分岐点 19
「まあ、話を戻そう。死体が消えた理由も意味不明だ。
戦った痕跡はある。しかし血痕も無いし、死体も無い。
『私がこの状況を作るなら』ば、なんとか『マジックボックス』に
1人ずつ押し込んで、森へ捨てるくらいしか思いつかない。
ああ、ユニコーンはだめだぞ。ユニコーンは死体なんか
乗せてくれない。いいなりになる都合のいい存在じゃないからな」
「あ、あの・・・『魅了』や『支配』、『同調』を
使った可能性はありませんか・・・?
それなら生きたまま、どこへでも連れてゆけます。
血痕も死体も残りません」
クルームリーネはため息を1つついて、信者の案を否定した。
「ふー・・・、言いたいことはわかる。『魅了』を使えば、
殺す必要もないし、支配下になった奴らが自分で
歩くから行方不明の謎も解ける・・・そうだな?」
「はい。そして足跡を消せば忽然と消えたように
見えると思います」
「お前は魔法に夢を見すぎだ。魔法は万能ではない。
戦闘の最中に『魅了』や『支配』をかけることは不可能だ。
人間の感情はそんなに弱くはないんだよ。
さらに人数が多すぎる。
私ですら同時に発動できる魔法は2つだ。
『黄昏の魔女』や『ストーム・ルーラー』なら
同時に5つ、6つと発動できるかもしれんが、それでも
30人同時に『魅了』をかけることは不可能だ。
そして、もし仲間が『魅了』にかかれば、
それを見た他の奴らは強く警戒し、
もう『魅了』は絶対にかからない。
おまけに『魅了』にかかった
仲間の目を覚まさせようとするだろう。
さらに言うならゲーガン司祭と聖騎士マラケシコフは
精神支配系の魔法に強い抵抗力を示すはずだ。
そこらの信者たちとは持ってる魔力が違うからな。
そうそう、ついでに付け加えるなら、私は『離脱』の魔法も考えてみた。
だが、『離脱』自体が莫大な魔力量を必要とするし、
死体は『所持品』扱いだからな。死体なら精々2体で限界だ。
無論、馬車のように大きくて重いものは、絶対に『離脱』では
動かせん。魔法も出来ることと、出来ない事がある」
「そ、そうですか・・・私が浅はかでした」
「魔法は確かに便利だが『なんでもアリ』ではない。
スキルと違って、学べば誰でも使えるものだからな。
30人全員に一気に『魅了』をかけることが可能なら、
当然他にそれができる者がいる。
そして、必ずそれに対抗する方法を誰かが作り出す。
そうじゃなければ、その魔法を作り出した者が大陸を
手にすることになってしまう。
その上、同じ魔法を使っても、
ちゃんと勉強し、努力して鍛えている者の方が出力が強い」
生まれ持った才能は車で例えるなら『エンジン』だ。
だが、当然、車はそれだけでは走れない。
エンジン以外の部分は自分で勉強して作る必要がある。
ハンドルやタイヤのようなものから
トランスミッションやドライブシャフト、ブレーキまで
勉強して自作しなくては『車』にならない。
エンジンだけ5000CCあったとしても、タイヤすら無ければ
ママチャリにも負ける。
だから魔法は勉強と努力の差が歴然と現れるのだ。
現実では無自覚に強力な魔法を使うなどという事は
起こりえない。勉強し、努力しないと魔法は使えない。
勉強すればするほど魔法の威力は上がる。
つまり勉強するという事は、自分の魔法が『強い』か『弱い』かが
嫌でもわかるということだ。
幸太郎がインチキなのは、幸太郎は
アステラとムラサキが作った究極の完成品を埋め込まれたから。
ただし、その代り幸太郎は他の魔法が一切使えない。
勉強してないから魔法の基本的な構造すら知らないのだ。
「魔法ってのは生まれ持った才能だけで
他人を意のままにできるような
甘い世界ではないんだ。学びたまえ」
「はい。恐れ入りました・・・」
その信者は頭を下げて謝った。同時にホッとしている。
クルームリーネの機嫌を損ねなかったから。
しかし、クルームリーネの次のセリフに『ぎょっ』とした。
「だがまあ・・・その意見を取り入れよう。
お前たち全員『ガイコツの森』に入って、調べてこい」
「えええっ!?」
「・・・嫌か?」
「いいえ、とんでもない! では早速行ってきます!」
『お供』・・・というか雑用係としてクルームリーネに
ついてきた信者は全員で6人。みんな全力の作り笑いで
森へ向かった。
もちろん、内心では、こんな気味の悪い森へ
入りたくなんかない。
しかし、森よりもクルームリーネの方が恐い。
そして、もう異議を申し立ててもクルームリーネが
聞き入れる可能性がない。
クルームリーネは『マジックボックス』から椅子を取り出し、座った。
小さなテーブルに紅茶の入ったポットまで用意している。
・・・もう動く気がないのだ。
その子供みたいな顔に書いてある。
『どうせ見つからない死体を探しに森へ入るのは面倒くさい』
信者たちは陰鬱とした空気が満ちている森へ入りたくない。
ゲーガン司祭たちが『森に喰われたんじゃないか』という噂もある。
でも行くしかない! 信者はつらいよ。
もっと言うなら、そもそもクルームリーネのお供をしたくなかった。
しかし、誰もお供に来なかったらクルームリーネが怒る。
選ばれた6人は馬に乗れる信者たちの中から
クジ引きで決まったのだった。合掌。
ユニコーンを撫でながら紅茶を飲むクルームリーネを1人置いて、
信者たち6人は、轍の跡を辿り『ガイコツの森』へと進んだ。
馬は森の端っこの木にたずなを結わえておく。
轍の跡はすぐに途切れた。ここで馬車が止まったとしか思えない。
そしてUターンしたような跡もないから、
馬車はここで突然消えたことになる。
「ば、馬車は、ここで『消えた』ことになるな」
「ここまでは、ほ、報告書のとおりだ」
「ここで引き返すってのは・・・だめ、かな?」
「クルームリーネ様がなんて言うと思う?」
信者たちは顔を見合わせ、覚悟を決めると奥へ進んだ。
陰鬱とした森は、ますます暗い影に覆われていく。
信者たちは段々寒気がしてきた。
大神オーガスへ祈る者もいたが、オーガスの正体は悪魔だ。
無意味。
しばらく進むと、信者たちはおかしなことに気づいた。
『道』があるからだ。
誰も近寄らないはずの『ガイコツの森』に、
なんで小さいながらも人の通れる道があるのか?
