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異世界徒然行脚 『Isekai Walking~nothing else to do~』  作者: 雨男
ネクロマンサーとアルカ大森林 5
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分岐点 20


 めんどくさがりやのクルームリーネだが、信者たちの様子に



興味をひかれ、やる気が出た。





「馬車の轍はここまでですが、ここからしばらく奥に進むと、


足跡がいくつかあるんです」





「ふーむ・・・」





クルームリーネは、ここでまず馬車の轍を調べた。



確かに、『いきなり』消えている。進んでもいないし、



ましてや1ミリすら戻った跡もない。



方向転換の形跡すら、まるっきり無かった。





(間違いなく唐突に消えている。まるで翼が生えて空に浮いたか、


『マジックボックス』に吸い込んだような・・・。


いや、馬車が入る『マジックボックス』など


あるわけないが)





「よし、足跡はどこだ?」





信者たちが先導する。行きたくないが仕方ない。



しばらく進むと確かに足跡がある。



信者たちが踏み荒らした部分があるが、クルームリーネは



それは叱らないことにした。



先ほどの様子からすれば無理もないことだし、



何より、それが嫌なら最初から自分も



森へ入って調べれば良かったのだから。



自分が他人に押し付けた結果なのだ。



その結果にグダグダ文句を言うほど



クルームリーネは落ちぶれていない。





10分くらい、クルームリーネは足跡を見続けた。





「男が1人、小柄な男が1人、女が1人、子供が1人・・・か?


奇妙な構成だな・・・。こんな場所だ、家族でもなかろう」





この足跡は、もちろん幸太郎、モコ、エンリイ、ファルのもの。



だからクルームリーネの推測は外れている。



『男の足跡』はもちろん幸太郎。『女の足跡』はファルだ。



問題はあと2つの足跡。『子供の足跡』はモコ。



小さくて体重が軽いせいで『子供』と誤解されたのだ。



『小柄な男』はエンリイ。エンリイは190センチの長身だが、



幸太郎よりも体重が軽いし、足も男より小さめなので



『小柄な男』と思われる結果になった。



もし2人が聞いたら、どんな顔をするだろう?





ちなみにこの世界の靴は男女兼用。『装着』の魔法を使えば、



完璧にフィットするので、足さえ入ればいいのだ。



下水道があるせいでハイヒールなどの靴も存在しない。





「次だ。墓標のところへ案内しろ」





クルームリーネの言葉に、信者たちは露骨におびえだした。



行きたくない、戻りたくないのだ。





「嫌か?」





そう言われると信者たちは、渋々進みだした。



・・・震えながら。





しかし、しばらく進むと、クルームリーネが意外なことを言い出した。





「・・・ここまででいい。待ってろ。この先へは来るな。


いや、馬を繋いである所まで戻れ。


『ミストラル』も、そこまで戻って待っていてくれ。


ここからは私1人で行く」





クルームリーネが真剣な顔で、そう命じた。



『ミストラル』はユニコーンの名前である。



信者たちは、渡りに船とばかり、一目散に帰ってゆく。





(なるほど、こいつは・・・一般人にはキツイだろう)





クルームリーネは『霊感』を使用して森を見ているのだ。



足跡があった辺りから、周囲の木々が血まみれになりだした。



そして、ついにここからは樹上からボタボタと血が



したたり落ちている。



この幽気でできた血を浴びると、



生気と魂のエネルギーが吸い取られ、



結果として『寒く』感じるのだ。





なお、幸太郎と一緒に行動していたモコ、エンリイ、ファルが



平気だったのは幸太郎のおかげである。



幸太郎は、ここに留まっていた子供たちの魂を『成仏』させたため、



子供たちの感謝の念がくっついていた。



そのため、木々に染みついた怨念も、



助けてくれた幸太郎1人めがけて『集中して』降り注いだのだ。



『救い』を求めて。



だがムラサキの力で溶接された幸太郎の魂は、



それに耐えられるようになっていた。



そして子供たちの感謝の念が怨念を大幅に中和、浄化。



その結果、一緒に行動していたにも関わらず、



モコ、エンリイ、ファルは



『なんか肌寒い』程度で全く平気だったのだ。





だが・・・ここに幸太郎はいない。





そして、子供たちの霊が成仏し、幸太郎が去った結果、



この一帯にこびり付いた怨念は制御不能になっているのだ。



だから『血の雨』が止まなくなり降り続いている。





「4人の足跡・・・こいつら誰だか知らんが、


この『血の雨』の中を歩いて平気だったのか? 


