分岐点 34
「さあ、それじゃさっきの村へ戻るわよ」
再びアステラが指を振ると、一瞬で景色が変わり、
小狼族の村へ戻ってきた。
「あ! 幸太郎おにーちゃん、お帰りなさい。
早かったね?」
チワが『ぴょん』とジャンプして幸太郎に飛びつく。
幸太郎はチワを抱っこしながら不思議そうに聞いた。
「そんなに早かったかな?」
幸太郎の体感としては3時間くらいは世界樹の場所に
いたように思える。
「うん。幸太郎おにーちゃんが消えてから、まだ
10分も経ってないと思う」
「え? 10分???」
「幸太郎、世界樹のいた場所は物質界と霊界の狭間のようなもの。
時間の流れを世界樹がずらしてくれてたのよ」
アステラが簡単に説明してくれた。言われてみれば、
アステラとムラサキがゆっくり食事までできていたのだ。
そうでなければ、とっくに雲の上に帰っているはずである。
「時間の流れをずらす!? なんてすごい力・・・。
人間の存在ってちっぽけなんですね・・・」
「謙虚さを忘れないことね。人間の知識なんて、犬の背中に
くっついているノミ程度だもの。
犬の背中が世界の全てみたいに思っていても、
犬の歩いている大地、大地がある星、
星がある太陽系、太陽系がある銀河、銀河がある宇宙、
宇宙がある宇宙群、56億7000万の宇宙がある物質界、
物質界が砂粒に見える霊界、概念の外側にいる神々、
それらが絶対神様の髪の毛1本分でしかないってこと。
人間の知識や力なんて、まだまだまだまだまだ、
スタートラインすら見えていないのよ。
魂が天使のレベルになって初めて見えるもの、
神のレベルになって初めて見えるものがウジャウジャあるわ。
精進しなさい」
「肝に銘じます・・・」
「チワ、難しくてよくわかんない」
そう言うと、チワは幸太郎にぎゅっと抱きついた。
『かわいい子ね』とアステラがチワの頭をなでる。
チワの小さな尻尾が、うれしそうにもさもさ揺れた。
幸太郎はチワをおろすと、アステラとムラサキに頭を下げた。
やはり謝っておくべきだと思ったのだ。
「その・・・すいません、
宗教同士を争わせるようなマネをしました。
大勢の人が死ぬとわかっていながら・・・。
申し開きすることはございません・・・」
アステラは小さくためいきをつくと、幸太郎の頭を
ガシガシ撫でる。
「あんたが地上に降りる前に言ったでしょ?
この地上には『絶対の正解は無い』って。
あるのは『最善解』と『最適解』だけ。
あんたの行いの清算は霊界でするから・・・」
「『自分のよかれと思った選択をしろ』・・・でしたね」
「そう。後悔のないように、良く考えて
自分が『よかれ』と思った行動をしなさい。
神だって間違いはある。全知全能じゃないからね。
何が正解だったのか、それは霊界に帰ってみないとわからない。
だから自分が苦しくても納得いくような選択をすればいいの」
「ありがとうございます。お恥ずかしいところを見せて
申し訳ありません」
「あんたも、あのガキと同じく難しく考えすぎ。
頭でっかちになるわよ?」
「自戒いたします」
「よろしい」
別にアステラは幸太郎を許したとか、そういう話ではない。
幸太郎は『まだ生きてる』から。
幸太郎が何を思い、どんな未来を創るのかは、まだまだ先が長い。
最後の清算は霊界で行う。
それまでは善いことも悪いことも自由だ。
そう、自由。
全ての選択肢がオープンで、その中で自分が善であると思う
選択をする。それが本当の『自由』というもの。
だから自分の思うままに進めばいいのだ。
・・・もちろん、霊界に戻れば誰のせいにもできないが・・・。
「じゃー、あたしたちは帰るわ」
「無理しちゃダメですよ? 幸太郎君」
『お待ちください!!』
ギブルス、ジャンジャック、グレゴリオ、バスキーが
声をそろえて待ったをかける。何事かと思えば、
『最後に握手してほしい』と言い出した。
それはイネスやバーバ・ヤーガ、嫁ーズ、ドライアード、
アカジンたち、武装メイドたちも同じだったようで、
みんな期待して目を輝かせた。
「あーもー、じゃ、少しだけよ」
こうして、アステラ、ムラサキとの握手会が行われ、
最後にアステラとムラサキはチワと握手し、
頭を撫でて帰っていった。
「いやあ~貴重な体験だったぜ。
国を出た甲斐があったってもんだな!
本物の神様と握手とは!! 感動だぜ! あははは」
「まさか本物の神に会えるとはな。おまけに3人の悪魔も
実際に直接見ることができた。
歴史上、こんな体験をできたのは
俺たちが初めてじゃないか? いや、空前絶後かもしれん」
「わしは死んでからやりたいことができたわい。ひっひっひ!」
「俺はもっと強くなれる。もっと強くなるぞ!」
男たちは本当にどうしようもない。男のバカは死ぬまで、
いや、たぶん、死んでも治らないのだろう。
ただ、ジャンジャックとグレゴリオは少しだけ憂鬱だ。
((また分厚い報告書を書かなきゃいかんなぁ・・・))
面倒だが、仕方ない。
貴族が自由に国外へ出れるわけではないのだ。
どうしても何かしら建前や代償は伴う。
こうして朝から悪魔と女神がやって来るという騒動は終わり、
平和な、山も無ければ谷も無い、スローライフのような
ありふれた日常が戻ってきた。
そう、この物語のジャンルは日常系!
