アルカ大森林の市場を回る 7
「すいません・・・結局、ほとんど買い占めてしまって・・・」
「ひゃっひゃっひゃ。いいさ、小僧。一応、店の工房に在庫は少しあるし、
ほとんどの薬はすぐに作れるさ。まあ、ずいぶんと儲かったしの」
「おや、バーバ・ヤーガよ、ずいぶんと俗っぽいことを
言うようになったもんじゃな」
「うるさいわ、ギブルス。あたしは元々高尚な人間ではないぞ。
そういう事を言うのは、あたしの母『バーバ・ババ』のほうじゃ」
「嘘をつくでないわ。お前さんが王国にいたころは、
けっこうお高くとまっておったろうが」
「あれはエリザベーテと『美女の双璧』などと言われて、
仕方なく演技しておっただけよ。
周りが色々うるさいで、内心うんざりしておったわ」
「やれやれ、お前さんのファンだった男たちには聞かせられんのう・・・。
おお、そうそう、この幸太郎とモコは護符を持っておらん。
そのバーバ・ババから受け継いだ護符の技・・・
衰えてはおらんのだろう?」
「けっ、誰にものを言っておる。あたしはバーバ・ヤーガ。
『黄昏の魔女』と恐れられた女よ」
「ひっひっひ、ならば期待しても良さそうじゃな?
幸太郎は少々特殊な魔力を持っておる。
いいものを見繕ってやっておくれ」
バーバ・ヤーガは幸太郎を手招きして、前に立たせた。
「小僧。お前は神の加護を受けておるな?
しかも、とてつもなく強力な神じゃ。おそらくこの地上で最強じゃろう。
お前には呪いなどの類は一切効かんはずじゃ。そして、
お前はわずかに冥界のオドをまとっておる・・・。ネクロマンサーか。
死霊術を使うのにも関わらず、神の加護を受けており、
体内の気は明るい。なんとも不思議じゃわ。
普通なら矛盾の塊にしか見えん。その上・・・ま、それはいい。
それより、お前は魔導士なのに杖もワンドも持たんのか?」
「えっと・・・私は魔法を使うのに杖やワンドは用いません。素手です」
「ほう・・・? ちょっと何か死霊術を使ってみせい」
幸太郎はゴーストを呼んでみた。特に当たり障りのない事のはずだったが、
バーバ・ヤーガは驚愕の表情を見せた。
「な・・・なんじゃと? 信じられぬ・・・。この目で見ても・・・。
小僧、お前、本当に人間か?」
「おいおい、バーバ・ヤーガよ、何をそんなに驚いとるんじゃ?
説明せんか」
ギブルスは目を輝かせている。
どうやらバーバ・ヤーガを驚かせたことに興味津々らしい。
「ギブルスよ。お前が連れてきた小僧は色々規格外よな。
この歳で、これほど驚かされるとは思うてもみんかったわ。
今、この小僧が『コール・ゴースト』を無詠唱で使ったが、
その時、小僧の魔力には髪の毛ほどの乱れも起きなんだ。
無詠唱というだけでも驚きではあるが、
魔力の乱れの無さは、もはや人間の領域を超越しておる。
普通は魔法を使うと、使う魔力量の大きさに比例して
『魔力の波』が見えるんじゃ。魔法が下手な奴ほど、大きな波が体に起きる。
じゃが、小僧は魔法を使用・・・しかも無詠唱なのに、
完全に魔力に乱れが無かったのじゃ。
まるで風の無い、鏡のような湖の水面を見ている感じであったわ。
この小僧の魔法の完成度は・・・まさに完璧。
あの『ストーム・ルーラー』さえ驚くであろう。
しかし、納得がいったわ。これなら杖もワンドも不要じゃ」
ギブルスは『魔力を見えるようにしておくれ』とバーバ・ヤーガに頼んだが、
『修行せい』と一蹴された。
なぜ、普通の魔導士は杖やワンドを使用するのか?
バーバ・ヤーガは説明してくれた。
護符を身に着けると『魔力』や『エレメントの力』を乱す、
薄い薄い膜のようなものに覆われるという。もちろん、手も覆われる。
だからそのまま素手で魔法を使用すると自分の魔法まで乱されてしまうのだ。
もちろん使用できない、という意味ではない。
ただ、威力が落ちたり、真っすぐ飛ばなかったり、飛距離が落ちたり、
最悪、失敗するというだけ。
それを防ぐために、杖などに魔力を集め、
体が直接触れない様にするのだという。
ほとんどの魔導士が杖やワンドを使用するのは、それが理由。
剣などの金属は魔力を集めにくいので、木製の杖などが好まれる。
だが、稀に『へそ曲がり』がいて、木剣で戦う魔導士もあるらしい。
金属でもミスリルは魔力を集めやすいが・・・高い。
わざわざミスリルを買う意味が無い、木製で充分。そして魔法を使う時に、
自分の魔力に波が起きるため、未熟な魔導士ほど長い杖を使い、
自分自身が起こす魔力の波を避けなければ魔法が安定しない。
波によって魔法に乱れが生じる上に、護符を付けていれば
波の上に護符の膜まで上乗せされてしまうからだ。
「しかし、小僧の魔法は、まるで神が作ったかのような完成度じゃ。
これなら強力な護符を身に着けても、ほとんど影響せんじゃろう。
杖も不要。遠慮なく強い護符を身に着けるがいい」
幸太郎は逆に驚いた。
(お見事、正解です。バーバ・ヤーガさん・・・。すごい人がいるもんだ。
見ただけで、そこまで見抜けるとは。おまけに、この人、
俺が異世界人だってことに気が付いてるよな。多分・・・)
異世界、おそるべし
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