ファルネーゼ・ミューラーの名において
「ファルネーゼ様! そ、そんなあっさりと・・・。
門を開放すれば、町に潜伏している可能性もある犯人を取り逃がすことも、
あるやもしれません・・・」
「では、あなた方は犯人に関する手がかりを何か掴んでいるのですか?」
「い、いえ、それは、目下、全力で・・・」
「仮に明日まで門を封鎖し続けて、犯人は見つかりそうですか?」
「・・・いいえ・・・」
「では一週間ならば?」
「・・・いいえ・・・」
「私も黒フードの不審者が防壁を乗り越えてカーレへ逃げた、
という話は聞いています。それに、警護を全滅させる相手です。
仮に門を封鎖していても、いつでも逃げれるのではありませんか?
なにより、犯人を発見したとして、どうやって捕縛するのです?」
「そ、それは・・・」
「繰り返しますが、あなた方を責めているのではありません・・・。
あなた方に責を負わせるのは間違っていると思います。
責任は全て夫にあります。
門の封鎖を続けたとしても犯人を捕らえることは難しいでしょう。
ならば、次善の策を取るべきです。
ユタは『商業都市』・・・。交易を止めれば、町が死んでしまいます」
「は・・・。ですが・・・」
「かまいません。私が・・・、いえ、
『ファルネーゼ・ミューラー』の名において許可します。
今すぐ、全ての門を開放して下さい。いいですね?」
「・・・。承知いたしました」
警備隊の隊長たちは屋敷を出て行った。
ファルネーゼは一息つくとイネスに向かってうれしそうに言った。
「ねえ、これってネクロマンサー様のお役にたったかしら?」
「はい。間違いなく助けになったと思いますよ」
イネスも嬉しそうだ。
「ネクロマンサー様は子供たちを連れていますから、
子供たちを安全に町の外へ出すためには門の開放は必須条件です。
ネクロマンサー様はまだ子供たちと町の中にいるでしょう。
子供たちを連れて夜の闇の中をカーレへ向かうのは危険が多すぎるからです。
例え野犬でも見落とせば子供たちの命に関わります。
それにカーレに到着しても町に入れません。
カーレの門の前で夜を明かせば、子供たちを連れているので
すぐに辺境伯襲撃犯と疑われるでしょう。ユタからの連絡が早ければ、
門が開く前にカーレの警備隊が待ち構えることになるのです。
さりとて町のそばでキャンプを張れば、もし夜が明けてから
大規模な捜索をされた場合、見つかってしまいます。
ネクロマンサー様はともかく、子供たちが危険にさらされます。
警護を全滅させるほどの力を持ちながら、様々な布石も打つ
ネクロマンサー様がそんな危険を冒すとは考えにくい・・・
つまり、ネクロマンサー様は必ず『安全に町を出発し、かつ、
追手もかからない状態』を作ろうとするでしょう。
だから、ネクロマンサー様は今、この町のどこかで
子供たちと息を潜めて門が完全に開放されるのを待っているはずです。
『全ての門の開放』・・・
こればかりはネクロマンサー様も門が解放されるまで待つしかありません。
きっとファルネーゼ様に感謝するでしょう」
「そう? そうよね? うふふ」
ファルネーゼは口元を押さえて、ころころと上品に笑った。
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