分岐点 27
幸太郎はリーブラから、
『リーブラ教によるオーガス教襲撃事件』の顛末を聞いた。
もちろん、この話の中にクルームリーネの調査内容については
含まれていない。
リーブラどころか、オーガスですら、
そこまでは見ていないから知らないのだ。
彼らは強大な力を持っているが、
当然、全知全能というわけではないのである。
ただ、そのせいでクルームリーネが
『黒フードのネクロマンサーはカーレの冒険者ではないか?』
という推測にたどり着いたことは、まだ誰も知りえていない。
リーブラは幸太郎に聞いてみた。
「・・・率直に聞こう。お前の計算通りになったか?」
幸太郎は少し困った顔で、ちらっとアステラとムラサキの
顔を見た。だが、両者とも無表情で目を閉じている。
「はい。全て私の計画通りです」
「そうか・・・。くっくっく、はっはっは、
あーっはっはっはっは!!」
リーブラは愉快そうに大笑いした。セリスは、その様子を
驚きの顔で見つめている。
(・・・リーブラ様、本当に楽しそう・・・。
誰かがやったことに対して
こんなに喜んで笑うのは、いつぶりだろう・・・)
そして、オーガスまでもが楽しげに『クスクス』と笑っていた。
一方、幸太郎は大悪魔2名が楽しそうなので、
ちょっと複雑な心境だった。
もちろん、幸太郎には両者の『笑い』の
意味が全然違うことに気づいている。
ひとしきり笑い転げたあと、リーブラは幸太郎に
『これで前置きは終わりだ。本題に入ろう』と少し顔を近づけた。
「幸太郎。お前は異世・・・ごほん、お前は『遠く』から来たな?
お前のいた所は、この場所よりも『先へ』行ってるようだ。
お前に聞きたい。そこの人類は平和になったか?」
「いいえ」
幸太郎は即答した。
リーブラもある程度予想していたのだろう。
やや表情が曇ったが、全然驚く様子は無い。
「そうか。では、その理由はなんだと思う?
お前の感想で構わない。聞かせてくれ」
「・・・結局、人類はそれぞれ考え方が違うからだと思います」
「考え方が違う・・・か。そうだな。私も同感だ。
では・・・世界を平和にする方法はあると思うか?」
「わかりません。私の故郷でも、古代から人類は争いを
繰り返してきました。人類の歴史は戦争の歴史と言って
いいでしょう。戦争が人を殺し、戦争が科学を発展させ、
戦争が世界を繁栄させてきたと言い切る者もいます。
そして、それに反論できる人はいませんでした」
残念ながら戦争こそが人類を繁栄させたという理論には
反論し難い。
何しろ現在人類最大の発明と言われる
インターネットすら、アメリカのアーパネットという
軍事技術が元になっているのだ。
仮に『戦争が科学を発展させた』ということに
反論しようとすると、
その人は大半の科学技術を使用不能になってしまうだろう。
反論をネットに載せようものなら、
その瞬間に無知を全世界へ発信することになる。
そして、その恥はデジタルタトゥーとして、
永遠に電脳空間に刻まれるのだ。
その人が死んだ後でも・・・。
「そうか・・・。やはり、お前の世界でも、そうなのか。
この世界の魔法も似たようなものだ。
元素魔法1つとってみても、
基本的には『相手を殺すため』に発達したものだからな。
念話を発見したのも、それによる長距離通信も、
元はと言えば戦争での利便性を買われてのことだ。
ついでに言うなら伝書鳩が改良され続けてきたのも
戦争のためだ。
『洗浄』『装着』『飲料水』のような生活魔法も
元を辿れば『ムウ・ラウラ・ワーロック』が
戦争のために貴族から依頼を受けて、
元素魔法をベースに制作したものだ」
(生活魔法って、あの『ストーム・ルーラー』が作ったもの
だったのか・・・)
幸太郎はちょっと驚いた。
彼の魔法についての天才ぶりがうかがえる。
リーブラは話を続けた。
「結局、お前のいた所でも・・・同じ、か。
もしかしたら、違う世界には
『平和な世界を作った人類がいるのかもしれない』と
淡い期待を持ち、その方法を学びたいと思っていたのだが・・・。
そうはならないのか。
人間は、そうはなれないのか。
人間は・・・そうは・・・ならなかったんだな」
リーブラは溜息をついた。そして悲しそうな顔をした。
その悲しそうな顔に、幸太郎は少し胸が痛んだ。
元の地球は、この異世界よりも数百年は
先を行ってるように思えた。
魔法文明と科学文明という違いはあるにせよ、
同じ人間が生きていることに変わりはない。
だが、その『数百年の差』の間に
戦争で死んだ人の数を比べるならば、
元の地球の死者は、
この異世界の数万倍にも上ることになるはずだ。
この世界は死が近い。すぐに人が死ぬ。
だが、単純に死者の数を比べるなら
『この異世界の方が優れている』と言わざるを得ないだろう。
元の地球の人類の方が、残虐なのだ。
「戦争をなくす方法は無いでしょう。
一部の為政者が悪いとかいう意見もありますが、
その人物とて、結局は人々の間から
出現したものです」
例えばヒトラーが石器時代に生まれたとして、
『マイン・カンプ!』などと叫ぶだろうか?
スターリンは? 毛沢東は? ポルポトは?
