イベントの準備をしよう 8
一方、こちらはギブルス。
ファルネーゼをユタへ送ったあと、
そのままユタの商人ギルドへ顔をだし、
そして自分の店を回って指示を出す。
細かい仕事も次々と片付けていく。
武装メイドたちがいるとはいえ、
流石に仕事がたまっていた。
なにしろアカジン、ミーバイ、
ガーラ、タマンもアルカ大森林へ来ていたからだ。
その日はカーレには戻れず、仕事に追われて終わった。
だが、こちらを片付けておかないと、次の日の
カーレ商人ギルドの定例会に安心して参加できない。
次の日はカーレに入る。そして商人ギルドの定例会だ。
孤児院建て直しのためのイベントについて、
商人ギルドからの横やりを排除しておく必要があった。
どんな形にしろ、『物を売る』のだから
商人ギルドに話を通しておく必要があるのだ。
この世界では小さな町や村を除けば、どこにでも
商人ギルドは存在する。
閉鎖的、独占的という面もあるのだが、無いと困るのだ。
なにしろ、そもそも町自体が『防壁の中』という
閉鎖空間だのだから。
例えば、元の地球では大企業を優遇しないと
『あっそ、じゃあ、当社はこの国を出ていきます。
よござんすか? ん? ねえ? どう?』
と、圧力をかけられる。
だが、この世界ではそうはいかない。
『じゃあ、先祖の墓も持って出ていけよ。
二度と帰ってくるな。
つーか、町へは一歩も立ち入らせない。見つけたら殺す』
と、その日のうちに立ち退きを命ぜられる。
『出ていけ』と言われると、会社は破たんする。
なにしろ防壁の外は『人類の天敵』がうろつく世界。
何か用が無い限り、一般人は防壁の外へ出ない。
そして何か用があるときは基本的に『冒険者』へ依頼を出す。
外は警察もいなければ、防犯カメラも無い。
スマホも無いし、法律もあってないようなもの。
全ての行動が個人のモラルにゆだねられる。
要は戦場のロシア兵がうろついているような感じだ。
防壁の外で店を出しても、客が来ない。
いや、獣や魔物、そして盗賊が客の代わりに
入れ代わり立ち代わりやってくる。
では、と、他の町に引っ越せば、当然今度はその町の
商人ギルドに加わる必要がある。
『優遇してくれないと困るのはそっちザマスよ?』は、
この世界では通用しないのだ。
優良な市場があってこその商売なのだから。
そして優良な市場を守っているのは領主。
貴族へ圧力をかけると最悪何かの罪を着せられて
この世とグッバイ。
商売の続きはあの世でやるしかない。
まあ、三途の川で、物質界のものは全て捨てる規則だが。
商人は市場あってこそ商売が成り立つ。だから
『良い市場を独占したい』と
考える者が現れるのは『必然』だ。
しかし一部の金持ちだけが市場を独占するのは危険。
極端な事を言えば、敵国が自国の産業を破壊するために
採算度外視の安売り攻勢を仕掛けてきたらどうだろう?
