小さな奇跡
「こ、幸太郎殿! なにか打開策は無いのか?」
「・・・」
幸太郎も先ほどからずっと打開策を考えている。だが、見つからない。
見つからないのだ。
闇の勢いはまるで衰えない。ナイトメアはもうすぐ死ぬはずだが、
一向に暗闇の衰える気配は無い。
そして、闇はどんどん『重く』なっている。
幸太郎は汗だくで耐えながら、視線を周囲に飛ばしている。
・・・床、天井、右、左・・・。
何も見えない。まったく何も見えなくなった。
まるで宇宙空間に放り出されたような。
いや、宇宙なら星があるだけまだましだろう。
『破魔の陽光』の外側は・・・黒いだけだ。黒以外に何もない。
(終わり・・・か・・・。もう何もできない・・・
何も見えない・・・全ては闇に沈んだ。
あとはこの光のドームだけ。
その光もどんどん削られて小さくなっている・・・。
あと何秒もつだろう・・・? 10秒・・・? 20秒・・・?
わからない・・・。もう、周囲は何も見えない・・・。
耐えているだけで、できることは、何もない・・・。
やっぱり悪魔になんて挑むんじゃなかった・・・。
身の程知らずだった・・・。いや、占いで出てたじゃないか・・・。
そうだ、そもそもダンジョンに入るべきじゃなかったんだ・・・。
勝てなかった・・・負けたんだ・・・俺の・・・負け・・・)
幸太郎が視線を落とした。心が・・・折れた。
しかし、その時、『占い』という言葉から
再びバーバ・ヤーガの顔が脳裏に浮かんだ。
何か言っている。
『前を見よ』
(前・・・? 前と言っても、全ては闇に沈んだ・・・。
どこを見ても黒いだけだ・・・。ただ、黒いだけ・・・)
幸太郎の目には、もう何も見えない。
目が開いていても、見ようとしない者には何も見えないのだ。
しかし、聞こえたものはあった。
『う・・・』というモコの微かなうめき声が聞こえた。
モコは目を覚ましたわけではない。
モコの小さな声。
それを聞いた幸太郎は頭を思いっきりブン殴られたような衝撃を受けた。
(そうだ!・・・俺は馬鹿かっ!! まだモコは生きてる!
ジャンジャックも! エンリイも! グレゴリオ殿も!
俺だって生きてる! まだ生きてる!!
生きているなら・・・最後の瞬間まであがいてやるっ!!
少なくとも、最年長の俺が最初に命を燃やし尽くして
死ななくてどうするんだ! 俺は『おっさん』だろうが!)
幸太郎は全身に力を入れ直した。自分の魔力も全て絞り尽くし、
命もつぎ込むつもりで『破魔の陽光』に祈りを込めた。
『破魔の陽光』の光が、少しだけ強くなった。
だが、それでも暗闇の勢いは止まらない。光はどんどん削られていく。
(ぐ・・・うううう・・・押し返せ!・・・押し返せ・・・!)
顔を真っ赤にして、滝のような汗を流しながら力を入れる幸太郎。
しかし、光は削られ、幸太郎の顔まであと30センチも無いだろう。
荒い息をしながらも前を見続けた。黒い、ただ黒いだけの視界。
しかし、突然、幸太郎は『前を見よ』の意味がわかった。
「『前を見る』・・・。そうだ、見える・・・この暗闇の向こうが・・・。
俺には見える!・・・見えるさ!
見えるとも!・・・俺には見える!『明日の太陽』が!!」
暗闇は幸太郎の顔直前、もう10センチを切りそうなところまできている。
「ぐううう!!!!」
幸太郎は必死に抵抗した。諦めるのはやめた。
だが、暗闇の勢いは全く止まらない。
それでも、あがく。若者のため、命が灰となるまで。
灰となるまで・・・。
しかし・・・この時『小さな奇跡』が起きた。
それは小さな小さな奇跡。
『何が起きたのか?』・・・それ自体は奇跡でもなんでもない。
『いずれ、いつかはそうなる』程度のものでしかない。
だが、今、この瞬間に『間にあった』のは・・・
間違いなく『奇跡』としか言いようがない。
光が目覚めた。
(C)雨男 2023/05/03 ALL RIGHTS RESERVED




