分岐点 33
「なかなか美味しいじゃない。まさか、あんたに
料理ができるなんて思わなかったわ」
「幸太郎君の料理、美味しいですよ。素敵です」
「お褒めにあずかり光栄ですが、まあ『ちゃんこ』なんで
誰でも作れますよ。出汁さえちゃんと取れば
素人でもそこそこ美味しくなります。あははは」
アステラとムラサキに褒められると、さすがにうれしい。
幸太郎も『作ってよかった』と思った。
ここで幸太郎は、ふと、疑問に思った。
『ハロハロのきのこ』は昆布みたいに旨みがある。
しかし、この世界には『出汁』という文化がなかった。
少なくともアルカ大森林だけは
ハロハロのキノコを食べていたはずなのに?
幸太郎がドライアードたちに質問すると、
驚愕の答えが返ってきた。
「いや? このキノコは普段、誰も食べんぞ?
このキノコは、ほとんど見分けのつかない
『ハロハロもどきダケ』という猛毒のニセモノがあってな。
無論、我らは間違えなどせんが、人間は滅多に手を出さんのじゃ」
「えー!? そうだったんですか・・・。
売ってるものも、本物という保証はないシロモノだったなんて。
私は運がいいですね・・・」
「あんたは、あたしの加護があるから毒じゃ死なないでしょーが」
「ふふ、ではモドキの方も食べてみるか? 幸太郎殿」
「いいえ、謹んでご遠慮させていただきます・・・」
全員が笑った。
「どれ、せっかくだ。我も食べてみよう」
世界樹がそう言うと、味噌ちゃんこの入ったお椀と、
白米がまん丸くなって大樹へと飛んでいく。
「うむ、いいものだ。幼子よ、誉めてやろう」
しかし、どうやって食べているのかは不明。
幸太郎の作った『お菓子』も大好評だった。
エンリイ、クラリッサ、アーデルハイドも、いつも通り
もりもり食べているが、
意外だったのがファル、エーリッタ、ユーライカ。
どうやら甘いものが好きらしく、皿に山盛りで食べている。
「幸太郎様、これ、貴族の晩餐に出しても
大好評になるはずですわ!
なんて名前のお菓子ですか?」
「いや、えーと、名前は無くて・・・はちみチーズサツマイモ・・・?」
幸太郎は壊滅的にネーミングセンスがない。
「これ、甘くて大好き! 幸太郎さん、サイコー!」
「おいしい~。幸太郎さん、愛してる!」
「はいはい、追加をつくりましょー」
エーリッタとユーライカの『素直な賛辞』に
幸太郎は照れながら追加を作りに席を立つ。
クラリッサとアーデルハイドもついてきた。
もっとチーズマシマシのやつを作りたいらしい。
「これオイシイよな~。いやあ、コウタロウの仲間になって、
ほんと良かったぜ」
「うん、さっきの白米と、みそちゃんこ? それも
本当に美味しかった。コウタロウさんと出会ってから
幸せなことばかりおきるね、クララ!」
幸太郎が驚いたのは、クラリッサだ。
ポメラに引けをとらないくらいに
手慣れた感じで調理する。
手は大きいのに、実に細かい調理をするのだ。
チーズを細く刻み、食べやすくした上で、
チーズにも少し焦げ目を入れる。ハチミツをかけるのも、
まるで本職のシェフみたいに芸術的。
「クラリッサは裁縫だけじゃなくて、料理もうまいんだな。
いいお母さんになれるよ」
幸太郎の何気ない言葉に、クラリッサは真っ赤になった。
「は、はい。あ、あり、がとう。がん、がんばる、ぜ・・・」
アーデルハイドも嬉しそうにニコニコとして見ている。
幸太郎はわかってない。
クラリッサが『お母さん』になるとき、
『とーちゃん』は自分がなるのだということに。
幸太郎の頭はぽんぽこぷーである。
後ろで聞いてたポメラが『モコ、あなたも頑張るのよ』と
小声で励ます。モコも、両手を握りしめ『はい』と小さく答えた。
(あいつ、意外とモテんのね・・・。
ここには物好きな女が多いわ・・・)
アステラはニヤニヤと笑いながら幸太郎の背中を見ている。
幸太郎は『はちみチーズサツマイモ』を
クラリッサとアーデルハイドに任せ、
自分は白米で『おにぎり』を作り出した。
アステラとムラサキのお土産にしてもらおうと思ったのだ。
残念ながら、海苔も梅干しも無いので、おにぎりの具は
サイコロステーキと、ガンボアトラウトの塩バター焼き。
ちょっと大きめになってしまったが、このくらいは
目をつぶってもらうとする。
幸太郎は、ふと、リーブラのことを思い出した。
「アステラ様、ムラサキさん、ここにリーブラ様を
呼び戻せますか?」
「は? 何? あんたリーブラのトコへ行く気?」
「ち、違いますよ。せっかくなので、味噌ちゃんこと
おにぎりをお裾分けしようと思いまして」
「あんた、悪魔にお土産持たせようっての?
本当に変わってるわねー」
「ふふ、でも幸太郎君らしいですね。
では、ちょっと呼んでみます。念話が届くといいですが・・・」
待つ事10秒くらい。念話が届いたようだ。
リーブラとセリスが幻のように現れ、実体化した。
「幸太郎、本当にお前は変な奴だな。悪魔にお土産を
渡したいなどと・・・。
お前の頭の中はいったいどうなっておる?
中にカブトガニでも入っておるのか?