売れない、食っていけないと自国の産業、農業は
廃れてしまう。
戦争で最後にものを言うのは経済力。
戦争が始まる前に勝敗は決してしまうだろう。
一握りの金持ちが自国の商売を左右することがないように、
そして敵国の経済的な戦争を初期の段階で防ぐために、
閉鎖的だろうが何だろうが『商人ギルド』は必要なのだ。
商人ギルドの定例会の内容は全て領主へ報告する義務がある。
怪しい兆候があれば即座に領主が武力で介入できるように。
こうして領主は商人ギルドを通して
自国の産業、農業に目を光らせているのだ。
カーレ商人ギルドの定例会に参加したギブルスは
周囲の商人から探るような目で見られた。
まあいつものことだ。
「今回も不参加かと思いましたぞ、ギブルスさん。
また何やらアルカ大森林の方へいっておられたとか。
いい儲け話はありましたかな? よろしければ私も
一口乗せてもらいたいものですな。はっはっは」
「なになに、アルカ大森林に出した、わしの乾物屋と
うどん屋がボチボチ売れてるようじゃから、
様子を見に行っておっただけじゃよ。
しかしのう、地獄の亡者とナイトメアハンターが
戦ったという場所をドライアード様たちに見せてもらえてな。
行った甲斐があったというものじゃて! ひっひっひ」
「相変わらずですなあ。商売も繁盛しておられるようで、
うらやましい限りですよ」
このギブルスと話している男の名は『コネルト』という。
でっぷり太った商人。
扱っているものは主に宝石と貴金属。
その他にもいくつか店を持っていた。豪商といえる。
まあ、ギブルスほど手広くはないが。
そして幸太郎とギブルスが危惧しているのが、
いきなり最初から出た『いい儲け話はありましたか』と
『一口乗せてもらいたい』だ。
これを絶対に排除しておく必要がある。
そうじゃないとイベントの利益の何割かを
持っていかれたり、横から口出ししてきたりと
思い通りにやれなくなる可能性が高い。
コネルトは別に悪人ではない。商人だ。
しかし、だからこそ、
今回のイベントでは味方になってもらうと困るのだ。
目的は孤児院の再建で、儲けるためではない。
「では、そろったようですので、最初の議題から。
皆さんも聞いておられるでしょう。
ついにこのカーレ付近にも魔物が戻ってきました。
最近、冒険者がオークロードの耳を
持って帰るという事例があり、その後も・・・」
定例会は合計15人の『議員』で構成される。
高額の『会費』を払っている商人が、高額順に上から
7人選出。そして商人ギルド全員の投票で
残り8人の議員が選ばれる。
金持ちだけで全てが決まらないように
なっているのだ。
ギブルスは多額の会費を払っているので、常に議員に
入っている。また、人気もあるので、大体いつも
投票の方も議員に選ばれており、議席がダブるので
誰かが繰り上げ当選されていた。
会議も滞りなく進み、
冒険者ギルドへの寄付金の増額の決定や、
ユタ、ビエイ・ファームへ行くときの護衛を増やすよう
注意喚起が行われた。
では、ボチボチお開き、という所でギブルスが
『ひとつ、いいかな?』と手を上げる。
「実はのう、オーガス教が運営しておる孤児院の建物が
来年まで持ちそうもないのじゃよ。
そこで、建て直す必要が出てきたわけじゃが・・・。
どうじゃ? 商人ギルドとしていくらか出して
協力するというのは・・・?」
ギブルスはストレートに事情を話した。罠である。
そして、議員たちの返答は『知っている』。
「ギブルスさん、それは商人ギルドで扱う問題では
ないのではありませんか?」
「左様。それは我々がどうこうするという話では
ありますまい。それにオーガス教と言えば、
コナのオーガス教は人狩りの拠点になっていたと
いうではありませんか。公正な商売を掲げる我ら
ギルドとしては、誤解を招くような行為は慎むべきでしょう」
「そうです。別に金が惜しいとかいう問題ではなく、
そもそも我らが口出しする話でもないし、
手を貸せばイメージが悪くなるかもしれないのです」
語るに落ちるといったところだが、要するに
『嫌だ。何の利益にもならないじゃないか』と
言ってるだけ。まあ、商人としては当然と言えば当然。
商売はボランティアではないのだから。
「ふーむ、そうか・・・。建て直しには金貨400枚が
必要らしいから、教会と孤児たちだけでは無理だろうと
思って声をかけたんじゃが・・・。
ま、仕方ない。確かに商人ギルドで扱うような話でも
ないからのう。『わし1人で』教会と話をして
手を貸すとしようか」
ギブルスは大事なことを『さらっと』紛れ込ませた。
『わし1人で』
つまり、商人ギルドとしてギブルスの計画に口出しするなら
『今しかない』・・・最後の機会ということになる。
ここで孤児院に協力すると言わない限り、
ギルドとしては後から口出しできないことが『決定』するのだ。
正式な議決はしていないが、事実上、
今『評決』を取っているようなもの。
分かりやすく言うなら、
『あとはギブルスのやりたい放題』、
何か手を出したいならば、
『ギブルス個人の許可が必要』と
ギルドの『会議で決まった』わけである。
商人ギルドの会議は、ギブルス1人に完全に手玉に取られた。




