分岐点 18
クルームリーネはアイアロスが討たれ、
教会が焼け落ちたとも知らず、
ガイコツの森付近で調査を続けていた。
その日の朝9時前にコナの門を出たクルームリーネ。
お供の信者たちに『お前たちは後から来い』と言うと、
ユニコーンの背に乗った。
「さあ出発しよう、『ミストラル』」
このユニコーンは『ミストラル』という名だ。
ミストラルは風のように疾駆した。
コナの町からガイコツの森までは馬車で2時間程度。
だが、ユニコーンなら10分程度あれば楽勝で到着する。
サーラインが1時間ほど待ったのは、このためだ。
クルームリーネがガイコツの森に到着し、完全に調査に
没頭し始めた頃合いを見計らっていたのである。
もし何か忘れ物があったとすると1時間以内に往復できるのだから、
戻ってくる心配があったのだ。
クルームリーネはガイコツの森が視界に入ると、
ユニコーンから降りて、地面や周囲を見ながら歩き出す。
「おいおい・・・ゲーガン司祭たちを探しに来た奴らの
足跡まで混ざってゴチャゴチャじゃないか・・・」
しかし仕方ない。元々は『行方不明』などと考えずに、
ただ馬車の轍を辿って、
信者たちはここへ探しに来ているのだから。
クルームリーネはため息をつくと、
とにかく森へ続く街道を歩いた。
「・・・確かに、この辺りでは戦闘になっていない・・・。
足跡の歩幅は普通だな。その後走りだし、大勢の足跡が北へ・・・。
えーと、地図では・・・そこの北側の丘を越えた向こうに
乱雑な足跡、とある・・・戦闘はそこであったようだが」
クルームリーネは小学生くらいの体格なので、
ちまちまと歩いて丘を登った。
ユニコーンはおとなしく後をついてゆく。
「これは・・・どういうことだ?」
クルームリーネは『戦いのあった場所』を見て、眉を寄せた。
「何かに・・・取り囲まれたとしか思えんな・・・」
丘を下りきる前に全体を俯瞰して見下ろすと、
戦いの場所は広範囲だが
丸い限られた場所の中に集中している。
乱雑な足跡はその円の外には一切無かった。
「しかし、不可解な足跡だ」
クルームリーネがそう思うのも無理はない。
『何かに取り囲まれた』とするなら、取り囲んだ者たちに向かって、
つまり外側へ向かって戦うはずだ。
だが、円の中の足跡は
不規則にめちゃくちゃな方向へ向かっている。
そして、『取り囲んでいた者たち』の足跡が一切見当たらない。
仮に一歩も動いていなかったとしても、雨上がりの地面なら
直立不動の足跡がグルリと巡っていなければおかしい。
草が踏まれた跡すら全然見当たらないのだ。
「それにしたって取り囲んだ者たちと、信者を殺した者たち、
2種類の敵がいないと説明がつかん・・・。
『黒フードのネクロマンサー』なら取り囲むゾンビと、
いや、足跡が無いから、取り囲んだのは
ゴーストか? そしてスケルトンで・・・」
クルームリーネは首を振る。
「違う、それなら『流血の形跡』が無いとおかしい。
雨はあの日以来降っていないと聞く。
ならば血が雨で流れたのではない。
それにゾンビやスケルトンに、そんな『血を流さない』器用な
殺し方ができるはずもない。
そして死体消失。
『死体操作』で死体を森まで歩かせたとしても、
死体消失の謎は解けるが、足跡と流血の痕跡が無い謎は解けん。
それに30人も操るなら
『コープス・ルーラー』にでもなるしかないが、
そんな存在になった奴ならマラケシコフ以外の死体に
関心があるとも思えない・・・。
ならば30回に分けて移動・・・ははっ、馬鹿馬鹿しい、
そんなに時間と魔力と労力をかけて
何のメリットがあるというのだ?