ただ、世界樹の場所で芋煮会をやったせいで、すでに満腹状態。
あれが朝食になった。
そこで幸太郎は、この村にサツマイモの畑を作ることにした。
ドライアードが増やせばあっという間だが、
ドライアードが手を貸してくれるのは幸太郎の時だけ。
要は幸太郎の『飲料水』目当てだ。
しかし、米は水田という特殊な栽培施設が必要なので、
お米の方は諦めた。
まあ、既に幸太郎の『マジックボックス』に
数トンは入っているが。
「サツマイモはあまり肥料が必要ではなく、
やせた土地でも育ちます。
基本的には水はけのよい場所で畝を作り・・・」
村の人々は真剣に幸太郎の話を聞く。
実は早速、ゆでたサツマイモを村に配った結果だ。
『甘い!』『うまい!』『食べ応えがある!』と大好評。
即、サツマイモ畑を作るべし、という結論に至った。
「私の故郷でも飢饉に強い作物として重宝されていました。
『つる』も食べることができます。
実は意外と栄養価が高くて、美味しいんですよ」
「ほう、つるも食べれて飢饉に強いとは・・・。
幸太郎殿、イーナバースでも栽培してみたい。
いくつか分けてもらえるか?」
グレゴリオは自分の公爵領で栽培してみるつもりらしい。
「ああ、いいとも。種芋から出たつるを
地面に挿し木してゆけば、どんどん増えてゆくよ」
「なんと伸びたつるを挿してゆくだけで増やせるとは。
これは是非とも広めたい作物だ」
古今東西、民衆は腹ペコになると政府へ反旗を翻すものだ。
2024年の衆議院選挙で与党が負けた一因は
これもあるはずだ。
2025年の参議院選挙は『食い物の恨み』が直撃したのも
自民党が敗北した原因の1つだろう。
経世済民。
人々を守るのも貴族の生まれながらの義務。
この経世済民という言葉は、偉大な古代中国で生まれた。
そして義務を果たさない貴族は『生きてるだけで目障り』となり、
すぐに死ぬ。
なお、サツマイモは元々はメキシコなど中央アメリカ原産で、
紀元前800年ごろには、すでに栽培されていたという
人類になじみの深い食べ物だ。
午前中はサツマイモ畑を作ることに費やし、
午後はまずエドガンとヒガンの武器屋へ寄ってみることにした。
クラリッサとアーデルハイドが鎧を注文したと聞いたからだ。
「お! 幸太郎さんじゃないですかい。おいらの作った
ラウンドシールドの調子はいかがですか?
え? ダンジョン以来攻撃を受けたことが無い?
ははは、それは何より」
カウンターにミノウがいた。店番だ。
『一応』ということでミノウが幸太郎とモコのシールドを
点検していると、奥からエドガンとヒガンが顔を見せた。
「よう! 幸太郎さん! ジャングルホッパーの鎧の
調子は・・・って、着けてないのかい」
「ええ、あれは必要な時にだけ装着してます。
なにせ新人冒険者が高級品を持ってると
嫉妬と反感を買って狙われるかもしれませんから。
でも、先日のビエイ・ファームでの戦いでは役に立ちました」
幸太郎とモコが『赤い通信筒』が使用された戦いのことを
説明した。
「・・・ほう・・・。そんな危ない戦いが・・・。
鎧や盾が役に立って何よりだな」
ここでエドガンが幸太郎のやって来た理由に見当をつけた。
「あ、そうか、そっちの姉ちゃんたちの鎧ができたかどうか
見にきたんだな。すまねえが、そっちはあと1日、
時間をくれねえかい? 明日の夕方には完成させるからよ。
注文をはるかに上回るやつに仕上げておくぜ!
がっはっはっは」
クラリッサとアーデルハイドは鎧と盾を注文していた。
2人分で金貨90枚という高額なものだが、
クラリッサとアーデルハイドは持ってきた貯金を
全てつぎ込み、足りない分は幸太郎の渡した『お小遣い』から
出して作成を依頼している。
その鎧と盾とは・・・。
『アルカ・オオカブトムシ』の鎧と盾である。
「分岐点」の話は、これで終わりです。
・・・アカバンされてないので、一安心でしょうか・・・。
友人は「良かったじゃねーか」と言いつつ、「まだわからんぞ?」とビビらせてきます。
それにしても、もしかしたら読者ゼロになるかもと思っていたのですが・・・。
みなさん物好きですねぇ。
しばらく夏休みをいただきます。2週間くらいを予定しています。
鬼滅の刃を観に行かないと。
アカバンされてなかったら、「師匠に相談だ」でお会いしましょう。