動けない
(どういうことだ?! 白狼族のスキルは種族特性のはず・・・。
最低でも半分は白狼族の血を引いていないと発動できないはずだぞ!
・・・仮に例外があったとしても、あのロイコークとかいう奴には
とても白狼族の血が流れているようには見えん・・・!)
バスキーは驚き、必死に考えた。ただし、表面上は平静を装っている。
眉一つ動かさない。構えた剣にはわずかな動揺さえ見られない。
(何が起きているんだ?・・・俺の『獣戦士』が発動できなくて、
とても白狼族には見えない奴が『獣戦士』を発動している・・・)
ロイコークはニヤニヤと笑いながら、
バスキーを見下した口調であざけりだした。
「おやおや~? ど・う・し・た・の・かなぁ~?
俺が『獣戦士』を発動させているんだから、おっさんも使うべきだと
思うんだけどな~? 何? もしかして、余裕ぶっこいてんの?
いいのかな~? 『獣戦士』の恐ろしさは、おっさんこそ
よぉーーーーく、知ってるんじゃなーい? ん? どう? ねえ?」
それでもバスキーは眉一つ動かさない。もちろん内心は動揺しているが、
表に出さない。だが、今のロイコークの言葉でわかった事があった。
(こいつ・・・俺が『獣戦士』を発動できなくなっていることを
『知っている』・・・! 発動できないのは
こいつが何かやった結果なのか!)
バスキーが動けないでいると、
ロイコークはさらに馬鹿にしたような口調で煽ってきた。
「え? あれ? お返事は? よく聞こえないなぁ~?
おっさん、もしかして恥ずかしがりやさん? その年で?
なっさけねーの! もう死んだら? あはははは」
ロイコークは煽ってくるが、それでもバスキーは表情を変えない。
バスキーは冷静に自分の状態をチェックしていた。
(思考は・・・普通にできる。眠気など異常はみられない・・・。
体も・・・動く・・・な。麻痺や硬直、疲労も無いようだ。
異常があるのはスキルだけか? おそらく『ウルフクライ』も
使えなくなっているだろう。奴の身のこなしや、体つきから推測すると
スキル無しなら俺の方が確実に強いはず・・・。しかし『獣戦士』の
身体強化を加味すれば、今は互角か、あっちのほうが上・・・。
戦えないことはないだろうが、不利は否めない・・・。
ダークエルフの援軍を呼ぶべきか?
いや、こいつの仲間も奇妙な能力を持っている可能性が高い!
まずいな・・・うかつに動けない・・・)
『獣戦士』は『大鉄人』と同じく身体強化のスキルだ。
『大鉄人』と違うのは、『大鉄人』が防御力一辺倒の超強化なのに対して、
『獣戦士』は攻撃力も上昇する。もちろん『大鉄人』ほどの
防御力アップはない。
身体強化というのは凶悪なスキルである。
ゲームなんかだと割と扱いが軽いが、
現実では絶対的な有利、不利を作り出す。
例えばオリンピックの100メートル短距離走。現在の世界記録保持者は
ウサイン・ボルト・・・通称『サンダー』ボルトだ。
彼の記録は9秒58。
仮に100メートル10秒で走る人がいると、
その差は0秒42となる。タイムで見れば大差ないように見えるが、
現実の映像だと『数メートルの大差』となる。
もし、実際に競走してみれば、ボルトの背中はずっと先にいて、
しかもどんどん離されていくことになるのだ。
ところが、もしスキルなり魔法なりで『10%スピードアップ』したら
どうなるだろう?
今度は世界記録を持つボルトが大差で引き離されていくことになる。
たった10%でこれだ。現実での身体強化、相手の弱体化は
通常の魔法など問題にもならないほど恐ろしい。
もし、身体強化の魔法が簡単に習得できるものなら、
『相手が使ったら、自分も使わないと勝負にならない』
ことになる。その魔法が使えなければ、
例え『大火球』や『大風刃』が使えても、文字通りなぶり殺しになるだろう。
1対1なら、まず勝てない。
意味合いとしては少し違うかもしれないが、
自分が素手で相手が槍を持っていれば、
自分も槍を持たないとリーチの差が埋まらない。
相手が銃を持っているなら、自分も銃を持っていないと、
撃たれっぱなしになってしまう。
怪獣に対して、同レベルのサイズまで大きくなるウルトラマンは、
非常に理にかなっているということ。
自分が『獣戦士』を発動できない以上、バスキーはうかつに動けないのだ。
戦うにせよ、逃げるにせよ、『正面衝突』だけは
絶対に避けなければならない。
ただし・・・。バスキーはただ八方ふさがりになって
固まっているわけではない。
ちゃんと計算はある。1つ問題なのは、
『彼女がいつ来るかが計算しにくい』
ということだ。バスキーは今、それを待っている。
(C)雨男 2023/05/30 ALL RIGHTS RESERVED




