分岐点 32
「そうだ、アステラ様、ムラサキさん、まだここにいる時間は
ありますか?」
「ん? まあ、もう少しくらいなら。ここは厳密には
地上じゃないし。どうしたの?」
アステラが不思議そうに答える。
「では、しばしお待ちを。世界樹様、お力を貸してください」
「ほう。何をする気だ? 幼子よ」
幸太郎の目がギラリと光る。
「『芋煮会』です!」
幸太郎は芋煮会と言ったが、本来芋煮会で使うイモは
里芋である。地域差はあるというが、だいたいサトイモ。
幸太郎はそれをサツマイモでやろうというのだ。
まあ早い話、サツマイモを入れた味噌ちゃんこ鍋である。
芋煮会は大変長い歴史を持ち、天照大神が天岩戸に
お隠れになった時、天岩戸の前で芋煮会を行い、
その匂いで天照大神を誘い出したという逸話が残っている(大うそ)。
またクレオパトラはカエサルを芋煮会でもてなしたという
史実もある(大うそ)。
武田信玄と上杉謙信も川中島最後の戦いで、芋煮会を行い
戦いの終止符とした(大うそ)。
秦の始皇帝も、中華統一を祝い、諸将を集め
盛大な芋煮会を行ったという(大うそ)。
かのナポレオン・ボナパルトも『わが辞書には
芋煮会という文字しかない』と側近に話した(大うそ)。
大陸の英雄チンギスハンも芋煮会は大好きだったらしい。
そのため、チンギスハンの正体は源義経ではないかという
伝説が生まれた(大うそ)。
イエスキリストも修行中に悪魔が現れたとき、
『人はパンのみにて生くるに非ず』と言って石を
芋煮に変え、美味しそうにムシャムシャ食べたらしい(大うそ)。
宇宙世紀でもナムロ・レヒと、シャー・ズナブルが
終戦時に『手打ち』として芋煮会を行っている(大うそ)。
古今東西、芋煮会は人類に平和をもたらしてきた。
幸太郎はそれをサツマイモで作る気なのだ。
「皆様、しばしご歓談をお楽しみ下さい。
モコ、ポメラさん、手伝っていただけますか?」
「お任せ下さい、ご主人様!」
「私も手伝いますよ。何から始めますか?」
モコとポメラは並ぶと本当に姉妹にしか見えない。
そっくりだ。幸太郎は料理の説明をする・・・というか、
味噌ちゃんこなので、とにかく食材を入れてゆけばいいのだ。
牛肉、豚肉、モアの肉、ガンボアオオシジミ、
白菜、キャベツ、ネギ、小松菜、
ニンジン、タマネギ、サツマイモ・・・。
味のバランス? 味が喧嘩する?
幸太郎の頭は難しいことを考えられない。
海原雄山が見たらトップロープから
ムーンサルトボディプレスをかましてくるレベルだ。
幸太郎の頭はぽんぽこぷー。
出汁は干した小魚とハロハロのキノコ。
シジミからもいい出汁が出る。
水は幸太郎が無限に作れる。そして、味噌だ。
幸太郎は白米のご飯も作ることにした。
正直、水の分量がわからないが、日本人には米が無くては
心が死んでしまう。
「我に任せるがよい」
世界樹が大鍋に入れた米に対して、正確な水の量を
足してゆく。そして、それを見ていたポメラが一言。
「憶えたわ」
なんとポメラは一発で正確な分量を把握したというのだ。
料理に関しては超人的な才覚を持っているらしい。
ついでに言うと、蹴りの威力も超人的だ。
そしてポメラは、モコにも憶えさせた。
「ごめんなさいね、幸太郎さん。この子ったら、
料理に関してはどんくさくて、戦う事ばっかり・・・」
「お、お母さん! 今、そんなこと言わなくてもいいでしょ!」
幸太郎は照れながら笑った。
「では、火を入れよう」
世界樹がそう言うと、いきなり米が炊き上がり、
鍋が煮えた。食材も完璧に火が通っている」
『どんな理屈なんだろう???』。幸太郎はそう思ったが、
世界樹はロストラエルの魂を分解して植物に変えるような
力を持っているのだ。この程度は造作もないのだろう。
幸太郎たちが味噌ちゃんこを作っている間、他のみんなは
アステラとムラサキに集中していた。
「初めまして、アステラ様。僕はギル・・・ギブルスと
申します。お目にかかれて光栄に存じます。
その美しく、輝かしいお姿に、僕の心は天にも舞い上がる気持ちです。
あなた様は、まさに太陽そのもの・・・。
ああ、この喜びを、なんと言い表せばいいのか・・・」
「はいはい、まずは鼻血を拭きなさい」
なんとギブルスは『紳士モード』でアステラを口説こうとしていた。
恐るべき老人である。
これを見たイネスとバーバ・ヤーガは
顔を見合わせて『またか』『またね』と苦笑した。
ギブルスは真剣なのだが、本物の神、それも
太陽神を直接見たせいで大興奮。
さっきから鼻血が止まらない。
いや、そもそもアステラ、ムラサキ、オーガス、
リーブラ、ロストラエルという神や悪魔を
『直接』見ることができたせいで、
最初っから興奮して目からビームが出ていた。
またドライアードたちはストーブにあたる猫のように
