光速の17%
幸太郎が外へ転げ出ると、民衆の目が一斉に注がれる。
「おお・・・聖者様だ・・・」
「『荒野の聖者』様だ・・・」
「いにしえの言い伝えは、真実の予言だったのだ・・・」
みんな口々に『聖者様』『荒野の聖者様』と念仏みたいに繰り返している。
(うわあああ! なんか変なデマが広がっているううう!)
幸太郎はとりあえず、モコたちに演説をやめれ、とストップをかけた。
クロブー長老が怪訝な顔をして、幸太郎に質問してくる。
「しかし・・・幸太郎様は伝説の『荒野の聖者』様なのでございましょう?」
「いいえ、人違いでおま」
幸太郎は仏頂面で答えた。幸太郎は頭がぽんぽこぷーの、
ただのおっさんである。
クロブーは『なるほど』と満足げに答えてから、
民衆のほうへ向き直った。
「みな、心して聞くのじゃ! 聖者様は邪悪な者どもに
狙われる御身である。わしらで聖者様をお守りせねばならぬ。
よいか! 決して、幸太郎様が『荒野の聖者』様で
あることを口外してはならぬぞ! 森の外からくる者はもとより、
この森の出身でも、絶対に正体を明かしてはならぬと心得よ!
今、この時より、幸太郎様を聖者様と呼ぶことは、あいならん!
昨夜は3人のドライアード様も幸太郎様を祝福に
お集まりになられた! 幸太郎様をお守りすることは、
アルカ大森林の意志と知れ!」
民衆がどよめき、歓声が上がった。
「そうだ! 俺たちの手で幸太郎様をお守りするのだ!」
昨日、最初に左手の薬指と小指を治した男が、
これ見よがしに左手を突き上げて叫んでいる。
まさに手のひら返し・・・。
幸太郎はめまいがした。
(な・・・何かが、間違った方向へ光速の17%で進んでいる・・・)
だが、もう打つ手が無い。誤解を解く方法は思いつかない。
せめて、昨日の時点で否定しておけば・・・。
モコたちに何も言わないように釘を刺しておけば・・・。
しかし、過ぎたるは及ばざるが如し。手遅れ。
そもそも、発端は自分のマヌケな大失態なのだ。
(C)雨男 2022/02/05 ALL RIGHTS RESERVED




