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異世界徒然行脚 『Isekai Walking~nothing else to do~』  作者: 雨男
ネクロマンサーとアルカ大森林 5
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分岐点 11


 フェデリーゴ司祭は、まんまと騙されている。



しかし、もし仮に、ここにいるのがフェデリーゴ司祭でなく、



もっと慎重な男だったとしたらどうだろう?



幸太郎の邪悪な作戦は不発に終わるだろうか?





いいや、絶対に逃げられない。





そもそもオーガス教にしろ、リーブラ教にしろ、



『我こそは神の代理人』を掲げる傲慢な連中なのだ。



自分たちの正義を証明する絶好のチャンスを棒に振ることは



『選択できない』。いや、そもそも選択肢が『無い』。





まして、それが『生意気なライバル宗教』を叩けるとあれば、



内心よだれを垂らして食いついてくる。





幸太郎の邪悪な作戦。それは、



自分を正しいと思っている人々に、『お前は正しい』という



根拠を与えるのだ。



幸太郎が渡した台帳を見たリーブラ教の人々は、



『囚われた人々を救うのだ! 正義は我にあり!』と叫び、



簡単に扇動されてしまう。



そして、宗教同士の対立、流血、



将来にわたる禍根を心配する人がいたとしても、



正義を掲げ熱狂する人々の渦に飲み込まれて



声は消えてしまうのだ。





これは、元の地球でも度々見られた光景だ。



文句のつけようのない正論、正義を掲げ、賛成しない人を



愚か者と敵視し、罵倒する。



だが、『その結果』が何を生み出すのかが全く見えていない。



将棋でいうなら、2手先までしか読めていないと



いうやつだ。そして『観客』の気分でいるからそうなる。



実際に事態が動きだし、自分が『当事者』になると、



『こんなはずではなかった』と



恨み言を言いながら息絶える羽目になるのだ。





フェデリーゴ司祭は確かに単純だが、



ここにいるのが慎重な人間でも結果は変わらない。



必ず大多数の声に引きずられて事態は流れ出す。



幸太郎の筋書通りに。これは民主主義の弱点でもある。





幸太郎は知っててやっている。性格が悪い。








涙を流すファルネーゼの代わりに、イネスが話を続けた。



このファルネーゼの涙は『舞台装置』だ。





「本来、このような場合はコナの司政官である『グレナン男爵』に


相談しなければなりません。しかし、しかし・・・。


もうフェデリーゴ司祭もお気づきでしょう。


毎月、月末に『上様』へ上納金が支出されているのを。


これは・・・おそらく・・・」





「この『上様』は・・・グレナン司政官の可能性が高い・・・。


いや、ゲーガン司祭が『上様』と曖昧な書き方をして、


毎月上納金を納めるとすれば、


オーガス教の教主や枢機卿ではなく、候補はグレナン司政官しか


いないでしょう・・・」





イネスは、わざと言葉を濁し、



フェデリーゴ司祭自らに『推測』させた。



人間は自分の推測を否定したくないものだ。



これで、何も証拠は無いが、フェデリーゴ司祭の中では



『上様はグレナン司政官に決定』した。



もちろん、実際にその通りだが、



他人に聞かされた推測と、自分で選んだ推測では



『確信』の度合いが違う。



彼がリーブラ教の会議に参加した時、自信満々で、



『上様はグレナン司政官!』と力説し、



それを見たリーブラ教の人々は感化され、



『なるほどそうか!』と同調する。





イネスは続きを話す。『誘導』しているとは全く匂わせない。





「もし、仮に、ですが、人狩りの元締めがゲーガン司祭であり、


グレナン司政官が協力者だったとすると、


ファルネーゼ様には手が出せないのです。


旦那様が亡くなり、暫定的に領主の座を受け継ぎましたが、


ファルネーゼ様は『固有の武力』を持っておりません。


ご存じのとおり、騎士団は大半が逃げ出し、残った者はわずか。


軍の兵たちも、ファルネーゼ様に従ってくれるとは限りません。


敵がジャンバ王国なら兵たちは動いてくれるでしょうが、


今回の言わば『内輪揉め』の状況では、


部隊長は動きたくないはずです。


そして何より、グレナン司政官が黒幕の1人である証拠は


結局見つかりませんでした・・・。


これでは誰も納得させることはできません」





辺境伯の騎士団の大半が爵位を捨てて家族ごと逃げたのは本当だ。



暫定領主のファルネーゼが自由に動かせる兵力は限られている。



だから、それをイネスは逆手にとっているのだ。



『領主として自分がなんとかしたいが、動きようがない』と。





「グレナン司政官にコナのオーガス教の捜索を


依頼したところで、同じ穴の狢。


何も証拠は見つからず、囚われた人々を救出するなど


できるわけがありません。


かといって、ファルネーゼ様と私が


コナのオーガス教の教会へ出向き、問い詰めたところで・・・」





「オオカミの群れの中へ羊が飛び込むようなものですな・・・」





「残念ですが、その通りです。


おそらく、ファルネーゼ様は


『行方不明』となってしまうでしょう。


直属の3騎士が失われた今、


ファルネーゼ様には武力も抗うすべも無くなってしまいました。


グレナン司政官が黒幕の1人であれば、


ファルネーゼ様が


『コナの町から出て行った後、行方不明』ということになり、


その後の足取りは痕跡すら残らないはずです。


そして人狩りの巣窟となった


コナのオーガス教は罪もない人々を誘拐し、


奴隷として売り続ける事をやめないでしょう」





「ううむ! なんということだ! このような卑劣な悪行、


女神リーブラ様はお許しになりません! 


正義と公正の神、リーブラ様はお怒りになるでしょう!