石器時代の人々は『頭がおかしい』と無視するか
『迷惑』として殺してしまうだろう。
その時代の人々の『常識』が
彼らを作り上げたわけだ。
そしてヒトラーにナチスと親衛隊が、
毛沢東に紅衛兵がいたように、必ず賛同者がいる。
為政者が1人で叫ぶだけなら、それは狂人でしかない。
大勢の人々が賛同するから独裁者になるのだ。
「ふむ・・・。カエルどもの国から生まれた代表は、
結局カエルだというわけか」
「その通りです」
「ならば、やはり変えるべきは人々の『常識』のほうだろう。
人々に教育を施し、全体の底上げをするなど、
手はあると思うが、
私は宗教こそ、全ての元凶だと思っている。
いや、確信している。
先ほどのセリスの話の時も少し触れたが、
『亜人・獣人は神の失敗作』などという愚かな考えの発端は
小さな、小さな宗教の開祖が言い出したことだった。
だが、『神がそう言った』とねつ造した開祖の発言を、
信者たちは歓迎したのだ。
それを信じて亜人、獣人を差別すると
気分が良かったからだな。
劣等感からくる鬱憤を晴らせて、
さぞ楽しかったのだろう。最高の娯楽だったわけだ。
その宗教はエスカレートして、ついに亜人たちが
人族の町を蹂躙し、大量虐殺をしたというデマまで作り出した。
さらに『獣人は妊婦の腹を裂き、胎児を生で喰う』という
話をねつ造し、流布した。
人々はその話を面白がり、歓迎したよ。
つまるところ、その根も葉もない出鱈目が広まったのは、
人族がその話を好きだったからだ。
だから次々に『架空の話』に証拠や根拠が
『後から』作られていったのだ。
・・・競うようにな。
その宗教自体は小さいまま発展しなかったが、
その『神の失敗作』というねつ造だけは
野火のごとく広まっていった。
しかし、先ほど話した通り、セリスとバーバ・ババが
ウラス王を殺し、ソルセールの町を滅ぼした結果、
表向き極端な差別発言をする者はいなくなった。
『楽しくなくなった』からだ」
「・・・そうでしょうね。人は楽しくないものは
続けることができません。よく『感情的になるな、
理性的に考えろ』といいますが、結局のところ
理性だって感情の一部分にすぎませんからね。
『例え自分が不利益を被ることになっても、
筋を通した方が最終的には気分がいい』
これが理性の正体です」
「お前の言う事は面白いな。その通り。
人間は楽しくない事は続けられん。
なにがしか、楽しいから『やる』のだ。
亜人・獣人を差別し、見下すのは、それが気持ちいいからだな。
お前がリーブラ教を操って見せたのと同じ理屈だ。
リーブラ教のバカどもがオーガス教を襲撃することに
固執したのは、『面白い』からだ。
『痛快』だからだ。
気分がいいから『襲撃』を止めようというものは現れない。
女神リーブラの名を掲げ、正義の使者として大喜びで人々を殺す。
宗教とは依存性のある毒薬みたいなものよ。
心が麻痺し、正常な判断を奪う。
だが、その快楽に逆らえない。
もっともっと、その毒薬が欲しくなる。
リーブラ教を操り、オーガス教を襲撃させたお前は
実に好ましい。
お前には、その毒薬に対し頑強な抵抗力を持っている
ようだからな」
そう言うと、リーブラは再び楽しそうに笑った。
「お褒めにあずかり光栄ですが・・・その、良かったのですか?
リーブラさんの名を冠した宗教を操ったのは・・・?」
「ん? さっきも言ったであろう。
元々はオーガスの真似をして実験的に作ったものだと。
最終的には私自らが滅ぼす予定だ。
何も困りはせん。
そもそもオーガス教とて・・・、いや、これは
オーガスの領域の話だな。私が言うのは信義にもとる」
「あ、別に構いませんよ。私もオーガス教がなぜできたのか、
想像はついてますから。
オーガスさんの本名は『ルキエスフェル』。
なのに、宗教は『オーガス教』。
オーガスさんは
『力を与えた者たちが勝手に宗教を作った』
とおっしゃってましたが、
これは嘘です。ちゃんと最初から偽名を教え、
宗教を作れと言ったのでしょう。
力を与えられた『愚か者』たちが、その力でイキリ散らして
世の中に騒動を巻き起こす。
人々を苦しめ、殺す。
でも、それは力を与えられた愚か者たちが、
最後の最後に『オーガスに助けを求めて死ぬ』のが
面白いから偽名を使っているのでしょう。
存在しない神の名を叫び、すがり、
全てが無駄となって滅んでいく。
その無様な姿がルキエスフェルさんは愉快なんですよ。
まったく、いい趣味してますよね・・・。
だからあえて宗教を作り、偽名を使わせているのでしょう。
『オーガス教』は世の中に
『ほどほどの混乱』をもたらすために、
そこそこ良い教えと、そこそこ狂ってる教えを拡散させる
『道具』だと思います。
ロイコークたちのような狂人に、
最強クラスのスキルを与えるのも、その一環ですよ。
頭がおかしいのに
『でも神からすごい能力を与えられてるじゃないか』と、
人々の倫理観を破壊することに一役買ってるのです。
そして仮に人々の恨みを買っても、
憎しみが集まるのは『オーガス』であって、
『ルキエスフェル』ではありません。
自分がやってるのに、自分は恨まれない。
人々は存在しない神の名を叫び、怒り、血を流す。
まあ、あまり人の事は言えませんが、よく考えられてます。
ホント、いい趣味してますよ。かないません」
リーブラとムラサキは目を丸くして、驚いている。
アステラさえも、少し驚いた顔をした。
そして、当のルキエスフェルは、目を輝かせて幸太郎を見つめた。