カーレに帰還
翌朝。ついにカーレに戻る日が来た。
孤児院再建計画を本格的に始めるのだ。
計画に最低限必要なものは
全てアルカ大森林でそろえることができた。
あとはグリーン辺境伯にイベントの許可を取り、
客を集めることと、孤児たちの準備だけだ。
客にしても、すでにギブルスが
根回しをしていて、まず間違いなく集まってくれる。
イベントに必要なものは、本来なら用意するのに
ものすごく時間がかかるはずだが、
ドライアードたちの協力があれば造作も無い。
あとは細かい調整をいれるだけで完成。
ギブルス、ジャンジャック、グレゴリオがオーダーを出し、
家具屋、そしてエドガンとヒガンへ頼むと短時間で済んだ。
まあ、ついでではあるが、バーバ・ヤーガへ
幸太郎の魔法に起きた変化を見せたとき、
幸太郎は『あること』を思いついて作ってみることにした。
ただ、これはまだ着手できない『構想段階』だ。
まずはカーレに戻って、
頑丈な布を手に入れなければならない。
それが入手可能かどうかがわからないと、
作っても意味が無い。
(ふふふ、これは楽しみだ。真っ黒に塗っておけば
目立たないはずだし、この世界では
俺だけの特権になるだろう)
布はギブルスに発注してみた。
『入手可能』なようだが、完成にはしばらくかかる。
ともかく、欲しいものは全て入手できた。
孤児院再建計画の下準備は終わりである。
もう、アルカ大森林ですることはない。
それに、さすがに一週間も旅行していると、暫定だが
辺境伯である『ファルネーゼ』の立場というものが心配だ。
ファルも、そろそろ『ファルネーゼ』に戻らなくては。
クロブー長老や、キーテ、エリー、リックス、
バスキー、ポメラ、チワ、小狼族の村の人たち、
バーバ・ヤーガにドライアードたちも見送りにきてくれた。
ドライアードたちは『名残惜しい』ということで、
別れる前に寸胴鍋に作った幸太郎の『飲料水』を浴びるように飲む。
そして盛大なゲップ。美人が台無しだ。
バスキーたちが手を振り、幸太郎たちも手を振る。
『またねー』と声を掛け合いながらアルカ大森林を後にした。
カーレに帰還だ。
道中、野宿で一泊するが、来た時と同じく、盗賊も獣も
魔物も姿を見せない。
やはり、このメンバーにケンカを売るのは
自殺行為とわかるのだろうか?
まあ、盗賊が来ないのは理解できる。
別に、絶対にこの隊商を狙わなくてはならない
理由などないからだ。
この隊商はアカジンたちや武装メイドもいるから、
人数そのものが多い。
その上で、『明らかにヤバそう』なのが
数人うろうろしている。狙わない方が無難だ。
いや、そもそも盗賊なんかせずに、働くべきなんだが。
ただ、クラリッサは『ちえっ、面白くねーの』と、
ぼやき続けている。どうも、新しい『漆黒の鎧』と
ミスリルの武器を試したいらしかった。
ただ、真っ黒な鎧を身にまとう大柄な女は
滅茶苦茶強そう。普通の神経をしてれば襲う気には
ならないだろう。『明らかにヤバそう』な内の1人が
このクラリッサである。
翌日の昼ごろ。
ピートス川の下流、橋が遠くに見えてきた辺りで、
幸太郎たちは別れることにした。
ファルが『ファルネーゼ』に戻るからだ。
ここからは屋敷に戻るまで馬車の中に籠りっぱなし。
姿を見られるわけにはいかない。
姿を見せて挨拶できるのは
ここが最後のチャンス。
「イベントは絶対に参加いたします。グリーン辺境伯に
招待状を出すように説得してくださいまし。
招待状が来なかったら、『お忍び』で行きますわ!」
「いやいや、さすがにそれは無理ですよ・・・。
説得はがんばります。たぶん、大丈夫だと思いますが」
「心配はいらんぞ、幸太郎。わしが手をまわしておこう。
ひっひっひ。ファルネーゼ様もご安心あれ」
こういうところはギブルスの優秀さが際立つ。
つくづく恐ろしい男だ。
アカジンたちと武装メイドは全員、そのまま護衛として
いったんユタへ行くことに。
もちろんジャンジャックとグレゴリオもユタへ戻る。
彼らは、この一週間で起きた事件から
幸太郎に関することだけを曖昧にして、
膨大な、祖国への報告書の作成をしなくてはならない。
貴族もつらいよ。
「じゃあ、またな、幸太郎! イベントは俺たちも
ファルネーゼ様の護衛として行くつもりだからよ」
「俺は大会に参加してみるつもりだ。なにせ、こんな
大会はイーナバースでも無かったからな」
「2人が来てくれるなら警備面でも安心だ。助かるよ。
でも、グレゴリオ殿、大会にはサンドウィッチ伯爵が
来る予定だから、さすがに優勝は難しいと思うよ?」
「なぁに、腕試しだからいいのさ。どこまで勝てるか
試したい。はははは」
幸太郎たちは固く握手して別れを告げた。
予定ではイベントは2週間後。その時、また会える。
幸太郎、モコ、エンリイ、エーリッタとユーライカ、
クラリッサとアーデルハイドは『ゴーストブーツ』で
ピートス川の水面を渡っていく。
そして、対岸から手を振り、街道を通らずに丘を登って消えて行った。
ファルは『わたくしもついて行きたい』と思ったが、
今のところ、それは叶わぬ願い。辺境伯を辞するまでは
仕事がついて回る。
それとは別に、ギブルス、ジャンジャック、グレゴリオは
別のことを思っていた。
『ちょっとマテ! ボートで渡るんじゃないのか!?
