分岐点 13
ユタのリーブラ教の教会で『襲撃』の方法について話し合いがあった。
『話し合いで解決』? なにそれ?
コナのオーガス教を襲う事に異議を唱える信者は皆無。
全員が気勢をあげている。
そして、その日の夕方、閉門寸前にサーラインがユタへ
帰ってきた。
実はサーラインは、ちょうど問題の中継都市コナにいたのだ。
今朝までユタにいたのだが、
『ゲーガン司祭と聖騎士マラケシコフが行方不明』
という噂が伝わり、情報収集に行っていた。
もちろん『黒フードのネクロマンサー』と『ナイトメアハンター』に
関係してないか探るのが目的である。
そしてユタからの伝令で戻ってきたというわけだ。
教会の念話師は数が少ないので、
首都など主要都市にしか配置されていない。
そして伝書鳩もいない。お金を払って商人ギルドか
冒険者ギルドの鳩師に頼んだほうが手間がなくて安上がり。
もし内容を秘密にしたいなら馬で伝令を送るしかない。
「やはり殺されていたのか」
サーラインは教会に戻るなり、ロザリアにそう言った。
ゲーガン司祭と聖騎士マラケシコフが行方不明と聞いて、
誰もが真っ先に『殺されたのか?』と考えた。
そうでなければ日帰り予定の司祭と聖騎士が帰って来ないなど、
他に理由が思いつかない。
特に司祭は翌日の予定が入っていた。
しかし、オーガス教、リーブラ教、宗教の違いはあれど、
『聖騎士』を倒せる者など、そうはいない。
ロザリアのような、あまり戦闘力のない者もいるが、
だからといって弱いわけではない。
剣の腕前は冒険者でいうならD級くらいの力は十分にある。
魔法やスキルの力を加味すれば、
そこらの人狩りや盗賊の勝てる相手ではないのだ。
まして、行方不明になった聖騎士はマラケシコフだ。
朝、コナへ出発する前、ロザリアとサーラインは
こんな会話をしている。
「マラケシコフは『黒フードのネクロマンサー』か
『ナイトメアハンター』とぶつかった可能性があるな」
「ありえますね。どこかの騎士団の手練れと戦ったのであれば、
その騎士団から正式な発表があるはずです。
『かくかくしかじか、このような理由により止むを得ず斬り捨てた』と、
自分たちの正当性を主張するはずです。
そして何より聖騎士を倒せる
武力を持っているという実力の誇示、自慢になります。
ですが、もしそうであるなら昨日のうちに発表があったでしょう。
発表が遅れて後手に回ると、
オーガス教との関係がこじれるかもしれませんから」
当然貴族や商人の中にも信者はいるのだ。
「その通りだ。騎士団なら主君を窮地に立たせないように、
必ず情報戦で先手を打ってくるだろう。
しかし、だからといって盗賊や人狩りが襲ったとも考えにくい。
聖騎士のローブを着ているのは見ればわかるから、
わざわざ手ごわい相手を狙う必要がない。
聖騎士を襲うくらいなら、
1日か2日我慢して、行商人でも襲ったほうが楽だ。
傭兵や冒険者もありえない。
聖騎士と戦うなど『採算が合わない』からな。
逆にマラケシコフが襲ってきたなら応戦するだろうが、
地位もあり、食うに困らない聖騎士が、
いったい何の理由で傭兵や冒険者を襲うというのか?
それにマラケシコフに勝てるなら、
冒険者で言えばB級以上の力が必要だが、
仮にB級冒険者なら無分別な戦いはしない。
適当な所で痛み分けとするか、
逃げるほうを優先するだろう」
「そうですね。それに・・・マラケシコフのスキルは・・・」
「そうだ、『エレメンタル・ドミネーター』だ。
無敵のファイア・エレメンタルを使役するスキル。
あのバカはエレメンタルに際どい衣装を着せて悦に入る
下品な男だが、見た目はともかくファイア・エレメンタルは
一切のダメージを受け付けない怪物。
『水弾』の魔法でも怯むだけで消えない。
『ファイア・エレメンタルは倒せない』のだ。
そんな能力を持った奴を誰が倒せるのか?
