」
「うめぇぇぇぇぇぇ・・・」
ハモった。本当に美人が台無し。
夜は小狼族でささやかな宴会になった。
昼にたっぷり飲んでいるので、もう派手にはやらない。
幸太郎が『ダンジョン破壊したらお祝いに出そう』と思っていた、
とっておきのカクテル・・・『ドライアード・ダンス』を
作ってみんなに配った。
『うまい!』
呑んだ人はみんな異口同音に喜んだ。バーバヤーガやイネスさえも
『これは・・・』と絶句した。
そして、クロブー長老やファルネーゼも含めて、
全員が作り方を聞きたがった。
結局、宴の席は『作り方講習会』へ変貌。
(でも、こういうのも楽しいもんだな・・・)
ギブルスたちと一緒に開発した、異世界産カクテルは大好評。
ドライアードたちも『我々が協力したのじゃ』と得意顔になっている。
優雅に盃を傾けるドライアードたちは、黙っていれば
絶世の美女ぞろいなのに。
明日はいよいよ『別れ』の時だ。幸太郎は心が重い。
(C)雨男 2023/07/21 ALL RIGHTS RESERVED




