見えない
一連の攻防を見ていた観客が、思い出したように大歓声をあげる。
確かに凄まじい戦いだった。踏み込みの速さ、移動距離、
剣の打ち込みスピード、二転三転する攻守の交代・・・。
そして、それでもなお、どちらも『一撃も入らなかった』
どちらも、恐ろしい力量なのは間違いない。
2人は仕切り直しで、再び対峙する。今度は両者同時に踏み込んだ。
『バキキキンッ』という音の後で、またつばぜり合いになる。
幸太郎にはほとんど見えなかったが、踏み込んだ時に
お互い何合か打ち合ったようだ。
つばぜり合いから、カルタスが右のショルダーチャージを繰り出す。
バスキーも当然のように、左ひじでチャージを受け止めた。
ここで、一旦、2人は離れて距離をとった。
この後は2人とも『ギアを上げた』
もう、幸太郎の目では追い付けない。速すぎる。速すぎるのだ。
一瞬で踏み込み、何合か打ち合い、再び距離を取る。
もう幸太郎には剣が見えない。
カルタスは鎧の重さを感じさせない動きと、
見事な体さばきで滑る様に移動する。
バスキーは皮の鎧だけだが、その分、伏せる、飛ぶ、
左右への高速移動、アクロバティックな動きをした。
もう素人の幸太郎とは別次元の動きだ。
なにしろ、お互いが剣を打ち合ったと思った次の瞬間には、
お互いの位置が瞬間移動したみたいに左右入れ替わっていたりする。
もう、どんな攻防、どんな駆け引きがあったのか
さっぱりわからない。
幸太郎はジャンジャックとグレゴリオを見た。
2人とも大喜びで声援を送っている。
やっぱり、この戦いについていけるのだ。
幸太郎はモコとエンリイに声をかけた。
「モコ、戦いが見えるか?」
「ぎ、ぎりぎりです!」
「モコ、『ラピッド・スピード』を使って戦いを見逃すな。
これは見るだけで勉強になる。俺はもう見えん!!
エンリイ、見えるか?」
「なんとか!」
「よし! この戦い、しっかり見といてくれ。俺はもう無理!」
幸太郎は時計塔を見た。あと残り時間は半分くらいか。
ちらっと見ると、ゴーストのみなさんも声援を送っている。
見た目は『コール・ゴースト』で呼び出すゴーストと同じだが、
『冥界門』から出てくるゴーストは、ある程度自我があるようだ。
カルタスの部下の4人も声援を送っていた。
と、言っても声だけが出ていない。
しかし、自我が戻りつつあるように感じた。エミールも喜ぶだろう。
「時間です!! そこまで!!」
幸太郎が試合終了を宣言した。観客からは
大歓声と拍手の渦が巻き起こった。
カルタスとバスキーは時間いっぱいまで、ほぼ止まらずに
動き続けた。凄まじい運動量。
幸太郎は時計塔で試合場を区切っておいて良かったと、
心から思う。それほどまでに2人は試合場を縦横無尽に
動き回ったからだ。観客が中に入らない様に、
という意味で大正解だった。
そして・・・結局、カルタスもバスキーも、
最後まで『一撃も入らなかった』
両者は『ふうっ』と一息つくと、お互いの健闘を讃え合った。
「さすがは音に聞く『ソードブレイカー』・・・。
何度も冷や汗をかきました」
「いえいえ、こちらこそ勉強になりました。
いつかまた、続きをやりたいですな」
「同感です。カルタス殿、また練習試合をいたしましょう。
修行を積んでおきます」
「バスキー殿と試合をするのは楽しいです。
こちらもがっかりさせないように、修練を積みましょう」
「・・・と、いうわけだ。幸太郎君、また今度頼むよ!」
えええ・・・またやるの・・・?
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