それに、『黒フードのネクロマンサー』は
ジャンバ王国でゴブリンに攫われた女性たちの調査、救出を
何者かの依頼で行っていたはず。
うーむ、やはり『黒フードのネクロマンサー』のセンは無いか?」
戦いの痕跡はあるのに、流血の跡がないのは、幸太郎が
無限に使える『洗浄』で念入りに血を洗い取ったからだ。
だからモコが人狩りを殴り殺した形跡も無いし、
マラケシコフの首が落ちたところにも血の跡は無い。
「何より、問題の『馬車』だ。轍の跡は森へ続いているが、
慌てて逃げ込んだ様子もない。
馬のひづめの歩幅ものんびりしたものだ。
とてもマラケシコフの『ファイア・エレメンタル』が
戦ったようには見えん。焦げ跡1つ見当たらない・・・。
不意打ちで最初にマラケシコフを殺したのか?
だが、ゲーガン司祭のお供の信者がおよそ30人、
そのうえ聖騎士マラケシコフ。
こんな開けた場所で全く気付かれずに
不意打ちができるとも思えんが・・・。
いや、それどころか、一撃で即死させないと、
ゲーガン司祭の『治癒の奇跡』で治されてしまう。
実行の難易度が高すぎるな。
そんな成功率の低い選択をするだろうか?
人数と聖騎士を見れば襲いかかるのは採算があわん。
見つかる前に、さっさと逃げる方が得策というもの。
どうにも辻褄があわんな・・・」
クルームリーネは1人でブツブツと独り言を言いながら、
思考を重ねた。
これはクルームリーネが変な癖を持っているのではない。
『思考』それを『発言』、
そしてそれを自分の耳で『聞く』ことにより、
論理的で確実な思考の積み重ねを作っているのである。
これは現代の日本でも行われている手法だ。
例えば飛行機の安全確認作業などでも、『○○よし!』
『○○確認!』そして指をさし『○○オーケー』と
自分で発言し、自分に聞かせている。
『思考』『発言』『それを聞く』『指をさす』など、
多くの手順と段階を踏むことで、
間違いが減り、記憶にも残る。
そして『今、何か足りなかった』とミスに気付きやすくなる。
企業の営業職でも自分が得意先へ行くときに
忘れ物が無いよう、自分の財布や免許証、カバンなどに番号をふって、
『1、2、3、4、5・・・』と数えながら確認するルーティンを
毎回行う人がいる。
クルームリーネはこの手法を誰かに習ったわけではない。
長年の経験から自力で編み出しただけだ。
クルームリーネが森の外を歩き回っていると、
馬に乗ったお供の信者たちが走ってきた。
「ほう。意外と早いな。馬がかわいそうだから、
無理せずとも良いのに」
クルームリーネは、そう呟いたが、お供の信者たちにすれば
急がなくてはならない理由がある。
クルームリーネが基本的に『めんどくさがりや』だからだ。
自分でやるのが面倒だと思えば、クルームリーネはすぐに
誰かを呼びつけてやらせようとする。
そして周囲に誰もいないと不機嫌になる。
さらに時には八つ当たりまでする。
ただでさえ無愛想なクルームリーネが不機嫌だと、
周囲の信者たちは被害甚大だ。
クルームリーネは別に信者たちに何の思い入れもないので、
怒ったクルームリーネに信者が大怪我を負わされた例すらある。
もちろん、その時クルームリーネは一言も謝っていない。
はっきり言うなら、クルームリーネが聖騎士なんかやってるのは、
『タダで飯が食える』からだ。
あとは時間が自由に使えるから。
クルームリーネは信者への講話や、ミサへの参加などは一切やらない。
断固拒否する。アイアロスとは正反対。
一応、『タダ飯の義理』として要人の護衛などは引き受けるが、
他は一切やらない。まるで用心棒である。
金が必要な時は教会に出してもらうか、冒険者ギルドで依頼を受ける。
一応D級のライセンスを取得してあるのだ。
受ける仕事は基本的に『討伐依頼』だけ。
そして面倒なので見つけたら、即、皆殺し。
教会が何も言わないのは、宣伝になるからだ。聖騎士の強さを
見せつける『広告塔として雇っている』ようなもの。
そして、もう1つ。リーブラ教に鞍替えされると困るのだ。
「ご苦労さん」
クルームリーネのねぎらいの言葉にお供の信者たちは
胸をなでおろした。不機嫌になっていないから。
「いえ、遅くなり申し訳ございません。それでいかがですか?