私でも、ロザリアのサポートを受けてマラケシコフ本人を
狙うしか手がないだろう」
当然だが、聖騎士も自分の能力はできるだけ秘密にしている。
自分の能力が敵に知られると、対策を打たれるからだ。
立場上、1つくらい公表することはあるが、
実力の底は絶対に見せない。
それは自分の死に直結するのだから。
ところが、マラケシコフは例外で、自分のスキルの内容と、
『これ以外何もスキルや魔法は持っていない』と公言している。
もちろん、ハッタリや偽情報の可能性もあるが、
冒険者ギルドの『鑑定の水晶』でも、確かにそれしか表示されない。
だが、命令を出せば、あとはフルオートで敵を炭にする
無敵のファイア・エレメンタルだけあれば、十分と言えば、十分だろう。
それは誰もが納得することだった。弱点が無いのだから。
そのせいでマラケシコフのスキルは有名で、誰もが知っていた。
・・・ただ、幸太郎のような相手にフルオートの能力は致命的だ。
実際にフルオートだからこそ、ジストもマラケシコフも
手玉に取られて死んでいる。
「『黒フードのネクロマンサー』のゴーストなら、
ファイア・エレメンタルに
触れることができるのかもしれません。そうでなくとも、
ゾンビなどを大量に召喚すれば盾にはなるでしょう。
『ナイトメアハンター』の能力は不明ですが、
悪魔を倒せるのならば、無敵のファイア・エレメンタルでも
無力化できる可能性はあります」
「うむ。そして何よりも、『戦う動機』の説明がつく。
『黒フードのネクロマンサー』なら教会が賞金をかけている。
立場上、見逃すわけにはいかんだろう。
『ナイトメアハンター』の場合は、
オーガス教の聖騎士に勧誘した結果、冷たくあしらわれたとしたら、
腹を立て激高して襲いかかってしまった場合が考えられる」
ロザリアはうなずき、肯定した。
「ともかく私はコナへ行こう。
何か噂程度でも情報があるかもしれん。
『黒フードのネクロマンサー』にしろ、
『ナイトメアハンター』にしろ、司祭と聖騎士を殺したとすれば、
厄介ごとを避けるため、もうコナ付近にはおるまい。
むしろ他の情報が入ってくるかもしれん。
ロザリアはユタで待機。こっちにいて情報を集めてくれ。
そういえばフェデリーゴ司祭がファルネーゼ辺境伯に
呼ばれていると聞いたが・・・まあ、関係ないか。
こちらを頼む」
「わかりました。サーライン様、くれぐれもお気をつけて」
「心配には及ばんさ。もし出会っても戦う気は無い。
『黒フードのネクロマンサー』が噂通りなら
B級冒険者並みの力を持っているのは確実だ。
正面から戦いを挑むのは得策ではない。それに、噂を聞く限り、
どうも神を冒涜する発言をするような奴には思えないのでな。
まずは話をしてみたい。
そして、できるなら聖騎士に迎えたいと思う」
「聖騎士にですか!?」
「そう驚くようなことでもあるまい?
