分岐点 30
「・・・まるで幸太郎は全ての人間を滅ぼさない限り、
戦争は無くならないと言ってるように聞こえるが?」
「それは・・・そうでしょうね。多分、究極的には
それしかないと思います。ですから、逆に私は戦争も宗教も
無くならなくていいと思っているのですよ。
人は争い、殺し合う。
でも、その中で少しでも争いが減り、
戦争が遠のき、
被害が少なければいいと思っているのです。
・・・酷い事を言ってるという自覚はあります・・・」
「そうか・・・お前は変な所で優しい奴だな。
お前も生きにくいだろう? はははは」
リーブラは苦笑して議論を打ち切った。
何か答えが出たわけではない。何も決着はしていない。
だが、リーブラの心は久々に晴れ渡ったような気分になった。
罵倒ではなく、忌憚ない意見の交換が心地よかったからだ。
幸太郎はリーブラに賛同もする部分もあるし、
意見が違うところもある。
幸太郎はリーブラの意見を邪悪と決めつけて罵ったりしなかった。
説教くさいことも言わなかったし、
リーブラを論破して『やりこめてやろう』ともしなかった。
(私が女というだけで、聞く耳を持たない者も大勢見てきた。
悪魔と言うだけで、最初から全てを
否定する者だっていたというのに・・・。
幸太郎は真正面から私の目を見て、私の言葉に向き合おうとした。
面白い奴だな。やはりお前が欲しい。
だが、バーバ・ババと同じく、仲間にはなってくれんか・・・。
少しさびしいが、それを押し付けるのは女がすたるというもの)
リーブラは自分の欲を抑え込んだ。それができるのも、
『大人の女』というものだ。
「うむ、お前の意見はうなずけるところもある。
面白かったぞ? だが、私は宗教を滅ぼすことは諦めん。
何しろ、私は神に反逆する『悪魔』なのでな。
たとえ、全ての宇宙、全ての星、全ての世界に前例が無くとも、
あらゆる世界の者どもが成し得なかったとしても、
私が最初の1例目を作ればいいだけのことよ。
私が先駆けとなる。
私が新しい道を切り開こう。
他の世界が成し遂げられなかったことを、
私が可能だと証明してみせよう。
例え1人だけでも、私はいつか、いつの日か、
この世界を変えて見せる」
「リーブラ様、私を忘れたら困りますよ?」
セリスが優しく微笑んだ。
「ははは、そうだったな。『私たち2人』で、だ。
これからも頼むぞ。
お前には誰も見たことのない世界を見せてやる」
セリスの言葉にリーブラも微笑む。
「リーブラ様、正直に言うと、私はニコラの件があったので、
あなたを憎んでおりました。
ですが、あなたの高い志には
敬意を抱かずにはおれません。
なんとも複雑な気分です。困りました。
私はあなたほど気高く、勇敢な人は見たことがありませんよ。
私なんかでは到底かなわない。
人の縁とは奇妙なものですね。
たったこれだけの時間の会話なのに、
今では、あなたを懐かしい友人のように感じます。
あなたの協力者にはなれませんが、あなたへの敬意として、
この歌を贈りたいと思います」
幸太郎は立ちあがると『いつかどこかであなたに会った』を歌う。
最初、リーブラもセリスも『きょとん』として聞いていたが、
次第に柔らかい笑顔で聞いてくれた。
『いつかどこかであなたに会った』は
『太陽の子エステバン』のエンディングテーマの歌だ。
この歌は、友への変わらぬ思いが込められている。
憎んでいた悪魔であるリーブラに
この歌を贈ることになろうとは、
幸太郎は思ってもみなかった。しかし、贈りたい。
その自分自身に驚いている。
幸太郎を狂ってると思う人もいるだろう。それは正論だ。
ただ、リーブラにしろ、幸太郎にしろ、他人から
『お前は狂ってる』と言われたところで大して気にしない。
なぜなら、この2人ともが
『では、聞こう。お前は何を根拠に自分を狂っていないと
証明できるのだ? 是非、教えてくれ』
と言うだろうから。
幸太郎は自分をまともな人間だと思っていない。
凡人だとは思っているが。
「いい歌だな。お前の故郷の歌か。なぜだろうな、
妙に懐かしい気がする。かつて、どこかで聞いたような・・・。
忘れていた何かを思い出しそうになった。
ふふ、何を忘れてしまったのだろうな、私は。
お前の気持ちは受け取った。
今日のところは、ここまでにしよう。
しかし、お前を諦めたわけではないぞ? いや、ますます
お前が欲しくなった。いつでも私の元へ来るがいい。
そうだ・・・ここまで付き合ってくれた礼をしよう。
何か欲しいものはあるか?」
「いいえ、特に欲しいものはありません」
「そうか。では、感謝の気持ちは、このくらいにしておこうか」
そう言うと、リーブラは幸太郎の首筋にそっと手を当て、
幸太郎の頬に軽くキスをした。
それは実にスムーズで、自然な流れのキスだった。
そのため、幸太郎は全く無警戒にキスを受けたのだ。
「りー、りり、りいぶら様!?!? にゃ、何を!?」
幸太郎はワンテンポ遅れて真っ赤になった。舌噛んだ。
「ん? なんだ、その反応は? ははぁ・・・もしや幸太郎、
お前『女』を知らんのか・・・?
