通報案件
もちろん、モコは幸太郎が買収されることを一番恐れていた。
何しろ、相手は貴族。金貨で数十枚、
いや、数百枚を持ち掛けてくるかもしれない。
そんな大金を持っている人間なんて貴族か大商人だけだ。
(でも、本当はわかってる・・・。
幸太郎様は買収なんかには絶対に応じない・・・。
このお方はそんな人じゃない・・・。だからこそ、
幸太郎様のご厚意だけに甘んじることはできない・・・)
モコは、自分が幸太郎に好意を持ち始めていることを
否定できなくなっていた。
(報酬がなくても、幸太郎様は子供たちのために戦ってくださる。
それはもうわかってる・・・。だって、私の首輪を不用心に
外してくれたのだから・・・。このお方は私が敵になって
襲ってくるとは全く考えていない・・・。
私を裏切って敵になることも考えていない・・・。
なんて・・・なんて無防備な横顔・・・。
裏切りと騙し合い、そして死が蔓延する、こんな世界なのに、
初対面の私に、どうしてそんな無警戒な姿をさらすことができるの・・・?
どうして、そこまで私を信じているの・・・?
今、私が幸太郎様を攻撃したら、今度は本当に死ぬ・・・。
その秘密をどうして私に話してしまったの・・・?
どうして自分の弱点を私に教えてから首輪を壊したの・・・?
私、そんな立派な人間じゃないのに。なぜ?
どうして命がけで私を信用してくれるの?
そして・・・そして・・・どうして私を助けたのに、
私に何も要求しないの・・・?
なぜ、そんな『当たり前』って顔をするの・・・?
なぜ? なぜなの? どうして・・・?)
モコは月を見つめる幸太郎の横顔を見続けた。
(・・・私は、幸太郎様の信頼だけは裏切りたくない。
このお方が命を賭して私を信頼して下さるのなら、
私もこの命をかけて幸太郎様を信頼したい!
だから・・・その覚悟の証として、
もう一度所有者になってほしい・・・)
モコは小さくため息をついた。
(私・・・ずるい。私、幸太郎様が好きになってる。
幸太郎様の奴隷になりたい理由の半分は自分の願望・・・。
これを知られたら軽蔑されるかな・・・)
モコの内面の葛藤をよそに、幸太郎は別の心配を考えていた。
(これ・・・絵面的にまずいよなあ・・・
現代の日本なら通報される案件だ・・・)
心なしか、遠くでパトカーのサイレンの音が聞こえた気がした。
(C)雨男 2021/11/21 ALL RIGHTS RESERVED