偽名?
幸太郎は解放した奴隷の女性について、なるべく関わらないことにしていた。
その理由はエルフの女性2人の名乗った名前にある。
狸人族の姉妹はそれぞれ『テニア』と『ロッタ』と名乗った。
しかし、それに対してエルフの女性2人は
『エリ』と『ユラ』と名乗ったのだ。
幸太郎は『この2人は偽名・・・または愛称だな』と思った。
妙に和風な感じも違和感の理由ではあったが、名乗り方が
ぎこちなかったのだ。幸太郎はすぐに理解した。
鑑定を使うまでもない。
(まあ、俺を信用していいのか迷っているんだな。
そして、場合によっては首輪が外れたところで逃げることも
視野に入れているのだろう。だから偽名を名乗り、
俺に名前を憶えて欲しくないのだ・・・)
ただ、とっさに作った偽名だと、お互いが呼びにくいかもしれない。
だから愛称の可能性もあると幸太郎は考えた。
逆に狸人族の姉妹は名乗るのに何のためらいも感じられなかった。
だから、こっちは本名を名乗っているだろう。
そして、幸太郎はアルカ大森林に到着した後は極力、
彼女らに関わらないようにしたのだ。
自分の人生は自由に決めて欲しい。
『自分に遠慮なんかいらない』という思いだった。
「今朝聞いたところでは、人族の4人はカーレで働くつもりと言った。
狸人族の姉妹はこのままアルカ大森林に住むというので、
ダークエルフの村に新たに店を作るつもりじゃ。
出汁をとる魚の干物を売る店を彼女らに任せようと思っておる。
最後にエルフの2人じゃが・・・」
ギブルスは言葉を切ると、幸太郎に『ニヤッ』と笑った。
「カーレで冒険者になるつもりらしいぞ?
彼女たちの村はモーラルカ小国群の中にあったらしいが、
戦乱に巻き込まれて村は壊滅。彼女たちは散り散りに逃げてさまよった後、
人狩りに捕まったらしい。それが約一か月前だそうじゃ。
そして、次々にセリで転売され続けた結果、ブロトが買って
ユタに送られてきたというわけじゃな。じゃから、もう戻る所も無いし、
自信があるのは弓の腕前だけ。そして・・・幸太郎、
お前さんに弓の腕前を褒められたことで
お前さんと同じ冒険者になる決意を固めたそうじゃ。
面白い、面白い。ひっひっひ」
「ええっ? 私は冒険者じゃないですよ・・・まだ」
「そうそう。あの2人は完全に勘違いしておるわ。
じゃが、まあ、いいのではないか?
前向きに考えておるんじゃ。それに冒険者などと言っても、
現在では単なる『何でも屋』じゃから、危険な仕事ばかりでもない。
何か仕事をしておれば、いずれ新たな人脈、新たな縁にも
出会うじゃろうて。人間はまず、歩き出すことが重要じゃよ」
「じゃあ、カーレの冒険者ギルドで会うことになりそうですね・・・」
『俺は冒険者ギルドに所属してないのに、俺を見て冒険者になる決心とは』
と幸太郎は少しあきれた。
しかし、よくよく考えると幸太郎は現在『無職』である。プー太郎。
冒険者と勘違いされるのは、むしろ名誉なことだろう。
幸太郎は己の思い上がりが少し恥ずかしくなった。
幸太郎たちは一旦、小狼族の村に戻ってきた。
事情を話してフレットとテレジアを、ポメラに預ける。
幸太郎は最後の買い物、『酒』を買いに
北部のダークエルフの村へ移動した。
酒・・・といっても、幸太郎は酒を全く呑まない。
だから、酒の選定はギブルスとドライアードたちに丸投げ。
喧喧囂囂のバトルの結果、幸太郎は4種類の酒を樽ごと買うことになった。
よくわからないが、麦の酒、ジャガイモの酒、ワイン、
ブランデー・・・らしい。鑑定を使えば詳しく判明するだろうが、
幸太郎は興味が無いのでスルー。
お酒の店のそばにパン屋もある。ここはすでにダンジョン用の
パンの作成を頼んである。夕方に全て完成する予定なので、
モコたちと合流した後で、再び来ることになるだろう。
「えーと、これでとりあえず一通り買い物は済んだかな?
夕方にパンを購入して、ポメラさんたちと野菜などの
下ごしらえをしたら用意は完了のはず。
・・・では、私についての『本当の』説明をいたしましょうか。
ついでにちょっと味見して欲しいものがありますので、ご協力を」
「うむ、待っておったぞ! 幸太郎殿!
ギブルスだけ知っておるなど我慢ならんわ」
「ジュリア様、わしとてまだ詳しくは聞いておらんのです。
幸太郎、ずっと楽しみにしておったぞ。
さあ、早速場所を変えて聞かせておくれ! ひっひ」
ジュリアが指を振ると、森のどこかへ空間転移した。
幸太郎は『マジックボックス』からテーブルや椅子を取り出して並べる。
幸太郎はギブルスたちに『カクテル』の味見を
してもらいたかったのだ。お酒を飲まない幸太郎では、
味が全くわからない。
カクテルの味見をしてもらいながら、異世界人の話を聞いてもらおう。
もちろんカクテルはジャンジャック、グレゴリオ、
モコとエンリイに喜んでもらおうと考えてのことだ。
カクテルの作り方は昔、何かの本で読んだ覚えがある。
しかし、はっきり言ってうろ覚え。
ひどい言い方をすれば、ギブルスたちは試作品の実験台だ。
(C)雨男 2022/05/26 ALL RIGHTS RESERVED