ふむ、では先ほどの礼を兼ねて、私が女というものを
教えてやっても・・・いや、やめておこう。
なにやら、すごい目でこちらを睨んでいる者が
大勢いるのでな。はっはっはっは!」
リーブラは本当に楽しそうに笑った。
その様子をセリスも楽しそうに見つめている。
(とても悪魔には見えないなぁ・・・)
幸太郎は真っ赤になって額の汗を拭きながら、
改めてそんなことを思った。
完全に今までのイメージは消し飛んだ。
幸太郎は元の地球でも、これほどスケールの大きな考え方を持つ
女性は見たことがなかった。
もちろん、自分の地位と利益確保に汲々とする、
みみっちい男たちなど言うに及ばない。
そしてセリスも美しいが、リーブラも美しい。
現在このテーブル付近は、やたら美女密度が高くなっているが、
それでもリーブラの凛々しい美しさは目を引く。
「よし。今日の所は帰るとしよう。
セリスからは何かあるか?」
セリスは幸太郎の席の後ろまで歩くと、
椅子に座った幸太郎の肩に後ろから両手を置き、穏やかに微笑む。
「幸太郎さん、私からも感謝の言葉を贈りましょう。
こんなに心から楽しそうなリーブラ様は久しぶりに見たわ。
もし、良かったら、これからも時々話し相手になって欲しいくらい。
・・・あなたは変わってる。本当に変な男ね。
あの人も・・・変わってたわ。
どうして男というものは・・・こうもバカなのかしら・・・。
ふふ、ごめんね、失礼」
リーブラは席を立った。そして、ここにいる全員に
『また会おう』と別れを告げた。
「大丈夫? ここから帰れる?」
ムラサキは思わず昔の調子で『マリー』を気遣う。
「無論だ。・・・今の私は悪魔なのだから」
そう言うとリーブラはセリスを伴い、幻のように消えていく。
「とても面白い話でした」
オーガスも立ち上がった。もちろん、これは本気で言っている。
嘘ではない。
「有意義な時間でしたよ。皆様との友誼も深まったと思います。
話の内容も興味深く、感銘を受けるものばかりでした。
では、私もこの辺でお暇いたします。
アステラ様、ムラサキ様、そして幸太郎君。
また会いましょう。
ああ、そうそう。ロストラエルについては、ご心配に及びません。
私からも、もう少し冷静で自重した行動をするように
諭しておきます・・・」
オーガスは笑いながら煙のように消えて行った。
その爽やかな微笑みは美男子と言うより他にない。
ただ、その笑顔はリーブラと違って
紙に描いた絵を張り付けているように白々しい。
ただ、オーガスが『有意義な時間』と言ったのは嘘ではない。
少なくとも退屈はしなかったのだから。
事実上、無限に生き続けることができるオーガスにとって、
『退屈』こそが最も唾棄すべき敵なのだ。
オーガスが能力を与える人々など、オーガスにとっては羽虫同然。
あまりに頭が悪く、何も考えずに、
女を見れば『女!』と叫び、
お金を見れば『お金!』と叫ぶような愚か者など、
何の価値も見いだせないのである。
だから、せめてその愚かな命と愚かな肉体で炎の中へ突っ込み、
火だるまとなって踊り狂う無様な姿でも晒して
自分を楽しませて欲しいと考えているのだ。
『どうせ君たちは何の価値もないんだ。能力を与えるから、
せめて、それくらいしてくれないと困るなあ』
これがオーガスが能力を与える者たちへの、偽らざる気持ちだ。
そして、能力を与えられた者たちは、
本当に無様に踊り狂って死ぬ。
例外となった人の数はごく少数。