ぶちゅっと
幸太郎はシンリン、フレット、テレジアと共にギブルスたちと合流。
そして、ギブルスに怒られた。
「まったく・・・お前さんはカッとなると見境がないのう・・・。
あそこでシンリン様が止めて下さらなかったら、
『黒フードのネクロマンサー、ガンボアの市場を襲撃』なんて
噂が駆けまわっとるところじゃぞ・・・。
ドライアード様たちがおるんじゃから、お前さんが変身する必要なんて
ないんじゃからな? せっかくお前さんがユタで打った布石も
台無しになる所じゃったわい。『黒フード』はあくまで
正義の鉄槌を下したという立場。市民の敵ではないのじゃ。
忘れるなよ? シンリン様に、よーく感謝しておくようにの」
仮面と黒フードを外した幸太郎は、しおしおになって
うなだれている。しょぼん。
「まあ、ギブルスよ、それくらいでよかろう。
幸太郎殿もしおれておるわ。・・・さて、幸太郎殿、早速じゃ、
感謝の気持ちを形にしてもらおうかのう」
「はい。水はいくらでも・・・」
「違う、違う。幸太郎殿、こういう時はじゃな・・・」
シンリンはウインクしながら、自分の頬をちょいちょいと指さしている。
「え?」
「鈍いのう。感謝のキスじゃ。キ・ス。男はこういう時、
感謝を確かなカタチにするものじゃ」
「いいい???」
「心配せんでも、モコとエンリイには黙っておいてやるから安心せい」
ギブルスもけろっと言った。
「い、いや、なんで、そこでモコとエンリイの名前がでるんですか」
「ん? そうか? まあ、細かいことはええ。
ほれ、シンリン様がお待ちじゃ。幸太郎、こういう時は
女を待たせてはいかんぞ?」
四面楚歌。幸太郎は観念した。
どの道、助けてもらったのは間違いないし、そもそもドライアードの
機嫌を損ねたら空間転移が頼めない。何しろ、アルカ大森林は
ホーンズ山脈群に沿って、南北に長い巨大な森だ。
北部はバルド王国からジャンバ王国にかかる位置。
中部はジャンバ王国からモーラルカ小国群にかかる。
そして南部はモーラルカ小国群の中ほどまで広がっている。
今は南部、しかも最南端のガンボア湖付近。到底歩いて戻れる距離ではない。
幸太郎はゆでだこみたいに真っ赤になりながら、
唇をやはりタコのように突き出してシンリンの美しい顔に近づいた。
そして、かすかに、ほんの微かに唇の先が触れただけで
幸太郎は後ずさって頭を下げた。
「し、失礼いたしました。お許しを!」幸太郎は湯気がでるほど真っ赤。
「かぁ~っ、なっちょらん! こういう時は『ぶちゅっ』といくんじゃ、
ぶちゅっと!
もっと愛情をこめて、情熱的にいかんか! 幸太郎! やり直しじゃ!」
ギブルスから非情なダメ出しが出る。しかし、当のシンリンはというと。
「ふ・・・ふふ。ほほほ。幸太郎殿は初心いのう~。
初々しい、初々しい! ふふ、新鮮じゃ! 若返るのう~。
ほほほ、ほほ、のほほ、のほほほっほっほ~」
シンリンはこれはこれで満足らしい。
オマケにシンリンの周囲の草が次々と花をつけて
辺り一面花だらけになってきた。魔力ダダ洩れです。シンリン様。
ジュリアとモーリーはいまいち面白くないようだ。
ジェラシい顔でシンリンを見ている。
「むむ・・・。なんか納得いかんのじゃ・・・。
シンリンだけ得をしたようではないか・・・」
「ほほほ。何を言う、モーリー、ジュリア。私は幸太郎殿に
恐ろしい恐ろしい殺気を向けられて、泣きそうになりながら
必死に幸太郎殿を救ったのじゃぞ? その正当な
対価と感謝を受け取るのは当然のことよ!
もう死ぬかと思うほど怖かったからのう~」
「事実上、不死身のくせに・・・」
ギブルスが辛辣なツッコミを入れた。シンリンがじろっとギブルスを睨む。
幸太郎は無理やり割って入り、話題を変えた。
ほっておくとジュリア、モーリーにもキスをしなくては
ならないような気がしたからだ。割と必死。
「それで、ギブルスさん。このフレットとテレジアなんですが、
一人前の商人になりたいそうです。
ギブルスさんの所で雇っていただけませんか?」
「ほう。商人希望か。冒険者になりたいなどと言うより、
よっぽど地に足がついておる。まあ、雇ってもいいぞ?
カーレにもウドゥンの店を出す予定なんでのう。
じゃが、商売の道は長く厳しいぞ? 思い通りになど、
いかないことがほとんどじゃ。覚悟はあるか?」
「うん・・・、はい! 私は立派な商人になって妹に
お腹いっぱい食べさせてやりたいです!」
「そうか。よかろう。だが、その初心を忘れるでないぞ?
『誰かのため』という心構えは自分の力を何倍にもする。
苦しいとき、思い出すがよい。それがお前を窮地から救い出すじゃろう。
フレット、テレジア、お前たちをカーレで雇うことにする」
『それに』とギブルスは付け加えた。
「実は、幸太郎が解放した元奴隷の女性たちも、
おおよその身の振り方が決まったようなんでな。
今朝、全員に聞いてみたら人族の女性4人はカーレに来て、
わしのところで働くと言ったんじゃ。
フレット、テレジアの良き先輩になるじゃろうて」
これは幸太郎も嬉しかった。支度金は渡したが、お金なんて
いつかは使い果たしてしまう。
彼女たちの今後の身の振り方は、幸太郎も気になっていた。
(C)雨男 2022/05/25 ALL RIGHTS RESERVED