絶対にお許しにはなりませんぞ!」





イネスはうなずき、燃え盛る火に、止めのガソリンをぶち込んだ。





「困り果てた私たちは、リーブラ教の皆様に


相談しようと考えました。


例え、奉ずる神は違えども、同じく神に仕える身。


きっと、オーガス教の人々も、


リーブラ教の人々の言葉なら耳を傾けるはずだと思ったのです」





イネスも、なかなかに性格が悪い。



『奉ずる神は違えども』、そして『同じく神に仕える身』は



大問題なのだ。まさに爆弾そのものだ。



『奉ずる神』が違うから、彼らは別の宗教なのであり、



『同じく』など絶対に受け入れられない。





『我らの神が上位なのだ』





これが彼らの本音。そして、絶対に揺るがない。



『狂ってる』?



彼らは『狂ってるのは世界の方だ』と言い切るはずだ。



さて、どっちが狂ってるのだろう?





しくしくと泣き続けるファルネーゼ。沈痛な顔のイネス。



この舞台装置がフェデリーゴ司祭の



正義感と信仰心を燃え上がらせる。



すでにフェデリーゴ司祭の感情メーターは



レッドゾーンへ突入、



針は振り切って激しく振動している状態だ。





フェデリーゴ司祭は胸を叩いた。





「よくぞ我らに相談してくださいました。


正義を成すは女神リーブラ様の教えとするところ。


早速持ち帰り、聖騎士たちも呼んで会議にかけましょう。


ご心配なく。必ずや解決してご覧にいれます。


グレナン司政官については証拠が無いようですが、なぁに、


手足となっているコナのオーガス教の人狩りどもがいなくなれば、


結局は動きようがありますまい!」





幸太郎が『グレナン司政官の関与したという証拠が無い』のを



『利用させてもらう』と言ったのは、このことだ。





関与した証拠を残していない、ということは、



いざというときに『切り捨てる』つもりだということ。



つまり、コナのオーガス教がピンチになれば、



助けるどころか、『むしろ積極的に敵に回る』ということである。





具体的にはこういう事になる。



リーブラ教がオーガス教を強襲しても、



グレナン司政官に『台帳』を見せれば、止めるどころか、



手のひらを反して一緒にオーガス教を叩き始めるのだ。





幸太郎はグレナン司政官が関与した証拠を残していないことを



逆手に取った。



『自分は関与していない』ことを証明するために、



自らが進んでリーブラ教に協力するしかない立場に



『追い込んだ』のである。





あの時ゲーガン司祭が真っ青になったのも仕方ないだろう。



・オーガス教は人狩りの巣窟と化していた。



・オーガス教の聖騎士までもが人々の誘拐をしていた。



・オーガス教の司祭が奴隷の入荷、出荷を取り仕切っていた。



・オーガス教が悪で、リーブラ教が正義だ。



こんな情報が世界に広まり、しかも、黒幕の1人である



グレナン司政官が裏切り、



コナのオーガス教の教会を叩き潰しにくる。



最大の後ろ盾が、最悪の敵に回るのだ。



自分が関わった証拠を全て隠滅させるために



一切の手加減は無く、攻撃は苛烈を極めるだろう。



なまじ『よく知っている』だけに、1人も逃がさないはずだ。



噂は人の口より広がる。人狩りもオーガス教の人々も、



その『口』を持っているのだ。



グレナン司政官が見逃すはずもない。





幸太郎が、あの時、即興でこの作戦を作り上げるのを見た



ゲーガン司祭は思った。





『この男は、この男こそ・・・悪魔だ!


こんな計画を思い付き、そして眉一つ動かさずに実行する。


しかも、絶対に自分の仕業だとは、わからないように・・・。


悪魔め、悪魔め、悪魔めえええええぇぇぇぇぇぇ・・・』





手遅れだ。



幸太郎の前に姿を現し、ファルを裸にして飼うなどと



言うからこんなことになる。





そして、幸太郎の命令をファルは実行。



これで、コナのオーガス教の教会は終わりだ。








泣きはらした目のまま、ファルネーゼはフェデリーゴ司祭を



玄関まで見送った。



そして、ここで、もう1つ、幸太郎の邪悪な指示を



ファルは実行した。





「どうか、よろしくお願いいたします。


できれば神に仕える者同士、


穏便に、よく話し合って解決して下さいませ・・・」





「わかりました。出来る限り、ご意向に沿うよう努力いたします」





そう言ってフェデリーゴ司祭は微笑むと、



辺境伯の屋敷を後にした。



ファルネーゼの『お願い』を聞いたフェデリーゴ司祭は



内心、こう思っている。





(甘い! 甘い! 甘い! 甘い! 甘い! 甘い!


ゲロ甘すぎるわ! そんな甘い考えが通用するわけ


ないだろうが!! はっ、領主と言っても、所詮、女か!


現実じゃあ、そんな甘っちょろい考えは通じねえんだよ!


悪い奴は徹底的に叩きつぶすんだよォォォォォ!!


敵は皆殺しだあ! 我々は神に使える身、指図は受けん!!


こっちの好きにやらせてもらうさ!


ウヒヒヒヒヒ!!


ワハハハハハハハハハハハハ!!!!)





フェデリーゴ司祭は、幸太郎に操られているとは



全く考えていない。



会ったことも無い男に手玉にとられているわけだが、



気が付くはずもない。



幸太郎にとって、このフェデリーゴ司祭は



『駒』に過ぎないのだ。





あえて、1人だけ正論を並べることで、その人以外の人々の



意見を思い通りの位置にまとめて固定する。



幸太郎が歴史の教科書から学んだ方法だ。






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