黒い鎧と銀の武器
夕方、注文した品物を取りにエドガン、ヒガンの武器屋と
家具屋へ行く。
「すごい鎧だね・・・。似合ってるよ、クラリッサ、アーデルハイド。
2人ともかっこいい!」
幸太郎は手放しで賞賛を送った。
それは『アルカ・オオカブトムシ』の外骨格を利用した鎧。
全身をカバーするフルプレートタイプだ。
しかし、重量は全部合わせても10キロ程度しかない。
金属とは大違い。
オオカブトムシの外骨格を使用しているせいで、
見た目がなんとなく強殖装甲ガイバーのゼクトールを思い出す。
「このヘルメットが会心の出来でな! バイザーを下すと
視界を遮ることなく目の部分も保護できるんだ」
鎧と同じくオオカブトムシの外骨格を利用したヘルメット。
目を保護するためのバイザーには『マボロシ・カゲロウ』の
羽が使われている。
マボロシ・カゲロウは羽がほとんど透明で
ガラスのようである。
その飛ぶ姿は胴体だけで宙に浮いているように見えるほど。
でも、全長60センチくらい。ちょっと気持ち悪い。
羽は強化アクリルのように頑丈なのでガラスのように
割れたりはしないのだ。
「このバイザーなら、投げナイフや矢でも弾き返すぜ。
そして、この盾だ」
そこにあったのは『真っ黒い盾』。
オオカブトムシの外骨格を利用しているのでつやつやしている。
「基本構造はミスリルと木材の複合構造。
そこへオオカブトムシの外骨格を
組み合わせました。おいらが作った盾の中では
正真正銘、最強でさあ!」
ミノウが鼻息も荒く、大威張り。
「そして、幸太郎さんのパートナーだって聞いたからよ。
鎧と盾の両方に『コカトリスの羽根』が仕込んである。
こいつが強力な護符の役割を果たすから、『大火球』だって
はじくぜ? ちょっとやそっとの攻撃じゃ、
この鎧も盾も、傷一つ、つきやしねえよ」
「うへえ・・・そりゃあ、すごいですね・・・。
でもいいんですか? コカトリスの羽根なんて」
「あん? いいも何も、元々幸太郎さんが倒したモンだろーが。
それに、コカトリスの羽根はどうしても高額設定するしかねーから、
全然注文が入らねえんだよ。
俺たちは武器屋だ。
宝飾店みたいに飾ってるだけじゃ面白くねえ!
がっはっはっは!」
幸太郎は思った。
(この鎧と盾って・・・市販したら金貨400、いや500枚くらい
いくんじゃなかろうか・・・?)
クラリッサとアーデルハイドは装着した鎧と盾に満足そうだ。
「これで、後ろから刺されても効かねえぜ!」
「うん! もう、絶対に! 絶対に! 大丈夫だね、クララ!」
そう、この姉妹が貯金を全てつぎ込み、足りない金額を
幸太郎からの『小遣い』から出してもらってまで、
この鎧を作ってもらった理由がこれだ。
あの日、浜辺で貝を掘る市民に化けていた盗賊に
クラリッサは後ろから剣で刺され、致命傷を負った。
死にゆくクラリッサはアーデルハイドに謝り続け、
アーデルハイドは涙が止まらなかった。
だが、幸太郎は『正解』を捨て、
死ぬはずだったクラリッサを神の魔法で治す。
その時、この姉妹はひそかに誓ったのだ。
『もう、次は絶対に負けない。どんな攻撃でも耐える。
絶対にハイジを1人にしない! さびしい思いをさせない!』
『もうお姉ちゃんを傷つけさせはしない! お姉ちゃんの
そばから離れない! 大好きなお姉ちゃんの背中は私が守る!』
だから、どんな攻撃にも負けない鎧が欲しいと願った。
さらに、ミーティングで幸太郎と嫁仲間という
守りたいものが増えた。
『もう、どんな攻撃も受け止める。食い止める。
絶対に後ろには通さない。
誰が、何が相手であろうとコウタロウと嫁仲間を
傷つけさせはしない』
そのためには『絶対的な力』が必要だ。
幸太郎がアルカ大森林へ行くと聞いた時、
クラリッサとアーデルハイドは、『これはチャンスだ』と思った。
幸太郎が『ジャングル・ホッパー』の鎧を奥の手として
持っていたことをアーデルハイドが憶えていたのだ。
そして、エドガンとヒガンの武器屋へ来たとき、
涙を流しながら訴えた。
『力が欲しい。力が欲しいんだ。
どんな攻撃も弾き返す・・・力が!』
