例え嵐が
「2人とも大丈夫か?」
ジャンジャックが心配そうに声をかける。
「大丈夫です。心配いりません」
「ボクもオッケーだよ」
モコとエンリイは明るく言うが、青い顔をしている。
そしてついに足が震えだした。さすがに誤魔化しきれなくなって、
2人とも笑顔が消えた。
無理もない話だ。悪魔による『魂への直接攻撃』という
常識外れの一撃をくらっているのだ。
たった1日で回復しろと言う方が無茶というもの。
ジャンジャックやグレゴリオだって平気と言うわけではない。
我慢しているだけ。
しかし、幸太郎にだけは『対抗手段』があった。
(ここは・・・力を借りねばなるない・・・あの歌の力を!)
幸太郎は歌い出した。『ボルテスファイブの歌』だ。
アニソンには数多くの心をたぎらせる歌がある。
だが『アニソンの女王』が歌うこの歌は、『チーム』をたぎらせる。
チームを一体化させ、暗闇の中から勝利を呼び込む。
『誰が誰を助ける』ではない。『全員がチームなんだ』と魂が燃える。
みんなはポカンとした顔で、しばらく幸太郎の顔を見ていた。
そして・・・モコとエンリイは大粒の涙を流して泣きだした。
モコとエンリイはしばらく泣き続けた後、涙をぬぐう。
もう、その目に恐怖はない。光が戻っている。
全員で『ボルテスファイブの歌』を歌った。
みんなも知らない歌ながら、一生懸命に幸太郎に合わせる。
不思議なことに、誰が言うでもなく、全員が拳を突き出し、重ねた。
歌詞に全ての想いを込める。
「行こうぜ!!」
『おうっ!!』
ジャンジャックを先頭に、地下15階へ下りた。
最下層、最後の戦いが始まった。
時間は流れて午後4時半。
ここは地上。
遠くにダンジョンの入り口が見えている。
順調ならば今日、ダンジョン破壊が成功して地上に帰ってくる予定。
そのため、森の端にダークエルフや小狼族、ドライアードたちが
入れ替わり立ち代わり、様子を見に来ていた。
見に来ているとは言っても、幸太郎たちが帰ってくるのは
『順調ならば』だし、そもそも『何時ごろ』もわからない。
だからほとんどの人は、しばらく見た後、森へ戻っていった。
もちろん、朝からずっとここに残って見ている人もいる。
例えば森の評議会の長、クロブー長老。そしてモコの両親、
バスキーとポメラだ。
そして、仕事でここにいる人。それは『アンカーの護衛』をしている
ダークエルフ4人だ。こちらは森の端から、もっとダンジョンに近い。
木材と板で、雨と直射日光をしのぐだけの屋根を作って、
その下に4人が座っている。
正直なところ、この4人の護衛は見張りしかすることが無く、退屈だった。
森の住人は誰もダンジョンに用はなく、近寄る魔物もいない。
ドライアードたちが時々、森の端に姿を見せるため、
ある程度知能のある魔物は恐れて寄って来ないのだ。
だから見張りは朝晩、牛飼いが行って、帰ってくるのを見てるだけと言っていい。
夜はキーテやリックス達が交代してくれる。
ダンジョン攻略が開始されてから、見張りたちの印象に残っていることは
たった1つだけ。それはロイコークたちとの、ちょっとした諍いだ。
ダンジョン破壊をするために、立ち入り禁止にする・・・はずだったが、
結局ロイコークたちは4日目までダンジョンへ
『魔石』を集めに入っていった。
もちろん見張りはやめるように言った。
だが、『ダンジョンはお前たちの所有物ではない』とか
『そんな簡単に破壊できたら誰も苦労はしないよ』と
ロイコークたちに笑われて止められなかった。
少々嫌な感じはしたが、見張りたちの役割は
あくまでアンカーの護衛。我慢して見送った。
ロイコークたちにしても、さすがに5日目からはダンジョンへは入らない。
いつ壊れるかもしれないダンジョンへ入るほど酔狂ではないということだ。
ずっと遠く、カーレからの街道方面にキャラバンが見えた。
ギブルスの隊商だ。本当に戻ってきた。
さすがは『商売は趣味のため』と言い切るだけはある。
このキャラバンには意外な人物が同行していた。
ユタの事実上の統治者となったファルネーゼとイネスだ。
正式にはエルロー辺境伯が死んだ後の方針は決まっていない。
一応ひっそりと辺境伯の葬儀だけはした。
ただ、外部の参列者はゼロ。時間にしてもわずか30分。
小さな小さな墓になった。
一応ファルネーゼが喪主と言う形をとり進めたが、ゴタゴタのせいで
『とにかく手早く済ませて墓穴に放り込め』と全員が思っていた。
そして、エルロー辺境伯のあまりに不名誉な噂のせいで
そのゴタゴタを解決しようという者は誰もいない。
ゆえに、なし崩しでファルネーゼが新たな暫定統治者として
動き出しているのだ。
単純に『最終決定者が不在のままでは全員困る』というだけのこと。
この両名はお忍びでアルカ大森林へ来ていた。
もちろんお忍びと言っても、ユタの町の警備隊長など、
一部の人間にはアルカ大森林へ行くことを伝えてある。
当然だが、まるっきり誰にも知らせずに町を出るなど言語道断だからだ。
もし、そうなったら責任者など、数名は『首が飛ぶ』ことになる。
表向きは『新たな領主となったので、秘密裏に大森林評議会と
ドライアードへ挨拶に行き、敵対の意志は無いことを伝え、
外交ルートを構築する』となっている。
警備隊長などは不安ではあったが、反対するわけにもいかない。
領地の外交交渉はさすがに専門外だし、アルカ大森林に太いパイプを持つ
ギブルスが仲介に入るというのだ、帰ってくるまで
ジャンバ王国側にバレさえしなければ問題はないはず。
その上ファルネーゼはジャンバ王国のグリーン辺境伯の娘、
『エメラルド嬢』と文通している仲。アルカ大森林との和平さえ
実現すれば、当面、ユタの町にはなんの危険も無くなるはずなのだから。
と、言っても、ファルネーゼとイネスの本当の目的は違う。
そもそもアルカ大森林との和平交渉など、
ギブルスを全権大使とすれば事足りる。
ドライアードは森から出られないし、亜人、獣人は
いちいち町へ攻め込もうなどと考えない。彼らに言わせれば、
人族がやたら好戦的なだけだ。
だからイネスは『行方不明だった』バーバ・ヤーガに会いに来ただけ。
ファルネーゼは幸太郎の顔が見たくてやってきただけなのだ。
もちろん、表向きファルネーゼは幸太郎が
『黒フードのネクロマンサー』とは知らないことになっている。
バラしたのはギブルスとイネスだ。
「ひっひっひ、幸太郎のためじゃよ」
「ほっほっほ、ファルネーゼ様のためです」
2人は裏切ったなどとは、これっぽっちも考えていない。
(C)雨男 2023/05/22 ALL RIGHTS RESERVED