対策でもあったのか?


この私ですら、踏み込むのが少々ためらわれるというのに・・・。


一体何者だ? 並の人間ではないことだけは確かだが・・・」





クルームリーネは『成仏』を詠唱してみた。



しかし思った通り何の効果もない。



それを確認した彼女は大きく息を吸い込むと、覚悟を決めた。





「しょうがない。行くか」





クルームリーネは進みだした。『傘が欲しいな』と愚痴りながら。





「・・・あれか」





前方に小さな谷が見え、向かって左の方に、石を積んだ



小さな『墓標』があった。



確かに誰かが蝋燭を立てて、お供えをした跡がある。





「これは・・・なんと凄まじい・・・」





クルームリーネは唸った。



『霊感』を使わないと見えない『血の雨』は豪雨のようになって



降り続け、クルームリーネの体は血みどろになっている。



そしてこの小さな墓標には、周囲の怨念が『救いを求めて』



染みこみ続けているのだ。





「これは・・・もう触れてはならんレベルに達しているな。


うかつに触ると、こちらの魂に染みこんでくるだろう・・・」





クルームリーネは『ぶるっ』と震えた。寒いのだ。



血の雨は氷水のように冷えている。



怨念が『温かさ』を求めているせいだろう。



クルームリーネは『マジックボックス』から蝋燭を取り出し、



『着火』の魔法で火をつけた。



そしてそれを供え、手を合わせる。



さらに、紅茶とパンを置くと、いくぶん寒さが和らいだ。



周囲の怨念が火の明るさと、食べ物、飲み物に『救い』を



感じているからだ。








よく怪談などで墓石や仏像を蹴り倒したり、粗末に扱うと



祟られるといった話がある。



あれは単純に祟りがあるというだけでなく、



墓標を蹴り倒した結果、『温もり』と『救い』を求めて



幽霊、怨霊、怨念、怨嗟などが『墓標の代わり』に



その人へ集まってしまうのだ。





『墓標の代わり』になってしまった人物が助かるか、助からないかは



ケースバイケース。



その人物がどのくらい善行を積んでいるか、



どのくらい心身を鍛えているか、



墓標に集まっていた幽霊、怨念はどのくらいか・・・千差万別だ。





ただ、助からなかった場合は、割と悲惨なことになる。



怨念が染みこんだ自分の魂は、その波長が近くなり、



自分が蹴り倒した墓標に集まる幽霊の仲間入りすることが多い。



まれに生きたままでも、幽霊たちの仲間入りする場合さえある。





その後? 家族による供養か、または自力で脱出できなければ、



遅かれ早かれ魂は砕けるだろう。



まあ、心配はいらない。



魂が魚やカエルくらいになれば、もう人間らしい悩みや苦しみは



一切感じなくなるから。



家族や友人、仲間の顔も名前も記憶がバラバラになり



記憶の破片しか思い出せない。



墓標を蹴り倒した後悔も思い出すことは『不可能』になる。



悩みはもう、無い。





墓標や仏像などを盗むのは、さらに止めたほうがいい。



すがる場所が見えなくなった幽霊や怨念は、その墓標や



仏像の残り香を辿り、どこまでも追い続け、



その周りを乱舞し、近くの人々にすがりつくようになる。



場合によってはその幽霊が死んだときの記憶を繰り返し



追体験したり、魂が混ざった結果、



体を乗っ取られたりすることもある。



体を完全に乗っ取られたら、



もう2度と自分の意識と記憶は戻らないから



ノーダメージと言えばノーダメージかもしれない。



他の人間が自分の全てを乗っ取り、



自分の名前を名乗って生きてゆくのだ。



自分の魂は、乗っ取った者の一部として、いずれ同化して消える。



魂自体は不滅ではあるが他人の人格、記憶に『上書き』されるのだ。








「この蝋燭が消える前に撤退したほうがいいな。


いくら私でも長くはもたん。この谷を調べて撤収だ」





小柄なクルームリーネは自力で谷の底へ降りることができない。



谷の深さはせいぜい2メートルだが、何せクルームリーネは



小学生のような体格なのだ。



無理して飛び降りる気にならなかった。