アステラの周りでうっとりしている。
太陽の波動で光合成しているのかもしれない。
バスキー、ジャンジャック、グレゴリオはムラサキに
一手指南してもらっていた。先ほどの動きを見た
バスキーが『ぜひとも、お手合わせを!』と願い出て、
ムラサキが『では少しだけ』と木剣で試合をしている。
だが、バスキーが本気で打ち込んでいるのだが、
全てムラサキに軽々と捌かれる。
挙句の果てに、バスキーの閃光のような剛剣を
左手の人差し指と親指で『つまんで』止めた。
幸太郎にはバスキーの剣は早すぎて、まるっきり見えない。
その見えない剣をムラサキは易々とつまんで見せたのだ。
「迷いのない、いい太刀筋です。ですが、まだ勢いに任せて
力が集中できていません。剣全体で斬るのではなく、
剣の中で、さらに力を一点に集中させると、より一層・・・」
バスキーも大興奮で話を聞いている。自分よりも圧倒的な
強者など見たことがなかったからだ。
そして、剣の道のさらなる深奥を垣間見て感動が止まらない。
興奮しすぎて、鼻息がルストハリケーンみたいになってる。
「次、お願いいたします。私はジャンジャックと申します!」
ジャンジャックすら、いつもの砕けた感じではなく、
貴族らしい言葉づかいでムラサキに相対した。
グレゴリオも3番目に手合せしてもらうのだろう。
わくわくしながら試合を見ている。
そして、アカジン、ミーバイ、ガーラ、タマン、武装メイドたちは
少し離れてアステラとムラサキを見ていた。
『ミニ・ギブルス』みたいなアカジンたちは、
感動の涙と興奮の鼻血をとめどなく流している。
アカジン、ミーバイ、ガーラ、タマンは凛々しい顔で言った。
『流れよ、我が、はなぢ』。
武装メイドたちも、さすがに本物の神を間近で見て、
感動している。いつものクールな姿はない。
『嫁ーズ』はアステラの方を見たり、ムラサキの試合を見たり、
幸太郎たちの料理を見たりと思い思いの場所にいる。
ファル、エーリッタとユーライカはアステラと話している。
太陽神に興味があるようだ。
クラリッサとアーデルハイドは、バスキーたちの練習試合を
見ていた。学ぶところが多いのだろう。
そして、我らがエンリイは
『見たこと無い食材と調味料』を使った料理に釘付けだ。
食いしん坊。
幸太郎はせっかくなので『お菓子』も作った。
サツマイモで焼き芋を作る。というか、茹でる。
それを輪切りにすると、バターを溶かしたフライパンで焼く。
そして熱くなったら、チーズを乗っける。
チーズが溶けたらハチミツをかけて出来上がり。
サツマイモの表面を柔らかいままにするか、ちょっと
カリッとさせるかは、お好み次第だ。
料理というには程遠いが、オヤツとしては上出来だろう。
幸太郎が一人暮らししてた頃、時々作って食べていたものだ。
ポメラが興味津々で幸太郎の作った『お菓子』を見ていた。
「幸太郎さん、このサツマイモは村でも栽培できるかしら?」
「ええ、サツマイモは頑丈で、
むしろ少し土地がやせてるくらいの方が良くできます。
栽培方法は水はけのよい土地に畝を作って・・・」
幸太郎がポメラにサツマイモの作り方を教えていると、
突如歓喜の声が上がった。
「あま~~~いっ!!」
待ちきれなくなったエンリイが『焼き芋』を食べ始めたのだ。
いい匂いに我慢の限界がきたらしい。
当然、サツマイモは初めて食べるのだろう。甘いはずだ。
「あー! エンリイ! まだ早いわよ!」
「まあまあ、もう頃合いだから始めよう。
モコ、他のみんなも呼んできてくれ・・・」
幸太郎はそう言ったが、すでにエンリイの声に反応して、
全員の注目が集まっていた。
「呼ぶ必要はなさそうですね、幸太郎さん」
「そうですね、ポメラさん」
幸太郎は『マジックボックス』からテーブルを取り出すと、
まずはお酒の樽を設置。飲み放題。
そして全員分のお椀に味噌ちゃんこを注いでゆく。
もちろん、白米も食べ放題だ!
最初、白米については『味が薄い』『あんまり味がしない』と
感想が出ていたが、次第にその評価は変化する。
「これ! 白米ってやつ!
この『味噌ちゃんこ』ってのと、すごく合うぜ!
食べれば食べるほど、うまさが増してゆく!」
「ううむ、肉とも、野菜とも合う。味噌という調味料とも
お互いを高めあうようだ」
「これは何とも不思議じゃ。南方の長い米に似てるが、
もちもちとした触感、粘り気、うまみが強い。
それに、こいつは甘くて香りがいいぞ!」
「ほのおほめっへはめははむほろはまみはへへ、
ほんほんほいひふはっへゆふー!!」
やはりエンリイの正体はハムスターの獣人らしい。
ほっぺたがまん丸だ。かわいい。
「もう・・・何言ってるかわかんないわよ、エンリイ・・・」
「まあまあ、たくさんあるから好きなだけ食べていいよ」