いや、残っているのか?
自分たちが『道を歩いている』こと、
それ自体が『おかしい』のだ。
そして、ついに信者たちは見つけてしまった。
『足跡』を。
それは幸太郎、モコ、エンリイ、ファルの足跡だ。
途中までは無かった。もちろん幸太郎たちが
『ゴーストブーツ』で空中に浮きながら足跡を消し、
落ち葉などで偽装したせいである。
だが、当然全部消して回るようなことはしていない。
だから子供たちの遺体がある谷の近くまで来ると
残った足跡が信者たちの目についたのだ。
そして、もう1つ、変化がある。
「お、おい、なんか、寒くないか?」
「俺、なんか、頭痛がしてきた」
「吐き気もする、ような」
「お、おれ、なんか全身に痛みが走るんだけど?」
「急に、息苦しく、なってきたよ・・・」
全員、口々に異変を口にする。ここは、周囲の木々に
殺された子供たちの怒りや恨み、
悲しみが染みついている場所。
『霊感』を使うと、木々から真っ赤な血が
したたり落ちているのが見える。
子供たちの霊は全て幸太郎が天へ返したが、
染みついた怨念は幸太郎が何をやっても消えなかったのだ。
足跡を辿り、ついに子供たちの遺体がある小さな谷まで
信者たちはやってきた。
「さ、寒い、寒いぜ、ここは」
「体が重い、痺れるような・・・」
「な、なんか涙が出てきたぞ!?」
「おかしいぞ、これ、なんかヤバいんじゃないか?」
全員震えだした。寒いのだ。歯をガチガチ鳴らす者までいる。
そして見た。『小さな墓標』を。
そこには、つい最近、誰かが蝋燭を立て、
お供えをしたような跡が見て取れた。
もちろん、それは幸太郎が子供たちの冥福を祈ったから。
これを見た全員が、無言で踵を返し、出口へ走り出した。
信者たち全員が同じことを考えたのだ。
『ヤバい、あれは絶対に触れてはならないものだ!!』
森から転げ出るように飛び出した信者たちを見たクルームリーネは、
『何か見つけたな』と思った。
それも『何か良くないもの』を。
「どうした? 死体を見つけたのか?」
クルームリーネの質問に、信者たちはうまく答えられない。
全員、滝のような汗をかき、歯がガチガチと鳴っている。
「おちつけ。もう大丈夫だ。ここには私がいる」
傲慢な言い方だが、効果はあった。流石は『聖騎士』。
「ク、クルームリーネ様、あ、あ、足跡が。
そ、それ、と、小さな、ぼ、墓標・・・」
「『足跡』と『墓標』・・・?」
クルームリーネはゲーガン司祭たちの死体じゃなくて
ガッカリした。が、それはともかく、
信者たちの慌て様に強い興味をひかれた。
そもそもクルームリーネが、今回の調査を引き受けたのも、
『興味をひかれた』からだ。
いくらオーガス教の枢機卿の要請であっても、
クルームリーネは平気で断るような女である。
アイアロスが優等生なら、クルームリーネは問題児。
しかし、『司祭と聖騎士、そして30人近い信者が丸ごと消えた』という
話に興味を持ったのだ。
『殺されたんだろうが、相手はどんな奴だ?』と。
クルームリーネは古の魔法の探究もしているので、
幸太郎ほどではないにせよ、好奇心は強いほうだった。
そして、嫌な考え方だが、相手が誰であろうと、
ユニコーンに乗って逃げれば
『自分だけ』は助かるという計算だ。
信者たち? 時間稼ぎに使える。
「案内しろ」
クルームリーネは即座に命じた。信者たちは戻りたくなかったが、
逆らうわけにもいかない。
それに、あれが何なのか知りたいとも思う。