分岐点 14
ファルネーゼが幸太郎の邪悪な作戦を世に解き放った日。
それは幸太郎がゴブリンの巣穴を壊滅させた日でもある。
ユタにも『黒フードのネクロマンサー出現! 130匹を越える
ゴブリンの巣穴を滅ぼす』という急報は、
冒険者ギルドを皮切りに次々に飛び込んできた。
もちろんファルは暫定ではあるが領主なので、
何度も何度も様々なルートから報告を受けた。
そして使者が帰った後、
幸太郎と『嫁仲間』の活躍にファルは大興奮、狂喜乱舞。
『自分も行きたかった!』と部屋の中を飛び跳ねた。
ファルもいずれは幸太郎について行くつもりなので、
毎日敷地を走ったり筋トレ、側転などのトレーニングを
行って鍛えていた。飛び跳ねる高さは、『人質』だったころの
比ではなくなっている。
今ではついに前方宙返りができるほど。
『黒フードのネクロマンサー現る』の急報は、もちろん
ユタのサーラインとロザリアの元へも届いていた。
「この情報も、ある意味ファルネーゼ辺境伯からの
情報の正しさを裏付けていると言えるな」
「はい。ゲーガン司祭と聖騎士マラケシコフが殺されたのは
『ガイコツの森』付近。
ゴブリンの巣穴はビエイ・ファームの南東方向。
『黒フードのネクロマンサー』が誰かからの依頼を受けて
ゴブリンに攫われた女性たちの調査をしていたのならば、
当然ジャンバ王国内で活動していたでしょう」
違う。どちらも幸太郎だ。しかし、表面上の動きで言うなら、
ロザリアの見方をするしかない。
「だが、やはり『黒フードのネクロマンサー』は
話の通じる相手だと確信した。囚われていた女性たちを
励まし、『生きて欲しい』と本気の涙を流すなど、
ナイスガイじゃないか」
これも違う。別に幸太郎は嘘はついていないが、
邪悪な作戦で宗教同士を殺し合わせようとする、サイコ野郎なのだ。
異世界より来訪したサイコな日本人。それが幸太郎。
「私も『黒フードのネクロマンサー』に会ってみたくなりました。
今までのような敵対的な調査でなく、もっと穏やかな
調査に切り替えます。サーライン様の言う通り、
聖騎士に推薦するのもいいかもしれませんね」
「女神リーブラ様のために働いてくれる、良き友人と
なってくれるだろう。
さあ、念話を使った会議が始まるぞ。
そろそろ会議室へ行こうか。ダブリンの枢機卿の方々も
我々の作った襲撃計画には賛同して下さるのは間違いない」
この辺が結局『我らこそ神の代理人』を謳う人々の限界だ。
幸太郎と敵対しないことが、イコール、女神リーブラの味方だと
勝手に決めつけている。
だが、ロザリアだけは別の考えを持っていた。
(『黒フードのネクロマンサー』が敵対しなくても、
味方になるとは限りませんよ・・・?
人は宗教に熱心だと盲目になりますね。愚かしい・・・)
ロザリアは自分の目的のために動いているからだ。
この次の日は幸太郎がファルたちと合流。アルカ大森林へ出発した日だ。
ギブルスから『孤児院再建計画』を聞いたイネスは、
ファルと共に大急ぎで仕事を片付ける。
収支の監査、騎士団が崩壊したため軍備の再建計画、各種裁判の判決、
ユタの市民からの陳情、それに対する指示、
商人ギルド、冒険者ギルドからの日報に目を通す、
申請があれば決裁もする。貴族はヒマではない。
ところが、ファルは多忙ではない。なぜか?
それはまず、イネスの存在だ。
イネスは元々ローゼンラント王国の王族だ。
貴族の仕事は良く知っている。
そして、もう1人、実は新たに強力な味方が来ていた。
『セバスチャン』
この老人はミューラー侯爵家からやって来た。
『エルロー辺境伯暗殺』の報を聞いたケン・ミューラー侯爵が
娘の身を案じて、ひそかに送り込んできたのだ。
その正体は4年前に引退した、ミューラー侯爵家の先代執事である。
いくらか変装して、
『平凡な市民から雑用係として雇われた』という建前だ。
見た目はよぼよぼの老人だが、動きは俊敏。
100メートル走なら10秒を切るだろう。
そして、実は見た瞬間にイネスがローゼンラント王国の
第三王女だったことも見破った。
一度しか会っていないのに、憶えていたのだ。
『ただのご老人ではないと思っていましたが・・・』
『それは、お互いさまでございますな。内緒にしておきます』
2人はこんな会話をして笑った。
半ば幽閉されていたファルはともかく、
イネスとセバスチャンが超・有能で、問題、課題を
快刀乱麻で片付けてゆく。
これでファルは安心して幸太郎について行くことができたのだ。
留守もセバスチャンに任せておけばいい。
フェデリーゴ司祭、聖騎士サーライン、聖騎士ロザリアは
念話での会議に参加。コナはバルド王国内なので、
首都ダブリンにいる枢機卿たちとの会議だ。
ファルネーゼからもたらされた『台帳』と、幸太郎が考え、
イネスが補強した『シナリオ』をフェデリーゴ司祭が
得意気に熱弁する。
まるで大掛かりな芝居かオペラのよう。
ダブリンの枢機卿たちは『なんだと! 罪も無い人々を!』
『許せん!』『女神リーブラ様に反逆する行いだ!』
『オーガス教・・・ついに本性を現したか!』など、
口々に叫び、自分たちの正義に酔っ払い始めた。
そして、枢機卿たちは口を揃えて決定を下した。
『ゆけ! 女神リーブラ様の名のもとに、
誘拐された人々を救うのだ!!』
そして、フェデリーゴ司祭とロザリアが作った『襲撃計画』を
反対無しで承認した。
そう、誰一人として反対しなかった。
その最大の理由はファルが最後に言った
『できるだけ穏便に話し合いで解決を』のせいである。
幸太郎の狙い通り、枢機卿の全員が
『残念だが、それは叶わぬ。
正義を成すに躊躇いは不要。手加減していては人々は救えぬ!!』と
ヒートアップして強襲を容認したのだ。
もちろん内心は『我々を誰だと思っている!
我らは枢機卿なるぞ。
神の代理人には誰も指図出来んのだ!!』と思っていた。
反対意見を言われるとムキになる。
ちょろい。
幸太郎のシナリオ通りである。
枢機卿の誰一人として、自分が踊らされている事に気が付かない。
それが一番『気分がいい』からだ。
一応、バルド王国が『エルロー辺境伯が
子供たちを虐殺したという証拠は無い』という建前なので、
ファルネーゼから
もたらされた話や証拠という事実は伏せておくことになった。
別に枢機卿たちはバルド王国を気遣ったのではない。
ましてファルネーゼを庇ったわけでもない。
『何かの取引材料になるかも』と考えただけだ。
宗教に所属している人が善人だなどとは考えない方がいい。
翌朝、サーラインが部隊を引き連れてコナへ向かった。
強襲部隊の信者たちは気合十分だ。
枢機卿たちが満場一致で強襲を支持したせいである。