一度、開けて覗いてみたいものだ」
リーブラが幸太郎の頭をつんつん、ペチペチと叩きながら
ため息をついた。さすがに少しあきれているらしい。
だが、楽しそうだ。
「いや、開けるのは勘弁してくださいよ・・・」
「ちゃんと死なないようにしておくから心配ないぞ?
あははは」
さすがに幸太郎もタジタジだ。かなわない。
「はい、これ、今作った『味噌ちゃんこ』です。肉は多めです。
お椀は返さなくていいですよ。たくさん持ってますから。
こっちは『おにぎり』です。お米でできてます。
具材はサイコロステーキと、塩バターガンボアトラウトです」
「・・・お前が自分で作ったのか? 器用な奴だな。
じゃあせっかくだ。ありがたくいただくとしよう。
・・・お前はいい夫になれるぞ? ふふふ、
いつでも私の元へ来い。私の寝室で夜通し語ろうぞ。あははは」
「ありがとう。またね、幸太郎さん」
セリスは微笑んで軽く手を振り、リーブラと共に消えた。
全員かなり飲んで食べたあと、アステラが席を立って
『そろそろ上に戻る』と言った。
「おお、アステラ様! あなたと離れ離れになると思うと、
僕の心は張り裂けそうです! 僕が死んだら、ぜひ、
その御許へお招きください」
「あんたは当分死なないから」
ギブルスの言葉をアステラがバッサリ一刀両断。
ジャンジャックとグレゴリオ、
イネスとバーバ・ヤーガが大笑いしている。
「そんな! 僕は恋心のあまり早死にするかもしれないのに!」
「あっそう。また今度聞くわ」
手ごわいアステラ。ムラサキもくすくす笑っている。
幸太郎は、ここでようやく服装について突っ込んでみた。
「そういえばアステラ様、その上下の『つなぎ』は
どうしたんですか?」
「ああ、これはね・・・」
聞けば、アマテラスから50CCの『ホンダ・カブ』をもらったそうだ。
壊れてるやつ。
アステラは『モンキー』『ゴリラ』や『KSR-1』『GS50』
『チョイノリ』など小さなバイクが好きなのだという。
「アステラ様なら自分で走った方が速くないですか?」
アステラやムラサキなら、当然ゲートでワープした方が速い。
空も飛べる。
そして、おそらく身体能力でも機械を上回るだろう。
「それじゃあ面白くないじゃないの。
人の『がんばれ、走れ』って思いが込められた
小さな機械が一生懸命ぺけぺけ走るところが可愛いのよ」
なんとアステラは時々元の地球でツーリングしているという。
ただ、アステラの姿は記憶にも記録にも残らないので、
『なんか、ちっちゃいバイクで走ってる人がいた』くらいしか
記憶に残らない。
一度相手の信号無視で交通事故にあったが、相手の
スポーツカーが大破してアステラは無傷。
アステラは『電柱が飛び出してきた』ことにして逃げた。
免許? 一応取ってあるが。
「でさー。アマテラス先輩から
壊れたカブをもらったんだけど、
なかなか直らなくて、悪戦苦闘してたトコだったの」
「それで、そんな上下の『つなぎ』を着てたんですね。
地味な作業をコツコツやるなんて意外と本格的・・・」
「でも、以前はね、アステラ様がかんしゃく起こして
エンジンを握りつぶしてしまったこともあったんですよ」
「いいい!? エンジンは握りつぶせるようなもんじゃ・・・」
「ムラサキ、余計なこと幸太郎に吹き込むんじゃないわよ」
「はい、失礼しました。アステラ様。ふふふ」
意外な趣味と、恐ろしい事実を聞かされた幸太郎は
複雑な表情で固まった。
まあ、それはさておき、ムラサキの服装についても聞いてみた。
「ムラサキさんのズボンはジーンズですよね?」
「ええ、アステラ様と一緒に日本へ『じーぱん』を
買いに行ったんです」
「そうだったんですか。よくお似合いです」
確かによく似合っている。
しかし、なんというか口に出せないところもある。
ティーシャツは胸に『ひまわり』のプリントが入っているが、
ムラサキの胸が大きいので、左右に間延びした結果、
ラグビーボールみたいに楕円形になってしまっている。
そしてジーパンはせいぜい3000円程度の安物で、
高いビンテージとかダメージジーンズなんかじゃないのだが・・・。
『えろい』
なんかタイツみたいになっていて、ふとももの形がはっきりわかる。
それにタックインしているせいでウエストの細さも
強調されていた。本体のスペックが高いせいで、
安物のジーンズのはずだが、
高級品よりも美しさを魅せているのだ。
そして、幸太郎が一番気になっているのが、ジーンズの足首の所。
「ムラサキさん、足首のとこ、裾は折り曲げているんですね。
ワイルドスタイルですか」
「ええ、アマテラス様が、じーぱんの裾は切らずに
折り曲げておくのがカッコいいと言ってました」
「ええ、野性味があって、かっこいいですよ」
「ありがとうございます、幸太郎君。うふふ」
だが、幸太郎は内心こう思っている。
(やっぱり、昔の流行そのまんまだったのか・・・。
ジーパンの裾を切らずに折り曲げておくのは
俺が子供のころ流行ったやつなのに。
アマテラス様にしてみれば、
『つい最近』の話なんだな・・・。
神々の感覚は人間と全然違う・・・。生きてる時間軸が
根本的に違うんだ。たぶん、神々ってのは本来、
恐ろしく長期的な気の長い
タイムスケールの中にいる存在なんだろう)