ゼノンのパラドクス
グレゴリオが使った心理的なミスリードは『ゼノンのパラドクス』とか、
『アキレスと亀』、『亀に追いつけないウサギ』と呼ばれるものだ。
亀が先に走り出す。後から走るウサギは現在、
亀がいる地点を目指しているといえる。
つまり、ウサギがその場所に到着すると、亀はさらに進んでいる。
ウサギは再びその時亀がいた場所を目指す。
しかし、その数秒後には亀はさらに進んでいる。
つまり、無限に距離は縮まるのに、永遠にウサギは亀に追いつけない・・・。
と、いうパラドクス。まあ、パラドクスという名に値しない、
単なるトリックではある。ただの詐欺だ。
このトリックの要は『前提が間違っている』というミスリードにある。
『亀が現在いる地点を目指している』という前提と
『ウサギは亀を追い越せない』という結論には何のつながりも無い。
ただの錯覚。
『亀が現在いる地点を目指す』のが前提なら、
『ウサギは亀を追い越す必要は無い』
なのに『追い越せない』という結論が
『突然いきなり現れてくっついている』
本来無関係な結論なのに、あたかも真実の結論であるように見える
トリックの仕掛けは、
『ウサギと亀が同じ方向に走っている』からだ。
だから、人間は自分の経験と照らし合わせて、
脳内でウサギと亀が走っている所を想像してしまう。
その結果『ウサギが追い越す』ことが、
当たり前であるような錯覚をおこすのだ。
ウサギに亀を追い越すつもりなど、さらさら無いのに。
これがウサギと亀ではなく、『点A』と『点B』だったらどうだろう?
『AがBを追い越せない』という結論などバカバカしくて、
不思議に思う人間などいるわけがない。
グレゴリオはあえて『黒フードと接触』という演出を組み込んだ。
本来陽動なら『橋をカーレ方面へ駆け抜けていった』という
証言だけでいい。
だが、一芝居入れることで警備兵は
ジャンジャックとグレゴリオに注目する。
『犯人の仲間ではないのか?』と。もちろん何の証拠も無い。
しかし、もしジャンジャックとグレゴリオが犯人の一味なら、
辺境伯の警護が全滅したのも納得できる。
『犯人の一味かもしれない』が
『ウサギが亀の後を追いかけている』にあたる。
『この2人が主犯なら警護が全滅した説明がつく』が
『ウサギと亀の距離が無限に縮まる』にあたる。
『襲撃に参加してるはずなのに、どうしても無理がある』が
『ウサギが永遠に亀に追いつけない』にあたる。
『この2人が犯人の一味だからといって、襲撃に参加するわけではない』が
『ウサギは亀を追い越すことを目的としていない』にあたる。
もし、襲撃したのがジャンジャックとグレゴリオで、
ここにいたのが幸太郎だったらどうだろう?
警備隊の隊長は何も悩まない。
『たとえ犯人の一味だとしても、こいつらは陽動だな』で終わったはずだ。
(C)雨男 2021/12/19 ALL RIGHTS RESERVED




