お供えの意味
幸太郎は地上に降りる前に、お茶を飲みながらアステラとムラサキ相手に、
様々な雑談をした。その中に『お供えの意味』という話があった。
「ま、火打石が面倒だと思ったら、『火球』でも『大火球』でも
『烈火球』でも、さっさと習得すれば簡単になるわね」
アステラは『大火球』を火打石と同列に語った。
やはり神は常識が人間とどこか違う。
「そんな簡単に習得できないでしょう・・・。
誰に習えばいいのかもわからないのに。
まずは火打石と打ち金をどこかで買って、地道にカチカチやりますよ。
しかし、現代の日本だと、火打石って言えば時代劇で
『験担ぎ』に使っているだけのイメージしか無かったんですけどね」
「あ、それって『親分、てぇへんだ』って奴ですよね?
アマテラス様に見せてもらったことがあるんですよ!」
「ムラサキさん、よく知ってますね。あの時代劇で親分が家を出るときに、
奥さんが火打石でカチカチとやるんです。
『切り火』って言うそうです。あんな小さな火花じゃ
なんの意味もなさそうですけどね。あははは」
「あら、幸太郎、『切り火』ってちゃんと意味も効果もあるのよ?」
「ええ? たったあれだけで???」
「あ。では私が幸太郎君に解説しますね」
ムラサキはまたも眼鏡を取り出した。スチャ。
「幸太郎君は、あの『切り火』の火花が小さすぎるって考えたんですね?
でも、実はそれは物質界だけでの話なんですよ。
あの火打石を使う人が心を込めれば、物質界では小さな火花も
霊界ではまるで火矢のように大きく写るんです。
霊界とか冥界と呼ばれる世界は物質が存在しません。
だからそこに込められた心の力が反映されるのですよ。
力ある人が心を込めれば、まるで火山弾みたいに
見えることだってあります。だから、あの小さな火花でも
邪気や低級霊、魑魅魍魎には火矢を射かけられたように感じるわけです。
火も水も根源的な力の形の1つですから、亡者とかにも効果があります。
『火』『水』と書いて、『カミ』と呼んだりもするのは、そのせいです」
「はぁ~、なるほど・・・。確かに、火や水で『清める』って風習は
世界中にありますね・・・。
なんと、あの『切り火』にそんな意味と効果があったとは・・・」
「ふふ、勉強になった? 幸太郎はご先祖様に『お供え』とかするでしょ。
あれも同じ理屈なのよ。お供えって米、塩、水、お酒、榊とか、
なんか少ないって思わない?」
「では、アステラ様、あれも?」
「そうよ。物質界では小さく見えるかもしれないけど、
心がこもっていれば、あれは霊界で何十倍にも大きくなるのよ。
榊はまるで大木に、お酒は大樽のように、しかも、心がこもっていれば
『汲めども尽きぬ、酒の泉』ってなもんよ!」あひゃひゃひゃ
「お酒好きなんですね・・・アステラ様・・・」
「あら、私も好きですよ。幸太郎君、
こっちに戻ってきたら、一緒に飲みましょうね」
「ムラサキ~。さっきの『ご休憩』じゃ足りなかったっての? にししし」
「ち、違いますよ! もっ、もちろんアステラ様もご一緒に、です」
「あらぁ~? お邪魔虫はいない方がいいんじゃないのぉ~?」
「ち、ちち、違いますっ! 本当です!」
ここで幸太郎は場を凍り付かせる発言をぶち込んだ。
「あの・・・私、お酒、飲まないので・・・」
アステラとムラサキは驚愕の表情で凍り付いた。
2人は幸太郎の顔を見たまま動かなくなった。
「も、申し訳ありません・・・。あ、そうだ、甘酒なら・・・」
アステラとムラサキはフリーズしたままだ。
気まずい時間だけが無慈悲に流れてゆく。
「あ、あの・・・あの・・・」
幸太郎だけ1人おろおろするまま、時は永劫の時間を刻んだ。
幸太郎はアステラとムラサキの顔を思い出しながら、
みんなへの説明を続けた。
「松明の火を偽ゴーストは恐れるはずなんだ。
本物みたいによく出来てるからこそ、そこも本物と同じ反応をすると思う。
ただ、偽ゴーストは逃げるだけだから、倒せないだろうな。
いや、コピーモンスターだから逃げないのかな?
まあ、そこは明日実際にやってみればわかることだ。
もし、偽ゴーストが逃げなくても、俺の召喚したゴーストで足止めすれば、
ジャンジャックが斬る時間は稼げると思う。
前列、最後尾で松明を4本かざしてみよう。
俺の考えが正しければ、それで偽ゴーストは完封できるはずだ」
「4本? では明日は、私も?」
「モコにも松明を持ってもらう。頼むな?」
「はい! お任せ下さい!」
「うーむ、松明で『倒す』のではなく、『追い払う』・・・か。
明日、実際に試してみて、効果あったらギルドに報告出した方がいいかな?
多分、初めてのケースだろうからな。
それにしても、幸太郎がいて良かったぜ・・・。
もし、俺とゴリオだけだったら、この地下6階で
進めなくなっていたかもな・・・」
「ああ、知らなければ『物理攻撃無効』、『魔法だけ効果あり』なんて、
完全に勘違いしていたはずだ。幸太郎殿がいなければ、
本当にこのダンジョンの攻略は難しいだろう。
少なくとも、一般の冒険者パーティーでは歯が立つまい」
「2人ともほめ過ぎだよ。しかし、この偽ゴーストが
地下6階で出現ってのも嫌らしいな・・・。
地下8階からは真っ暗になるんだろ? そこで出現していたら、
松明で追い払えるってのは誰でも気が付くだろう。
だが、まだ天井や壁がぼんやり明るい地下6階なら、
ほとんどの人が勘違いしてしまうはずだよ」
「それも罠のうちってことかよ・・・。
ここのダンジョンは性格悪いぜ・・・」
「だが、幸太郎殿のほうが、もっと性格が悪いようだぞ?」
渋い顔をする幸太郎。みんなが笑った。
(C)雨男 2022/08/02 ALL RIGHTS RESERVED