エドガンとヒガンは、その赤心の訴えに心が震えた。
奮い立った。
人の思いを守り、悪を打ち倒す。
『武器にも心がある』
これこそが、彼らの父、エドモンドの祈りであり、教えだったから。
『任せておけ!! 俺たちの心血を注いで、
最高、最強の一領を仕上げてやろう!!』
エドガンとヒガンはハンマーを持ち、フォージの炎をたぎらせる。
ハンマーもフォージも、2人の願いに応えるかのように
力を貸してくれた。
そしてできたのが、この『漆黒の鎧』と『漆黒の盾』だ。
フレーム部分は軽くて強靭なミスリル。
ジョイント部分は虫の腸や革を使用。
外装部は鉄より硬いオオカブトムシの外骨格。
緩衝材としてミノウが柔らかい木を仕込んである。
ヘルメットのバイザーはマボロシ・カゲロウの羽。
魔法対策にコカトリスの羽根を仕込んだ。
それを名工、エドガンとヒガンが技術の粋をつぎ込み、仕上げた。
もはや、この鎧はミスリルの剣ですら傷をつけられない。
大型の獣の突撃ですら壊せないだろう。
打撃、斬撃、刺突、魔法、全てに最強レベルで対抗できる。
2人の『漆黒の戦士』が誕生した瞬間だ。
「ありがとうございます。
気合の入った凄まじい仕上がりですね。
でも、よかったのですか? これ、2つとも
市販したらとても金貨90枚で済むような品には
みえませんが・・・?」
「おう、それでいい。材料費だけだ。
幸太郎さんには借りがあるしなぁ」
「それに、作ってるときは、なんかすごく楽しかったぜ。
充実してた」
「そうだな。まるで親父が一緒に作業を手伝って
くれてるみたいだった・・・」
エドガンとヒガンは晴れやかに笑った。いい笑顔だ。
『納得』のいく一領、いや、2人分で二領だったのだろう。
「重ねてお礼申し上げます。では、前金で支払った
金貨90枚に加えて、これを差し上げましょう。
お役立てください」
幸太郎は今朝食べたガンボア・パイクの鱗を
じゃらじゃらと差し出した。そしてパイクの頭だ。
もちろん、孤児院の再建のために売る分はちゃんと取ってある。
「ほう・・・このガンボア・パイクの鱗は・・・。
これが昨日の晩に聞いた7メートルオーバーのやつかい?
こいつは上物だ。これでスケイルアーマーを作れば、
軽くて頑丈、動きやすい極上品ができるだろうぜ」
「いいのかい? パイクの頭だけでなく、鱗まで
もらっちまって・・・」
「ええ、どうぞ使って下さい。どうせ私たちじゃ
宝飾品の店に売るくらいしか、使い道がありません。
せっかくの7メートルオーバーの鱗なのに、
ただの飾りに使うだけではもったいないですよ」
「幸太郎さんは、変わってるよなあ・・・。
コカトリスの羽根の時もそうだったが、欲がねえよな」
「だがまあ、ありがたく頂くとしようか。
こいつでできるスケイルアーマーを想像すると、
それだけでわくわくしてくるぜ!」
エドガンとヒガンは楽しそうに笑った。
武器屋と言う仕事が好きなのだろう。
ここで、ふと、ヒガンが何かを思い出し、
エドガンとうなずき合うと工房へ戻っていく。
そして、大きな武器を2つ持ってきた。
「幸太郎さん、こいつら、買ってくれねえか?」
カウンターの上に『どしん』と載せたのは、
銀色に輝くバトルアックスとウォーハンマーだ。
「これは・・・美しい斧とハンマーですね」
「ミスリルのバトルアックスと、おなじく
ウォーハンマーだ。ミスリルはきちんと処理すれば
鉄よりも固く、鉄よりも弾性が優れているんだが・・・」
「1つ難点があってな。ミスリルは鉄よりも圧倒的に
『軽い』んだ。防具に使えば、その軽さは有利に働くが、
武器に使うと重さが足りなくて、いま1つ威力に欠ける。
だから、通常は剣やレイピア、槍の穂先に加工されるのよ。
ハルバートとかな。それで戦斧の場合は
ブレード部分だけとかに使われるんだ」
「でよ、俺たちの親父が『威力のあるミスリルの戦斧や
ハンマーを作りたい』ってんで・・・『やらかした』。
それが、この2つの武器だ。
こいつらは一見オールミスリルなんだが、実はな、
先端と持ち手の部分に錘として『金』が入ってるんだよ。
金は重いからな。
特に威力が出るように先端部分に多めに入ってる。