話の発端はバルド王国の首都ダブリンから
『神を冒涜する発言が確認された』と伝わってきたことだ。
しかし、どうにも、誰かに踊らされてるように思えてならない。
それに、遠回しに探ってみたが、『誰が聞いた』などの根拠が
未だに曖昧なままなのだ。
おまけにエルロー辺境伯が殺害されたというのに、
バルド王国自身は『黒フードのネクロマンサー』に
賞金をかけていない。
これは一体、どういうことなのだろうな?」
「我々・・・いえ、リーブラ教、オーガス教、両方がバルド王国の
中央政府に便利に使われている、と?」
「さぁな。どのみちダブリンの枢機卿たちからの命令だ。
無視はできん。
まあ、ファルネーゼ辺境伯が賞金をかけないのは理解できる。
殺人鬼とはいえ、夫を亡くし、女1人で戦えるのかといえば、
心細くて尻込みするのも仕方ないだろう。
しかし、中央政府が何の動きも見せないのは、
疑うに足る根拠ではないか?」
「『敵対するなら次はオマエだ』のメッセージが効いてるのかと
思っていましたが・・・。表向き何も動きを見せないのは、
『代わりに我々が動いている』から・・・ですか」
「もし、そうなら命がけで『黒フードのネクロマンサー』と
戦う理由は無い。どうせ姿も本名も知られていないのだ。
話の通じる奴だったら、
『モーラルカ小国群からきたジョンです』とでも
名乗らせて仲間に加えたほうが得策だと思わないか?」
「おっしゃる通りですね。あとは適当に探すふりだけしてれば
事は収まります。正直に言えば、エルロー辺境伯など
殺されて当然だと思っていますから、命を懸けるなど
私は馬鹿馬鹿しくて付き合いきれません」
「ははは、それは聞かなかったことにしておこう。
まあ、ともかく『黒フードのネクロマンサー』だろうと、
『ナイトメアハンター』だろうと、戦うつもりはない。
心配するほどの危険はないさ」
ここでサーラインは一呼吸おいて、ゆっくり付け加えた。
「『そっち』はな・・・」
ロザリアの顔が曇る。
「・・・我々の知らぬ敵の可能性・・・ですね」
「その通りだ。『エレメンタル・ドミネーター』を持つ
マラケシコフを倒せる力を持った、我々の知らぬ
『第三者』が存在した場合・・・。
本当に危険なのはそちらのほうだ。
誰の味方か? 誰の敵か?
どんな勢力か? 動機は? 背景は? 能力は?
・・・ロザリアは、その可能性に留意して入ってくる
情報を取りまとめてくれ」
「承知いたしました。『あの』マラケシコフを倒せる者など、
ちょっと想像できませんが、
もしいるとすればB級冒険者並みの戦闘力ですね。
危険極まりない相手です」
そして、サーラインはコナへ1人で出発。
その後、フェデリーゴ司祭が入手した情報で事態は急変。
伝令を受けたサーラインは急いで戻ってきた。
戻ってきたサーラインは開口一番、
『やはり殺されていたのか』と言ったわけだ。
マラケシコフのスキルは有名で、リーブラ教の聖騎士たちも
知ってるほどだった。
だが、知られても特に困らないと言えるほど
『エレメンタル・ドミネーター』は強力で厄介なスキルなのだ。
スキルの力で『固定』されているため、
『水弾』などの水系統の魔法を当てても、
エレメンタルはせいぜい少し怯むだけ。全く衰えない。
『倒せない』のだ。
単純な対抗策は召喚魔法でアース・エレメンタルか、
ウォーター・エレメンタル、ウインド・エレメンタルを呼び出し、
正面衝突させること。
聖騎士やB級冒険者でも勝てるかどうかわからない相手。
それがマラケシコフなのだ。
そのマラケシコフが『殺されたかもしれない』など、
正直信じられない話だ。
いや、信じたくない話と言ったほうが正確か。
少なくとも盗賊や人狩りの倒せるような存在ではない。
『一体誰が!?』
ロザリアとサーラインだけではなく、『殺されたかも』という
噂を聞いた者は不安にかられた。相手が誰であれ、
それが『常識はずれのバケモノ』であることだけは
疑いようがないのだ。
そして、そんな中、フェデリーゴ司祭が
タイムリーな情報を持ち帰ったのだ。
ファルネーゼから知らされた『真相』。
幸太郎がねつ造した『正解』に、全員が正義に熱狂して踊り狂う。
馬で伝令を出してサーラインを呼び戻し、
『殺された』という情報を伝え、そのままもう一度会議。
今度は襲撃の具体的な段取りの話し合いだ。
サーラインは翌朝、第一陣の部隊と共に、再びコナへ出発。
ロザリアは襲撃の段取りを進め、人を集めた。