そこで『クレイ・ゴーレム』を作り、足場になってもらうことにした。



上のゴーレムから、下のゴーレムへと掴まりながら慎重におりる。





だが、もう少しというところでガタガタとゴーレムが震えだした。





「ちっ、怨念が染みこんだ土で作ったからか。


言うことを聞け! 私がマスターだ!」





ゴーレムの震えが止まった隙に、急いで谷底へおりた。



ゴーレムは一旦解除して、土に戻しておく。



残しておくと制御不能になりそうだったからだ。





谷の底まで降りたクルームリーネの胸に確信めいたものが閃いた。





「4人の足跡のうち、1人は『黒フードのネクロマンサー』か」





そう思ったのには理由がある。



谷底までおりたのに、上流側も、下流がわも、



まったく1人の幽霊すら姿を見せないからだ。





(この土を被せた部分の下は、おそらく死体があるはずだ。


だが、ここまで接近してるのに誰の魂も見えないということは、


全て『成仏』させた後なのだろう。周囲の木々や土は、


死んだ者たちの残留思念が染みついているだけだな。


こんな過酷な状況下で活動できて、


これほど広範囲に『成仏』をかけてまわれる者など、


私以外では『黄昏の魔女』か・・・


噂の『黒フードのネクロマンサー』くらいしか思いつかん)





クルームリーネは『ネクロマンサー』でもある。



ただ、『死霊術』以外にも数多くの魔法が使えるから



ネクロマンサーと限定して呼ばれないだけだ。



実はエルロー辺境伯が殺されたときに、真っ先に疑われたのは



彼女だったりする。



クルームリーネはエルロー辺境伯が嫌いだった上に、



オーガス教の枢機卿たちの命令に平気で『NO』という



傍若無人な振る舞いを度々見せていたからだ。



もちろん、クルームリーネがブチ切れて



怒鳴り散らしたため、すぐに疑いは撤回された。



そもそもアリバイが成立するからだ。



彼女が『めんどくさがり』のため、



ほとんどの場合、周囲に誰か待機している。





(バーバ・ヤーガの可能性は無いと言っていい。


今、あのヤローはアルカ大森林で枯れ木のような生活をしている。


わざわざこんな遠くまでアイツが来るとは思えん。


あいつの母親という可能性もあるが、


私ですら足取りがつかめん


妖怪ババアだからな・・・。そして何より・・・)





何よりも、先ほど調べた『戦った跡』と『消えた馬車』、



『途中まで消されてた足跡』である。



バーバ・ヤーガにせよ、バーバ・ババにせよ、



『いちいち、こんな小細工はしない』のだ。



誰かに見つかったところで堂々と名乗るだけだし、



刺客が来ても返り討ち。



『正体を隠す』ことなど全く考えない。



そして必要もない。





(正体を隠したがるような奴は、『黒フードのネクロマンサー』しか


いないだろう。お前がゲーガン司祭とマラケシコフを殺したんだな!


そして4人組なら血の跡が全く無かったことも説明がつく)





つまり、クルームリーネは、こう考えている。



戦ったのは『黒フードのネクロマンサー』で、



後始末をしたのが『仲間たち3人』だと。



馬車が消えた説明はできないが、『4人で何か細工をした』と考えた。



もちろん、間違った推論だが、結論は一部正解だ。





(そうか・・・お前が犯人か。見つけ出して殺してやる・・・。


殺してやるぞ、『黒フードのネクロマンサー』め)





この時、すでに若干、クルームリーネに『異常』が発生していた。





クルームリーネは『マジックボックス』から



小さなシャベルを取り出して谷底の土を掘り始める。



このシャベルは少し小さめだ。



さすがに幸太郎のように何でもかんでも入れておけるほど



クルームリーネの『マジックボックス』は広くない。





そして、しばらくすると、ついに骨が現れる。





だが、それを見たクルームリーネは思わず声をあげた。





「な、なんだと!? ゲーガン司祭たちじゃない!!


これは・・・子供の骨!? もう白骨化している!


まさか・・・まさか、この『子供たち』の骨は!!」






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