そして扱いやすいように持ち手の最下部にも
同じくらい入ってる。武器としては一級品なのは間違いねえ。
威力、取り回しの良さ、どちらも申し分ない。
少々重いがそっちのねーちゃんたちなら
今使ってる武器より軽いくらいだろうぜ。片手で扱えるはずだ。
ミスリルの斧、ハンマーとしては、ある意味究極点に
近いと言える」
これは幸太郎なら両手でないと扱えないだろう。
しかも短時間で限界。
「だがな・・・。こいつの中に入ってる金は、
金貨にして『約100枚』分だ・・・」
『ひ、ひゃくまい!?!?!?』
その場にいた全員が叫んだ。当然だが、この武器の値段は
最低でも金貨100枚以上ということになる。
いや、ミスリルだって高価な金属だ。元の地球には無い、
魔力を帯びた謎の金属。元素記号なんて見当もつかない。
「では・・・全然買い手がつかなかった・・・と」
「「そうなんだよ・・・」」
エドガンとヒガンはハモってうなだれた。
それはそうだろう。普通のバトルアックスなら
金貨5枚程度で売っている。まあ、出来のいい品や
オーダーメイドなら金貨10枚以上するものもある。
軽いハンドアックスや、粗悪品なら金貨1枚でも買えるだろう。
ただし、ハンドアックスでは人間相手なら通用しても、
大型の獣は殺せない。またゴブリンウォリアーや
オークチーフと戦うにもパワー不足。
オークロードなら一晩戦い続けても倒せるかどうか。まずご臨終。
だから、この世界ではスピードよりもパワー重視の武器が多い。
人間とだけ戦っていればいい世界ではないのだ。
当然相手がゴツイので武器の消耗も激しい。
武器を維持するためのメンテナンスも金がかかる。
だから、冒険者たちは『そこそこの物を買い替え続ける』
パターンがほとんどだ。命がかかっていることを
考えれば、結局はその方がコストパフォーマンスが良い。
使う側からすれば、いくらミスリル製で極上品といっても、
武器に金貨100枚出すなんて無駄でしかないのだ。
いや、そもそもそんな大金は大商人か貴族しか
用意できない。
「親父も『若気の至りだった』って、よくボヤいてたぜ。
無茶な借金してまでよう・・・」
「幸太郎さんはダンジョン破壊で、ダンジョンの中のお宝は
たくさん手に入っただろ? これ、買ってくれねえかな。
2つで金貨200枚でいいぜ。置いといても仕方ねえんだ。
武器ってのは飾っておくためのもんじゃねえからな」
「わかりました。ではその2つを金貨600枚で買います。
クラリッサ、アーデルハイド、この武器を使ってくれ。
俺には重すぎて扱えないよ。あははは」
「「おいおい、いいのかい?」」
「いいのかよコウタロウ!?」
エドガンとヒガン、クラリッサはそろって驚きの声を上げた。
アーデルハイドはおろおろしている。
「いいんですよ、エドガンさん、ヒガンさん。
名工、エドモンドさんの会心の逸品。
この武器にはそれだけの価値があるでしょう。
クラリッサとアーデルハイドも、この武器を遠慮なく
使ってほしい。お金のことは気にしなくていいよ。
どっちみちダンジョンで手に入った財宝は
一生かかっても使いきれないんだから。
こういう時こそ惜しんでる場合じゃないさ」
これで鎧、盾、武器が大幅にパワーアップだ。
ただ、この2つの武器を見たギブルスは苦笑した。
(あれは・・・懐かしいな。僕らがまだローゼンラント王国に
いたときのものか。エドモンドが理想を実現したいって
僕から借金して作ってたっけ・・・。
返さなくていいって言ってるのに、
『武器屋はコジキじゃねえ!』って
聞かなかったよな。ふふふ・・・。
見てるか? エドモンド。あの武器、ついに売れたよ・・・)
幸太郎たちは次に家具屋へ行き、注文しておいた品を全て
受け取った。これが孤児院再建計画の一翼を担うのだ。
これで準備は半分完了。
ただ、幸太郎は、さっきの武器屋で1つ引っかかってることがあった。
(・・・エドガンさんとヒガンさんは、さっき
クラリッサとアーデルハイドを俺の『パートナー』って
言ってたような・・・? 聞き間違いか・・・?)
知らぬは幸太郎ばかりなり。