何か気になることはございましたか?」
一言謝るあたり、信者がクルームリーネの機嫌を損ねないように
気を付けているのがわかる。
「確かに報告書どおり、不可解なことばかりだな。
私に指名がくるのもうなずける。
ただ・・・これは結論が出ないかもしれん」
「なんと・・・クルームリーネ様にそこまで言わせる案件とは」
「あくまで感触としてだが、意図的に『不可解な』状況を
作り出している気がする。例えば、ここの北側に、何か
争ったような足跡が多数ある。だが、1つとして血痕が無い。
信者たちが殺されたとすれば、信者たちの血痕が無い。
そして逆に信者たちが戦っていた相手の血痕もだ。
敵がゴーレムのようなものだとしても、信者は人間。
お互いに武器を使わずに戦っていたというのか?
素手で殴りあっても鼻血くらい出るだろう。
『もし私がこの状況を作ろうとするなら』ば、
戦いが終わったあとで、『洗浄』の魔法を数十回使うしかないな」
「『洗浄』を数十回ですか!? いや、しかし、生活魔法といえど、
そんなに使えば魔力切れの失神を起こしてしまうのでは?」
「私なら100回くらいは連続して使える。
しかし、そんな事をすれば戦闘に使う魔力が足りなくなる。
順番としては戦闘に魔力を使った後で、
さらに『洗浄』を数十回使用ということになるが・・・。
まったく意味がわからんな。
そこまでするなら、戦闘の足跡も
全て消してしまえばいいのに、それはしていない。
つまり選択して『わざと』残していることになる」
「信者たちの間では『ガイコツの森に喰われたんだ』という
噂が広まっておりますが・・・」
「そうだな・・・。もう面倒だし結論としては
それでいいような気がする。死体が消えた理由も・・・」
「ま、まだゲーガン司祭が死んだと決まったわけではありません!」
「死んでるだろ。聖騎士であるマラケシコフまで消えてるんだぞ?
マラケシコフがやられるほどの相手なら残るはザコばっかだろ。
マラケシコフのスキルは有名だ。
そう無敵のファイア・エレメンタルを使役するスキル。
マラケシコフはファイア・エレメンタルを
女の形にして、下着のような服を着せる変態だが、
倒すとなれば私ですら苦戦はまぬがれない。
ウォーター・エレメンタルを2体も召喚すれば対抗できるが、
『サモン・エレメンタル』は召喚してる間は
継続して魔力量をバカ食いするタイプの魔法だ。
そして、それはあくまでもファイア・エレメンタルを抑えるだけ。
奴を倒すには、さらに追加で他の魔法を使うか、
剣で肉弾戦をするしかない。もし戦いが長引けば
私は魔力切れの失神を起こすだろう。
奴のスキルはそれ程厄介なのだ。
そのマラケシコフが『行方不明』なのだぞ?
死んでる以外のどんな結論があると言うんだ?」
「そ、それは・・・」
お供の信者たちは反論できずに黙った。
認めたくはないが、『もう死んでる』以外に
考えられるケースは無い。マラケシコフのスキルは
あまりにも使い勝手のいい優秀なスキルなのだから。
そして野営の準備もしていかなかったし、食料の用意もしていない。
約30人分の食料なら、狩猟で手に入る獲物だけでは賄いきれないだろう。
大型の獲物を探すなら『ガイコツの森』へ入るしかないからだ。
何よりゲーガン司祭は翌日以降の予定が入っていたのに帰って来ない。
もちろんクルームリーネは全ての情報を勘案した上での、
決定的な事実として『あの』マラケシコフが帰って来ないから
『全員死んでる』と冷静に判断しているのだ。
それほど『エレメンタル・ドミネーター』は強い。
ただし、マラケシコフ自身はバカ。
もちろんオーガスも、知っててスキルを与えている。
マラケシコフの頭がモコに斬り飛ばされて、
空中で口をパクパクしているシーンを見たオーガスは
しばらく抱腹絶倒、大爆笑していた。
『彼に能力を与えた甲斐があった』と。
ルキエスフェルは『強力な力を与えられた者が、
自分自身のバカさ加減で能力を生かしきれずに自滅』するのが、
たまらなく愉快なのだ。
だから無償、無条件で
『あなただけの特典です』とおだてながら
最強クラスの能力を与えている。いい性格だ。