それ、今度やらせてくれ!!』
ファルネーゼとイネスは屋敷に戻った。案の定、コナの
グレナン司政官からの使者が頻繁にやってきていたようだ。
ついでにユタのオーガス教の教会からも。
オーガス教の教会が人狩りの巣窟になっていた件の報告と
無様な『いいわけ』の書状が山盛り。両者ともだ。
まあ確かに、この件で辺境伯であるファルネーゼを怒らせると、
普通なら誰かしら責任者の首が物理的にすっ飛んで行く。
もちろん、ファルネーゼはグレナン司政官を処罰したりはしない。
グレナン司政官は幸太郎が『ぶっ殺す』と言ってるからだ。
幸太郎が殺すと言ってる以上、グレナン司政官の
死亡は覆らない決定事項だ。
イネスが後任の人選を進めている。
ただ、使者たちの報告を聞かなくても別に困ることはない。
なにしろ、大まかな部分はリーブラから聞いてるし、
そもそも、この計画の発端は幸太郎たちなのだ。
計画通りなのは全部知っている。
幸太郎たちは知らないが、誤算はクルームリーネだけだ。
あとは全て幸太郎の思い通りに全員が『踊った』。
自分の意志で。
それに、その騒ぎで万一にも『関係者』と疑われないように、
わざわざアルカ大森林へ避難していたのだ。
表向きの発端はファルネーゼから渡された『台帳』だが、
ファルネーゼを黒幕と疑う者は誰もいない。考えすらしない。
リーブラ教もファルネーゼは
『忠実な騎士を殺された被害者』だと思っている。
そして困らない理由はもう1つ。
今、この屋敷にはセバスチャンがいる。
彼は元・ミューラー侯爵家の執事の経験を活かし、
完璧な対応をしていた。
さらにアリバイ作りも完璧。
ギブルスはエルロー辺境伯が死んでから、クロブー長老に頼んで、
『例の件で重要と思われる情報が入りました。
詳しくはお会いしてから』という内容の直筆の書簡を
大量に作ってもらい、常時用意してある。
それをセバスチャンがグレナン司政官からの使者に
『仕方ないですな。極秘ですが実は・・・』と
もったいぶって見せるのだ。
辺境伯としての仕事、特に辺境を預かる
外交に関することとなれば、使者や司政官ごときには
口出しできない。ファルネーゼがしばらく不在でも、
文句は言えないし、そもそも不思議ではない。
おまけに『B級冒険者が護衛についてる』と言えば、
あらゆる意味で黙って戻るのを待つしかないのだ。
グレナン司政官は、ファルネーゼが不在の間、さぞかし
気をもんだことだろう。オーガス教の教会も
早く言い訳を聞いてほしかっただろう。
ついでに言えば、リーブラ教のフェデリーゴ司祭も
『我々は穏便に説得を試みたのですが・・・
彼らは聞く耳を持たず、このような結果に・・・』
という自慢話を早く聞いてほしかった。
もちろん、こんなことはイネスには
わかりきっていたので、『あーそー』という感想しか
浮かばないが。
でもまあ、幸太郎の計画の仕上げでもあるので、
ファルネーゼは
『そうですか・・・ああ、なんと痛ましい結果に』と
ウソ泣きする必要がある。
ギブルスたちもユタとカーレの仕事を片付ける必要がある。
もちろん、様々な準備はしておいたし、居残りの
武装メイドたちがいるので商売の方は問題ない。
ただ1つ意外だったのは、魚の干物の注文が大幅に
増えていたことだ。これは幸太郎がこの世界に持ち込んだ
『出汁』の文化が、急速に広まりつつある証拠。
ついでに言及しておくと、幸太郎が持ち込んだ
『アラビア数字』もすでに一般的になるまで普及していた。
これはギャンブル場の功績だが、やっぱり便利なのだ。
『いちたすいちはに』とか、『並んだ棒に斜線』では
大きな数になればなるほど計算がしにくく、
間違いが増えるのは当然。
必要だったところに、ぴたっとはまった感じである。
数字が普及した原因の1つにトランプもあった。
これはギブルスが大量に作り、売りさばいた結果。
今では酒場で、酒を飲みながらポーカーという
西部劇っぽい光景まで出現している。




