噂にできないこと
幸太郎は嘘をついた。
なぜギブルスがイネスに協力したのかは察していた。
だが、幸太郎はそれを永久に誰にも話さないだろう。
それはイネスたちにしてみれば、最大の難関
『どうやってメイド全員を味方につけることができたのか?』
に関わることだからだ。
「でも、ギブルスさんは、昨日私たちにそのことを
教えてくれませんでしたよね?」
「万一を考えたんだろう。俺たちがどこまで信用できるのか?
そして、もし、失敗に終わったり、
どこかでミスがあった場合にも決してイネスさんにまで
たどり着かないように。だから、このことは絶対ギブルスさんに
問いたださないようにな。
ギブルスさんも、こっちが気が付いていると知っていても、
絶対にこれを話題にはしない。
イネスさんに、そう約束してるはずだ」
「ギブルスさんは、本当は子供たちの居場所も
わかっていたということですか?」
「いいや、それはない。
これは俺も現場で初めてわかったことだけど。
あの塔の一階の入り口は瓦礫で塞がっていたよな?
俺はどうやって子供たちを塔の最上階へ連れてあがったのか
不思議に思った。エントランスから堂々と連れていったのか?
まあ、馬車でドアの前まで乗り付けて、メイドたち使用人を
全員下らせれば、やれないこともないが・・・。
答えは辺境伯がつけていた指輪だ。『離脱』って唱えていたな。
あの場面で必ず生き残る方法は『味方の増援』でも『自己強化』でもない。
あの場所からの脱出だけだ。だから、あの魔法は知らないが、
名前からして何処か、決まった場所に転移する魔法なんだろう。
そして、その逃げる先はブロトの商館だ。
いちいちヤバイことを説明する必要がないからな。
人狩りという戦力もいる。
つまり、逆の指輪もあるんだろう。
執事がブロトの商館から塔の最上階へ転移する
魔法がかけられた指輪が。これが子供たちを最上階へ運んだ方法さ。
そして、この情報はさすがに噂にできない。
そんな魔法がかかった指輪を付けていることを
知っている人間は当然、ごく少数だ。万一の脱出方法なんだから。
噂になったら辺境伯は疑わしい人間を皆殺しにするだろう。
その中の誰かが裏切者なんだからな。
イネスさんも、子供が屋敷の何処へ連れていかれるかだけは
言えなかったのさ」
幸太郎はもう一度味見をした。幸太郎は本で読んだ記憶を頼りに
マヨネーズを作っていたのだ。市場でなるべく匂いのしない油、
穀物で作った酢、卵を大量に買い込んで、
なんとかそれらしいものを作った。
幸太郎はキューピーと味の素の偉大さを知った。とてもかなわない。
(C)雨男 2021/12/29 ALL RIGHTS RESERVED




