滅茶苦茶痛かった
「君の踏み込みを邪魔することで、君の行動がほんの一瞬遅れた。
俺はその時から、最後の君が失神するまでは・・・
実は君の行動を一切見ていないんだよ。
頭の中に描いた行動を君に無関係に実行しただけなんだ。
俺には到底君のスピードにはついていけないからね。
『反応』では間に合わないんだ。実戦でいちいち相手の行動を見て
対応を考える時間は無いから。例えば・・・」
幸太郎はレオの左手を指さした。
「君の左手のスピードパンチは俺には全く見えない。
だから君がパンチを繰り出してから『避けるか?』『防御か?』
などと『反応』を考えるのは無意味だ。どうするかは、
君がパンチを撃つ前に決定しておく。そうさ、
君の間合いに入る前に行動は決定させておくんだ。
君の間合いに入っているのに、にらみ合いなんかしたら
一方的にやられて終わりだよ。
そして・・・見えないパンチを見ようとするのはバカだ。
見えないってわかっているんだもの。
見るのはパンチではない。君の肩や肘だ。
さっきの戦いに当てはめると、俺が見ていたのは
『君の位置』と『君の太もも』の位置だよ」
「俺のキックは見ていない、いや、見えないっていうのか?」
「そうさ。俺は君のキックも見えない。
俺は君のキックを止めようとしたんじゃないよ。
左手を君の太もも辺りに伸ばして『邪魔』しただけ。
直撃だけ避けれればいいという考えだったんだ。
キックが止まったのはただの偶然だよ。あははは」
幸太郎はレオの右の太もも辺りに、手を『パー』の状態にして伸ばした。
人間の手はこぶしを『グー』にすると手に力が集中する。
逆に『パー』にすると腕に力が入る。
合気道では『ソフトボールを握るイメージ』と教える。
相撲の張り手は相手の制空権を食い破り、
相手に自由な行動をさせないためのものだ。
また、古代中国人が生み出した『酔拳』の『酔盃手』は
グーとパーの両方のいいとこ取りをしようと生み出されたものだろう。
「邪魔しようとしただけだって・・・? そんないい加減な・・・?
い、いや、確かに実戦なら致命傷さえ食らわなければいい・・・。
そ、その後は? あの技は?」
「うん。俺は踏み込んで君のキックを邪魔すると同時に、
右手で君の腹を平手で叩いた。『どんっ』てね。
でも効かなくてびっくりしたんじゃないかな?
あれは俺が非力なのもあるけど、
ダメージを狙ったものでもないんだ。
あれは君の重心を揺らしただけさ。人間の重心は
基本的にアゴの真下にくる。そして体の要は腰だ。
俺が腹を叩いたせいで君の重心はわずかに揺れた。
たったそれだけって思うかい? でもこれで君は
頭突きが使えなくなった。重心がちょっと揺れたせいで
首から上は重心を安定させるのに専念せざるを得なくなった。
そして重心が揺れたからパンチの威力も減った」
「俺の右のパンチは全く効かなかったのか・・・」
「いいや、滅茶苦茶痛かったよ・・・」
(C)雨男 2022/02/28 ALL RIGHTS RESERVED




