ユーバリーのダンジョン 9
アントンが失神したが、生きていたのは素直に褒めていい。
中世ヨーロッパではフリューテッドタイプのような
鎧が開発されるまで、重厚な鎧を着た騎士は
落馬しただけで瀕死になることもあった。
それでも幸太郎のいた世界のフリューテッドタイプ・・・いわゆる、
マクシミリアンタイプの鎧は40キロを超えるし、
チェーンメイルも装着していれば落馬するだけで死ぬか、再起不能だ。
実際にハルバートは馬上の騎士に『ひっかけて』
落馬させるという戦い方も多かった。
フルプレートアーマーは確かに防御力が高いが、
反面、強い打撃などで変形すると脱ぐまで体を圧迫し続ける。
アントンは仮に意識が戻っても、戦闘が終わるまで、もう動けない。
続いて、ヨーもやられた。30キロもの装備を付けた人間など、
ジャイアント・フロッグには『トロ過ぎる』のだ。
ベラスコが後ずさった。さすがにもう『俺がやる』と
威勢のいいことは言えなくなったらしい。
ジャンジャックとグレゴリオが前に出る。そして、グレイブの
準備が終わったカトゥーがジャイアント・フロッグを倒した。
アントンとヨーの鎧を外し、安全地帯まで運ぶ。
彼らの鎧はボス部屋に置いて行く。
あちこち部品が破損しているし、ベルトも切れている。
なにより変形したプレートはダンジョンの中では修理しようがない。
アントンとヨーにハイポーション、ポーションをドバドバぶっかけて、
ガバガバと飲ませる。
カトゥーが用意したハイポーションとポーションは全て使い切った。
(死なせるわけにはいかない。
彼らの『マジックボックス』の物資が消えてしまう・・・)
彼らの怪我が軽くなってきたので、
カトゥーが回復魔法を何度かかけた。
これでようやくアントンとヨーが意識を取り戻す。
「あれ? 回復魔法かけてからポーション使えばいいんじゃないの?」
幸太郎が不思議そうに聞いた。
「幸太郎は本当に不思議な知識の偏りがあるなあ・・・。
ダンジョン破壊が成功したら色々秘密を聞かせてくれよ?
期待してるぜ」
ジャンジャックが説明したことを幸太郎なりにかみ砕いて頭に入れる。
極端な例え方をすると、回復魔法は身体測定の
『垂直跳び』に似ていた。
この世界では『小回復魔法』『中回復魔法』『大回復魔法』と
3つの回復魔法がある。『大回復』と言っても
別に生き返ったりするわけではなく、
『死にそうに見える怪我でも治る』というだけのもの。
要は開発した魔導士が自慢げに大げさな名前を付けただけだ。
絶命前なら致命傷すら治す『陽光の癒し』は
差し詰め『ウルトラ・回復魔法』といったところか。
あまりにもチート。
『垂直飛び』に似ていると言ったのは
『効かなかった場合、何も起きない』という部分だ。
怪我を壁に例える。壁を登ろうとして、垂直跳びをする。
壁のてっぺんに手が届けばいいが、届かなければ
何も起きずに地面に落ちてしまう。
つまり回復魔法は『効くか』『効かないか』・・・ゼロか100か、
その2つしか結果がでないのだ。
『半分治った』『だいぶ傷がふさがってきた』というような
『壁の途中にしがみつく』マネはできない。治せなかった場合は
何も起こらず必ず振り出しに戻ってしまう。
ポーション、ハイポーションはドバドバ使えば、
使っただけ徐々に傷はふさがる。だが、当然万能ではない。
致命傷に近いような大怪我はどんなに使っても、なかなか
傷がふさがらない。傷も使えば瞬間的に塞がると言うわけでもない。
時間がかかる。だから大抵、傷がふさがる前に死ぬ。
そのために医療技術も大事だ。
(『陽光の癒し』って・・・滅茶苦茶チートだったんだな・・・。
致命傷さえ治すし、最初に馬の骨折を治したけど、
『重ね掛け』で効果があるのは『陽光の癒し』だけなんだ・・・。
完全にこの世界の常識を超越している・・・。
『太陽魔法』・・・まさに『神の魔法』か)
そして幸太郎はアステラとムラサキが
そこまで自分を心配してくれていたことに
遅ればせながら気が付いた。
(俺って頭わるいなぁ・・・。気づかなくてすいません、
アステラ様、ムラサキさん)
幸太郎は心の中で、そっと合掌する。ありがたやー。
「というわけで、ここで準備してたポーション、ハイポーションは
激減してしまったんだ。アントン、ヨーの準備してたものを
カトゥーさんに分配したが、
次に同じことが起きたら、もう戦えなくなるのは明らかだった。
アントンたちは一気に元気がなくなってきたぜ?
フルプレートアーマーは壊れて、ポーションは残り僅か。
しかも、ここはまだ地下8階。成長を始めたダンジョンが
地下15階、16階までだったとしても『まだ半分』・・・。
しかも半分ったって、寒くなるのは地下10階で、
混成部隊になるのは地下11階からなんだからな。
まだ前哨戦みてーなもんさ。
ベラスコもようやく飲み込めてきたみたいだった。
なんで冒険者は革の鎧とか動きやすさを重視しているか、がな」
当然だが、騎士団は別に魔物の存在を知らないわけではない。
様々な魔物が出現しても対応できるのは『騎士団』だからだ。
兵団・・・つまり様々な兵種がある。
騎馬で突撃する『騎士』。歩兵でも『槍を持つ歩兵』や、
『弓を使う歩兵』がある。
場合によっては油を撒いて火をつける策も用いる。
物資を運搬する『補給部隊』もいる。情報を集める『斥候』もいる。
『医療班』もいる。『工兵』もいる。そして『魔導士』も。
だが、ダンジョンではそうはいかない。
基本的に少人数のパーティーで戦うことを強いられる。
幸太郎が気付いたような『落とし穴による分断』トラップもある。
少人数で様々な状況に対応することが求められるのだ。
カルタスのような、鎧を着ていても
人間離れした動きができるならいいが、
そうでないならば重装甲の騎士など・・・。
先ほどのジャイアント・フロッグ戦のようになってしまう。
修練場での試合のような戦いなら問題ないだろう。
しかし『移動』という要素が加わると、
重い装備は自分自身にも牙をむく。
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