イベントの準備をしよう 7
この世界では『廃品回収』をしようとしても、
大して量は集まらない。
基本的に『燃やせるもの』ばかりだからだ。
椅子やテーブルでも、修理して使うし、いよいよ
どうにもならなくなったら『薪』として暖炉で燃やして
料理などに使う。
服も修理して使う。布はわりと貴重だから。
元の地球でもヴィンテージ古着はツギハギのあるものが多い。
マニアには、それが『唯一無二の味』らしいが、
まあ一般人にはよくわからない。
子供用の服でも治して、孫に、ひまごに、と
受け継がれてゆく。
そして、こちらもいよいよダメになったら
端切れの材料に使用し、最後は燃やしてしまう。
だから幸太郎は一般家庭からの『廃品回収』には
全然期待していない。
そして商店からの廃棄品提供も
大して期待していない。
幸太郎がバザーで売るつもりなのは
『ダンジョンで得た防具や武器』だから。
幸太郎はダンジョンで出現したものを
一切合切もらってきた上に、
ガンボア湖の市場で中古の武器や防具を
店ごと買い占めている。
要は『マジックボックス』に大量に死蔵されているものを
売ろうというわけだ。
そして、別に売れなくて構わない。
建て直しのための資金源はそっちじゃないから。
こちらの目的は子供たちのために
『商売』を体験させるためである。
では、なぜ『廃品回収』を行うのか?
それは・・・宣伝のためだ。
「お忙しいところ恐縮ですが、少しお時間を
いただけますか? 2分で構いません」
「ん? なんだい?・・・『廃品回収』・・・?」
店主と店員たちは胡散臭い人を見る目で
幸太郎と子供たちを交互に見た。
「はい。お騒がせして申し訳ございません。
ですが、このようにグリーン辺境伯から許可も
いただいております」
幸太郎はフランクに作ってもらった『許可状』を見せた。
効果絶大。
商人はいきなり態度が変わり、
『ボロボロでもいいのかい?』など
古い服やエプロン、靴を提供してくれた。
靴は修理しきれないかもしれないが、構わない。
えり好みしてると何も集まらないから。
「へえ~え、孤児院建て直しのためのバザーに、競売か。
俺は大会に出てみようかな? 参加料が銀貨1枚で、
優勝賞金が金貨20枚なら挑戦してみる価値は
ありそうじゃないか!」
もちろん大会は赤字になるが、なんの問題も無い。
人を集めるのが目的だからだ。
「ご参加をお待ちしております。
ですが、グリーン辺境伯からの情報では、
あの『サンドウィッチ伯爵』が参加されるそうです。
優勝は難しいかと」
「あの伯爵が来るのかい!?
噂通り、ほんとに好きなんだな、あの伯爵は。
でも、準決勝まで残れば賞金が金貨5枚なんだろ?
あたる順番が良ければ、十分チャンスはあるとみた。
それに、俺はこう見えて、けっこう強いんだぜ?
伯爵だって倒しちまうかもな。うっひっひ」
店の従業員2人も話に加わる。
「だんな。私と当たっても恨みっこナシですよ?」
「ああ? んだよ、お前たちも出るつもりなのか?」
「私も、少し腕に自信があります。
自分がどのくらい強いか、
一度試してみたかったんですよね~」
参加者は思いのほか多くなりそうだ。
予選をする必要がありそうに思える。
予定を変更だ。
万一を考えて、参加登録の締め切りは
前々日にしておく。
話が盛り上がったところで、店の奥から怒鳴り声。
「あんたたち! 何くっちゃべってんだい!?
ちゃんとお客さんの相手しな!! 待たせるんじゃないよ!」
おかみさんだ。おかみさん最強。
幸太郎たちも次の店へ移動する頃合い。
「開催は2週間後の予定です~。ぜひ、おこしを~」
子供たちが可愛く手を振る。
いい雰囲気を維持した状態で去るのがコツだ。
いい余韻が残るように。
幸太郎と子供たちは、荷車をひきながら宣伝して回った。
『許可状』の効果は想像以上だった。
グリーン辺境伯が慕われている証拠である。
誰もが急に愛想がよくなった。
まさに『虎の威を借りる狐』状態。
宣伝のための『廃品回収』は思ったより色々集まった。
わずか数軒だが、今日の所はこのくらいでいいだろう。
それより、大事なことがある。
こっちに力を入れないと本末転倒だ。
孤児院に帰ると、廃品修理は後回しで、『勉強』の時間だ。
幸太郎はまずアラビア数字を教えることにした。
アルカ大森林で、教材は作って用意してある。
紙に書いた1から9、そしてゼロを子供たちに憶えてもらう。
これは、なんとわずか数分で終わった。
子供たちは勉強に飢えているらしい。
みんな目を輝かせて『幸太郎先生』を見つめた。
日本で『勉強なんか嫌』という子供を見たら、
孤児たちは『その席代わってよ!』と言うだろう。
日本の子供たちは恵まれている。
思いのほか『前提』が早くできたので、
次に『九九』を教える。
日本でおなじみ、掛け算の憶え方。
まさに一生使える便利ツールだ。
インドでは20×20までを憶えさせるという。
「にさんがろく」
『にさんがろくっ!!』
「さぶろくじゅうはち」
『さぶろくじゅうはちっ!』
子供たちはとても嬉しそうに九九を覚えていった。
というか、なんとわずか1日で
『九九』をマスターしそうである。
乾いた土が水を吸収するように『染みこんで』ゆく。
この子供たちは勉強に飢えているのだ。
ルークたち含めて子供たちに『九九』を教えたが、
もうほとんど全員が完璧だ。
さすがに幸太郎も驚くしかない。
そして足し算、引き算、掛け算、割り算も教える。
足し算、引き算は元からある程度できるので問題ない。
下準備が整ったので、今度は実践だ。
幸太郎は『マジックボックス』からいくつか剣や盾を
取出し、テキトーに値段をつけてゆく。
「・・・幸太郎さん、この剣とか安すぎじゃないですか?」
ルークが怪訝な顔をするが『これでいいんだよ』と
幸太郎は笑った。このバザーはあくまでも孤児たちが
『素人考え』で売ってるところがミソなのだから。
客が『お! これ安いんじゃ!?』と思ってくれれば
勢いで買ってゆく。
もちろん、高価そうなものは『簡易競売』にして
値を釣り上げるつもりだ。
「では、この金貨1枚、銀貨5枚の剣と、
金貨2枚銀貨2枚の盾を買ったら、合計でいくらでしょう?」
幸太郎は実際の金貨、銀貨、銅貨を取り出して
実演という形で子供たちに教えた。
学校で教える計算も、実際の硬貨や紙幣を使って
教えると猛烈なスピードで身につく。
勉強法として効果的なのは『どんな場面で役にたつか』を
イメージさせることと、
『今教えてもらったことを今度は自分が誰かに教える』
場面をイメージさせること。
つまり、インプットとアウトプット。
夕方。とりあえず今日はここまで。
イベントの開催まで2週間。まだ時間はある。
ただし、子供たちは猛烈な勢いで教えたことを吸収している。
なんと幸太郎のしゃべり方をまねて
敬語を話す子供すら現れた。
敬語もろくに使えない下品な冒険者たちに
爪の垢を煎じて飲ませたいほどである。
晩御飯は幸太郎、モコ、クラリッサとアーデルハイドで
手分けして作った。
山盛りのパンと野菜たっぷりのスープ。
そして、ソーセージと炒り卵の無敵艦隊だ!!
孤児院の『おかあさん役』をやってる
高齢のシスターも目を細めて
もりもり食べる子供たちを見つめている。
「・・・本当にありがとうございます。
世の中、捨てたものじゃないですねえ・・・。
最近は孤児たちの窮状に目を向ける人も
減る一方だったのですが・・・」
その高齢の『おかあさん』は目に涙を浮かべて
幸太郎たちにお礼を言った。
だが、幸太郎は頭を下げながら、内心謝る。
(すいません・・・オーガス教の教会の評判を
地に落としたのは私なんですよ・・・)
プラスマイナスでいけば、圧倒的にマイナスだ。
幸太郎の罪。




